本が好きで、「1日じゅう本屋にいても飽きない」という人は多い。「できれば本屋に泊まり込んで、心ゆくまで本を読んでみたい」という願いを持つ人も多いようで、2014年にジュンク堂書店が「ジュンク堂に住んでみる」と題した1泊2日のモニターツアーを開催したところ、定員に対して1000倍近くの応募があったという。

 そんな読書愛好家の夢をかなえてくれそうな“泊まれる本屋”がコンセプトの宿泊施設「BOOK AND BED TOKYO」が、2015年11月5日、池袋駅西口前にオープンした。

 同施設は、訪日外国人観光客や国内旅行者をターゲットにした、簡素な素泊まりのホステルスタイル。占有スペースはカーテンで仕切られたベッドのみだが、自由に読める幅広いジャンルの蔵書を備えており、本棚の中に埋め込まれたベッドもあるという。

 運営しているのは、都内中心にデザイナーズ・リノベーション物件などを紹介する不動産のセレクトショップR-STORE(東京都品川区)。2015年10月24日から予約受け付けを開始したところ、直後から満室になる日が続々と増え、早くも予約が取りづらい人気宿泊施設になっているという。取材日(10月29日)時点では予約客の8割が日本人だというが、前日から外国人向けの世界最大の宿泊予約サイトBooking.comに登録したため、今後は外国人客も増えると予測される。

 本当に読書家の夢をかなえてくれる宿泊施設なのか。その答えを探るべく、オープン前の体験宿泊に参加した。

場所は池袋駅西口から徒歩1分(住所は東京都豊島区西池袋1-17-7 ルミエールビル7階)。並びにスターバックスやファミレス「ジョナサン」、駅前にはファーストフード店やコンビニがある便利な立地。複数の飲食店が同ビル内にあり、素泊まりでも食事には不自由なさそう
場所は池袋駅西口から徒歩1分(住所は東京都豊島区西池袋1-17-7 ルミエールビル7階)。並びにスターバックスやファミレス「ジョナサン」、駅前にはファーストフード店やコンビニがある便利な立地。複数の飲食店が同ビル内にあり、素泊まりでも食事には不自由なさそう
約1700冊の本がそろっている館内。チェックイン は16時から、チェックアウトは翌11時。ベッドは30床あり、料金はベッドのサイズで異なり、スタンダードサイズ(129cm×205cm)が4500円、コンパクトサイズ(80cm×205cm)が3500円(金土祝前日は各1000円アップ)。クレジットカードか交通系ICカードのみ利用可能で、現金での支払いはできないので注意
約1700冊の本がそろっている館内。チェックイン は16時から、チェックアウトは翌11時。ベッドは30床あり、料金はベッドのサイズで異なり、スタンダードサイズ(129cm×205cm)が4500円、コンパクトサイズ(80cm×205cm)が3500円(金土祝前日は各1000円アップ)。クレジットカードか交通系ICカードのみ利用可能で、現金での支払いはできないので注意

■変更履歴
「ブックホテル」を「ブックホステル」に修正しました。 [2015/11/11 12:10]

“本の宝探し”を期待したら、意外にも

 BOOK AND BED TOKYOがあるのは、池袋駅西口から徒歩1分の雑居ビル7階。駅前からも見渡せる至近距離だが、目立たない看板なので見落とすことがあるかもしれない(筆者も最初は見落として通り過ぎた)。目印は1階の「キリンシティ」。看板奥のエレベーターで7階へ昇る。

 7階で降りると、薄暗い照明に照らされた謎めいた雰囲気の狭いフロアに出る。正面に頑丈そうな木製の扉があり、左手奥にフロントらしき小窓がある。ウェブサイトで予約した名前を告げると、鍵を開錠する暗証番号が書かれたカードと、館内の案内図が渡された。開錠して中に入ると最初に目に飛び込んでくるのが、横に広々とのびた天井までの本棚。本棚の奥にはところどころ、二段ベッドが見える。これが「BOOK SHELFタイプ」と呼ばれるベッドで、「本棚の中で眠りたい」という人におすすめだという。

