『モンスターハンター:ワールド』の大ヒットで2018年の幕を開けたカプコン。同作は、カプコン史上最速のペースで、世界での出荷本数が600万本を達成した(関連記事:辻本Pに聞く 新作『モンハンワールド』は何がすごい?)。2017年は『バイオハザード7 レジデント イービル』でも話題に。好調の裏で、経営面においても辻本春弘社長は着々とデジタル戦略を進める。さらにゲーム業界最大のテーマでもあるeスポーツについても、普及とその先の事業展開について思索を巡らせる。まさに「進化するゲームビジネス」を地で行く辻本社長に今年の展開とeスポーツの将来について聞いた。
(聞き手/酒井康治=日経トレンディネット、写真/稲垣純也)
『バイオハザード7』やSwitch向けタイトルに手応え
――最初に、カプコンにとって2017年はどのような1年でしたか?
辻本春弘社長(以下、辻本氏): 2017年は1月に、カプコンとして今世代のハードに対する新規タイトル『バイオハザード7 レジデント イービル』を発売しました。注目のPlayStation VR対応ということだけでなく、「バイオハザード」シリーズとしてサバイバルホラーゲームへの深化を追求したこともあり、非常に高い評価をいただきました。そこで培われた今世代ハードのノウハウが、現在のゲーム開発で有効に活用されており、当社にとって非常に手応えのあったタイトルと言えます。さらに『バイオハザード7 レジデント イービル ゴールド エディション』を12月に発売し、その波及効果で「バイオハザード」の過去作が売れるなど、シリーズ全体を通して継続的なビジネスが展開できています。
また、昨年3月に発売されたNintendo Switch向けには、『ウルトラストリートファイターII ザ・ファイナルチャレンジャーズ』を投入し、セールス面で大変好調でした。8月には『モンスターハンターダブルクロス Nintendo Switch Ver.』を発売し、こちらも多くのユーザーに支持されるなど、Nintendo Switch向けのビジネスがいいスタートを切れたことは大きなトピックです。「ニンテンドーDS」の時もそうでしたが、新型ハードの評価は発売されてこそ分かるものですね。任天堂の過去の経験、実績、そして底力をもって開発し、新しい体験をしてほしいという試みが、グローバルレベルで見事にユーザーに評価されたのではないでしょうか。
――eスポーツの面でも、カプコンは活発な動きをされていましたね。
辻本氏: 昨年の東京ゲームショウ2017(TGS2017)でeスポーツが注目され、そこで当社は『モンスターハンターダブルクロス Nintendo Switch Ver.』と『ストリートファイターV』を展開させていただきました。さらに12月に実施したCapcom Pro Tourの最終戦「Capcom Cup 2017」も、非常に盛り上がりました。多くの方々にeスポーツに触れていただいき、さまざまなメディアにも取り上げてもらったことで、今後のeスポーツの進展に向けた素晴らしいスタートが切れたと思います。Nintendo Switchと併せ、2017年の大きなトピックだったといえるでしょう。
――『バイオハザード7』ではVR(仮想現実)対応が目玉の一つでした。実際にタイトルを投入され、どのような手応えがありましたか。
辻本氏: 『バイオハザード7』は、全編を通じてVRで遊べることで非常に高い評価をいただきました。当社としても多くのデータやノウハウを蓄積できたので、良い経験だったと認識しています。
ただ、今後はどういうゲームをVRで楽しんでもらうか、もう一段踏み込んだところで企画を練る必要があると思います。VRならではの遊び方をさらに突き詰めていく、そうしたステージに来ているのではないでしょうか。今後、ハードの普及が進めば価格も下がる可能性があるでしょうし、デバイスの軽量化などでよりユーザーフレンドリーになるでしょうから、VRと親和性の高いゲームの可能性は一層広がるでしょうね。
加速するデータ活用とデジタル戦略
――昨年のインタビューで『バイオハザード7』では、ダウンロード販売やネットに接続したユーザーの動向を分析し、これから販売・開発されるタイトルについて活用していきたい、カプコンの今後のデジタル戦略を検討する上でも『バイオハザード7』は試金石となるだろうとのことでしたが、実際にいかがでしたか(関連記事:『バイオハザード7』基軸にデジタル戦略練るカプコン)。
辻本氏: 承認をいただいたユーザーの方から、どういう国で、どういう言語やボイスで遊ばれているのか、クリアするまでの時間はどうだったかなど、いろいろなデータを集めることができました。無料の体験版と予約率との因果関係を調べたり、国別に他のタイトルと比較するといったことも、できるようになります。このように、手に入れたデータを基にどう販売施策を立てるかということが重要になってきました。
――今年1月に発売した『モンスターハンター:ワールド』では、その経験が生かされているのですか。
辻本氏: 『モンスターハンター:ワールド』は、シリーズとしてこれまで以上に海外での展開に注力しています。ただ、「バイオハザード」とはゲームの内容が違いますから、昨年のE3(Electronic Entertainment Expo)発表後のユーザーの反応を踏まえつつ、情報の伝え方をいろいろ工夫しました。また、昨年12月に行った3回のβテストで蓄積したデータも、今後の展開を検討する上で大いに活用しています。
社内で何度も言っていることですが、以前のパッケージ主体のビジネスでは、ユーザーの動向をリアルタイムにデータで分析することは困難でした。今や体験版の配信などでもリアルな数字が得られ、その母数も非常に大きく信頼度が高い。さらに今はSNSがありますから、ユーザーからポジティブ/ネガティブの両方の反応を集めることができます。それらを利用して、製品版発売までにユーザーの不都合をできるだけ解決することに加え、こちらが伝えたいことがうまくユーザーに伝わっていない場合は、誤解を解くためのコミュニケーションを図っていきます。『バイオハザード7』発売以降の1年は、こうした施策を確実に行い、デジタル戦略を推進するよう社員に伝えていますし、2018年もこの方針は変わりません。
――ゲームビジネスのデジタル化、データ活用という点では相当な手応えを得られたようですね。
辻本氏: いいえ、まだまだです。今、一番やらなければならないのは、そうやって得たバラバラなデータをどうカプコンの経営指標に落とし込み、社内の共通認識として標準化していくかです。そこがまだ定まっていません。数字というのはいろいろな見方ができますしね。
もちろん計画本数があって、それに対する実際の見込み本数があり、計画をどう達成していくのか。またビジネスとして売り上げの結果、利益が生まれ、次の投資をどうするのかということは常々考えています。ただ、現在はそれを判断するための指標がきちんと標準化されていない。予約率なのか、体験版のダウンロード数や体験者から得られるいろいろな数字なのか。コメントについても、どこを読み取ればいいのか。体験版や製品版でのプレー時間、難易度調整など、まだ分析し切れていない部分があります。これらを解決するにはゲーム機メーカー側ともよく話し合わなくてはなりませんし、自社でもデータを収集できるようなシステムを導入する必要があります。
このような思想や発想を社内に浸透させて経営指標としてまとめあげることで、いかにデータ収集や分析を効率化していくか。それができなければ、データ収集や分析ばかりに時間を取られ、生産性が上がりません。最終的にはAI(人工知能)など、機械に任せられる部分は任せて、人間は戦略を練ることに時間を費やすことが一番重要だと思います。これはゲーム産業に限らず、どのような産業分野でも共通の経営課題ではないでしょうか。
――『バイオハザード7』ではずみがつきましたが、ここ数年のカプコンのデジタル重視の姿勢は、1本1本のタイトルをどう売っていくかという話ではなく、経営面や引いてはゲーム産業全体にかかわるテーマだということですね。
辻本氏: デジタル戦略によってパラダイムシフトを起こしてきた企業というのは、明らかにそうしたことを実践してきています。最近、注目しているのがNetflixです。
動画配信事業者が自らコンテンツを制作する現在、Netflixは作品に対するクオリティーが評価されていますし、ユーザーからの支持も高い。その背景には、脚本家や監督、俳優などの過去の実績に照らし合わせてヒットするかどうかや投資額を判断するという、旧来型のハリウッドとは異なる、新しいコンテンツの開発手法があります。Netflixは、彼らが抱える視聴者から得られたデータをAIで分析し、それによって適切なストーリーや好まれそうな俳優を割り出すなど、ユーザーの嗜好データをコンテンツ作りに活用することで成功の確率を上げているというのはよく知られている話です。