本棚の中に2段ベッドが埋め込まれている「BOOK SHELFタイプ」 (計12床)

 本棚の前は、ゆったりしたソファが置かれたラウンジになっている。ソファは「リラックスして本が読めるように」と、深く腰掛けられるサイズだ。本棚に向かって右奥には駅前が見下ろせる窓と、さまざまな生活用品が配置された棚がある。オーブン&レンジが2台、電気ポットが1台、エスプレッソマシンが1台(フロントで150円のカートリッジを購入して使用)、自由に使える食器、ゴミ箱などがあり、簡単な加熱調理ならここでできそうだ(ちなみに宿泊中に飲食ができるのはラウンジのみ。ベッドへは飲食物持ち込み不可)。

奥行きがあり、ゆったり座れるソファがあるラウンジ。13時から19時までは宿泊せずにこのスペースのみを利用する「デイタイム利用」も可能(1500円)。予約はできないが、空き状況はTwitterでチェックできる
奥行きがあり、ゆったり座れるソファがあるラウンジ。13時から19時までは宿泊せずにこのスペースのみを利用する「デイタイム利用」も可能(1500円)。予約はできないが、空き状況はTwitterでチェックできる

 入口に戻って窓と逆側に目をやると、カーテンに囲まれた薄暗い一角がある。カーテンを開けると、寝台車のベッドのようなスペース。「BUNKタイプ」と呼ばれるベッドで、静かに集中して本を読みたい人向けだという。BUNKエリア前には廊下があり、左手にはトイレ、突き当たりは洗面スペースとシャワールームが3室ある。

独立したエリアにベッドが2層に設置されている 「BUNKタイプ」 (計18床)
独立したエリアにベッドが2層に設置されている 「BUNKタイプ」 (計18床)

 館内を一周して全体は把握したので、さっそく予約した占有スペースのベッドに入ってみる。筆者が選んだのは、この宿泊施設の売りであるBOOK SHELFタイプ。寝具には、枕カバー、敷き布団、上掛け用のカバーが置かれていて、自分でセッティングする。枕元には電源スイッチがあり、スマホやノートPCの充電が可能。天井が低いので、着替えるときにやや窮屈だったが、横になってしまえばこの狭さがかえって落ち着く。ただし目の前が入口で、カーテン1枚先ではガヤガヤ話し声がするため、安眠できない人もいるだろう。初めての人は、ベッド専用エリアにあるBUNKタイプにしたほうがよさそうだ。

 また意外だったのは、本好きの人をターゲットにしたにしては、マニアックな本が少ないこと。ユニークなセレクトもあったが、読書好きといわれる人ならたいていは読んだことがあるか、少なくても知ってはいると思われるような本もかなり多い。「読書家がターゲットの宿泊施設であれば、さぞかしマニアックな本がたくさんあるだろう」と宝探し気分で訪れた筆者は、やや落胆。だが同ホステルを運営するR-STORE広報の力丸聡氏によると、このラインアップこそが「狙い」なのだという。どういうことなのか。