――そうしたNetflixの手法は、ゲームでも取り入れることができると。
辻本氏: 理論的には可能です。実現させるには、いかにして社内をそうした制作思想に変えていくか、デジタル戦略的に経営を考えていくか、それらを浸透させる重要な時期なのだと思います。今までと同じことをしていては、何も変わりません。経営におけるデジタル戦略というのは、現状の延長線上にはない発想で取り組まなければいけません。そうでなければ、さらなる成長というのは見いだせないでしょう。
今年は『モンスターハンター:ワールド』
――2018年の国内戦略についてはどうのようにお考えでしょうか。
辻本氏: まずは『モンスターハンター:ワールド』ですね。これは今年のビジネスにおいて非常に大きなチャレンジとなります。テスト段階でも非常に多くの人に遊んでいただきましたし、幸いにして発売早々から世界で出荷本数600万本(ダウンロード版販売実績を含む)という、カプコン史上最速のペースでスタートを切りました。国内に加え、今回グローバル展開として注力した海外での評価も非常に高い。先ほど申し上げたように、事前のβテストをしっかりやりましたし、ユーザーとのコミュニケーションも丁寧にとってきましたから、大きく成功させたいですね。
――それ以外のタイトルについてはいかがですか。
辻本氏: 1月に発売した『ストリートファイターV アーケードエディション』があります。今年の日本は「eスポーツ元年」となるでしょう。カプコンは米国子会社が主導で『ストリートファイターⅣ』の時代から「Capcom Pro Tour」としてeスポーツに力を入れてきました。日本でもそうした大会を開催し、獲得ポイントによっては日本の優勝者が世界大会に参加できるでしょう。そうなると、いよいよ本当の意味での全世界大会というのが視野に入ってきます。
「ストリートファイター」が30周年を迎え、メディアで取り上げていただく機会も増えていますから、eスポーツの盛り上がりに併せて「ストリートファイター」のリブランディングと『ストリートファイターV』のユーザー層の拡大を目指していきたいと思います。
eスポーツを訴求したTGS2017の意味
――日本におけるeスポーツの浸透、拡大についてはどのように取り組まれる予定でしょうか。
辻本氏: 一昨年くらいから日本でのeスポーツへの注目が徐々に高まりつつある中、私自身、東京ゲームショウの実行委員長を務めていることもあり、2017年はゲーム業界として業界の内外に向けてeスポーツを訴求していく必要があると考えていました。その前の2016年は「VR元年」として東京ゲームショウでアピールし、VRやAR(拡張現実)の業界内外への浸透が図れましたから、同じように2017年はeスポーツを前面に押し出そうと考えたわけです。
以前からTGSではeスポーツの展示に力を入れてきましたが、どちらかと言えばパソコン系のハードや、韓国などの海外パブリッシャーによるコンテンツ展開が主でした。この状況を大きく進展させるためには、広くあまねく、いろいろなハードメーカーの協力が必要になる。そこで、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)にもお願いしてPlayStation4のステージを作ってもらうなど、東京ゲームショウ2017で大々的に取り上げることになりました(関連記事:eスポーツ「ストリートファイター」の熱戦に盛り上がる!【TGS2017】)。
さらに、eスポーツビジネスの発展には、やはり統一団体が必要だということで、東京ゲームショウ2017の前に、コンピュータエンターテインメント協会(CESA)、日本オンラインゲーム協会(JOGA)、日本eスポーツ協会(JeSPA)、e-sports促進機構、日本eスポーツ連盟(JeSF)の5団体によって、新団体設立が発表されました。それが2018年2月1日の「日本eスポーツ連合」(JeSU)の設立として実を結んだわけです(関連記事:eスポーツ新団体設立 プロ化スタート、五輪も視野)。日本でもeスポーツに積極的に取り組んでいかなくてはならないことをアピールする意味で、東京ゲームショウ2017は非常に大きいターニングポイントになったのではないでしょうか。
eスポーツは「見るだけ」でいいのか?
――eスポーツの進展や将来の市場拡大という点では、順調に推移していると見ていいのでしょうか。
辻本氏: そうですね。今年、eスポーツを本格的に振興していくために、東京ゲームショウ2018がやはり重要ですし、最高に盛り上がるような施策が求められるでしょう。ただ、ゲームビジネスという点でeスポーツがどの程度成長するかについては、これからやってみなくては分かりませんし、単年度で答えを出すべきことでもないと思います。今後、プレーヤーのプロ化やオリンピック競技として採用される可能性などの推移によって、新たな局面を迎えることになるでしょう。
――ビジネスとしてeスポーツを捉えた場合、まだ多くの課題が残されていると。
辻本氏: 現状、ようやく日本に統一団体ができたばかりです。今後、ルールに基づきプロ化を進めながら、さまざまなイベントや大会の開催実績を重ねていくことで、ビジネスとして昇華させる道筋を定めていかなければなりません。
当社としては「Capcom Pro Tour2018」のマスタープランが出来上がっているので、その日本展開などで経験値を積んでいくことがポイントになると思います。新団体のレギュレーションに照らしカプコンとして日本で大会を運営し、世界大会に日本選手を送り込むことも検討しています。
――カプコンにおけるeスポーツのビジネス展開の方向性は、はっきり見えているように思えますが。
辻本氏: 後はユーザーの方々がどういう反応をするか、どこまで参加してくれるかです。彼らのモチベーションがどこにあるか、そうした部分については未知数ですから行動に移すしかない。同時に、『ストリートファイターV』で遊んでくれるユーザーの母数を増やすことも考えていかなくてはなりませんしね。
また、eスポーツが見て楽しむだけのコンテンツになってしまってもいいのか、といったテーマもあります。ゲーム産業として、eスポーツの普及を通じ多くの人にゲームを遊んでもらいたいという気持ちはありますから、そのためのアピールをどうすべきかもこれから対応していかなくてはなりません。
――実際のスポーツがそうであるように、見るだけで十分、ゲームをやらなくてもいいよという人も大勢いそうですね。
辻本氏: しかしゲームの場合、普通のスポーツと違って体格差や身体能力が大きく問われません。ですので、より幅広い人たちが参加できる利点があると思っています。肝心なのは、参加したくなるような動機付けをどのように行うかです。例えば「モンスターハンター」が成功した一つの理由として、スキルを超えた協力プレーがあげられます。上手な人が初心者を誘って自分の技を伝授し、互いに向上していく、こうしたことがあったからこそ、ここまで「モンスターハンター」が広がったのです。
ゲームが成功するための大きな要因になるのは、コミュニケーションの楽しさです。eスポーツが普及するためにも、見るだけではなく、一緒にプレーを楽しもうよという機運をユーザー同士で高め合えるようなコミュニティが生まれていくことが大切だと思います。そうしたことを視野に入れながら、eスポーツの展開を考える必要があるでしょう。
今年のTGS、テーマはやはりeスポーツ
――最後に、今年の東京ゲームショウ2018(TGS2018)に対する期待などをお聞かせください。
辻本氏: やはり大きなテーマはeスポーツです。統一団体の正式な発足を受け、業界全体が一丸となっていかにしてeスポーツを人々にアピールしていけるか、そこがポイントになるでしょう。また、eスポーツをメインテーマとして押し出すことで、ビジネス展開を期待して海外から参画される企業もあるでしょう。もちろん多くの一般来場者にとっても魅力的でしょう。
加えて、加速度を増して成長しているアジア市場に向けての展開も期待できると思います。東京ゲームショウは「アジアNo.1のゲームショウ」を掲げてやってきましたしね。また、来場者数は物理的な限界もあり、数年前から始めている動画配信にもさらに注力していくことになるでしょう。