外国人向け観光・文化ガイドから写真集、コミック、エッセイ、小説など多岐にわたるジャンルの本がそろっている。安眠を誘う本、眠れなくなる本、夜食が食べたくなる本などの“裏テーマ”もあるという
外国人向け観光・文化ガイドから写真集、コミック、エッセイ、小説など多岐にわたるジャンルの本がそろっている。安眠を誘う本、眠れなくなる本、夜食が食べたくなる本などの“裏テーマ”もあるという
BOOK SHELFタイプの部屋は、ベッドから手をのばせば本が取れる
BOOK SHELFタイプの部屋は、ベッドから手をのばせば本が取れる
ゆったり座ってリラックスしながら本が読めるように置かれた、奥行きのあるソファ。飲食はソファのあるラウンジ限定でOK。同ビル内の飲食店で購入したピザも持ち込める
ゆったり座ってリラックスしながら本が読めるように置かれた、奥行きのあるソファ。飲食はソファのあるラウンジ限定でOK。同ビル内の飲食店で購入したピザも持ち込める
オーブンレンジや食器、湯沸かしポットなど、簡単な軽食が取れる設備がそろっている
オーブンレンジや食器、湯沸かしポットなど、簡単な軽食が取れる設備がそろっている
清潔感のある洗面スペース。背面にはシャワールームが3室ある
清潔感のある洗面スペース。背面にはシャワールームが3室ある
入浴用タオルのレンタルも可能。シャンプー、リンス、ボディシャンプー、布袋付きで500円
入浴用タオルのレンタルも可能。シャンプー、リンス、ボディシャンプー、布袋付きで500円
ベッドの下は空きスペースになっていて、荷物や靴を置けるようになっている
ベッドの下は空きスペースになっていて、荷物や靴を置けるようになっている

コンセプトは「友達の家の本棚」

 R-STOREといえば、月間280万PVという日本最大級のセレクト系不動産情報サイト「R-STORE」 の運営元。力丸氏によると、人口減少で不動産業が縮小していくことが予測されるなか、同社では新しい事業の柱を模索していた。そのなかで着目したのが、自宅を短期宿泊用にレンタルするのを仲介するサービス「Airbnb(エアビーアンドビー)」の世界的な流行だったという。

 「宿泊施設と家の違いが流動的になり、クロスオーバーしていることから、暮らしをテーマに事業を行ってきた弊社の知見を生かし、新たな宿泊施設の過ごし方を提案できるのではと考えた。高級な寝具をそろえて快適な寝心地を提供する宿泊施設はたくさんあるが、我々はその前の“眠る瞬間”を演出することで、ほかとは違った存在の宿泊施設になれるのでは」(力丸氏)。

 静かで安眠できるという宿泊施設に最も必要な基本機能と、眠りに落ちる瞬間まで幸福感を味わえるというプラス要素の両方を満たす場所として浮上したのがブックホステルだったという。

 しかし、じつは力丸氏を含めてプロジェクトのメンバーたちは、それほど頻繁に読書をするというわけではないとのこと。「仕事関係の本はよく読むが、それ以外では年に何冊も読まない」(力丸氏)。そこでイメージしたのが、“友達の家の本棚”。「友達の家に泊まりに行くと本棚はとても気になるし、そのまとまりのなさ、雑多なところがとても魅力的に思える。かっこいい本の隣に笑ってしまうくらいかっこ悪い本があり、その落差に友達の素顔が透けて見えて、安心したりする。そういう感覚を味わえるようなラインアップがいいと思った」(力丸氏)。

 本のセレクト自体は本のセレクトショップ「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下、SPBS)」に依頼。本に興味のない人も引き付ける書棚づくりやラインアップを重視していることで知られる書店だ。「BOOK AND BED TOKYOのセレクトでは、 思わず夜更かししてしまうようなワクワクする本、スッと眠ってしまうようなリラックスできる本、という二つのテーマで選んだ」(SPBS)という。そこにR-STORE代表である浅井佳氏が学生時代に学んだ建築書やスタッフが愛読しているコミック、料理本なども加えた。

 内装デザインも友人の家をイメージし、温かさを感じさせる木を多用したデザインにしたという。「本当に本が好きな人にとっての理想の本棚は、結局自宅の本棚(笑)。ここにはマニアックな本は少ないかもしれないが、読書にハマり過ぎていないスタッフが選んだ、カジュアルなセレクトの本がそろっている。本をあまり読まない人が読む喜びを知るスタートになるような場所になればいいと思う」(力丸氏)。

 今年からR-STOREがスタートさせた外国人向けの賃貸サービス「R-ESTATE TOKYO」とリンクさせ、来日したばかりの外国人が同施設を仮住まいとして使いながら、家探しをサポートできるようなシステムも検討中。同施設が軌道にのれば、R-STOREでさまざまな家を見てきた経験を活かし、違うタイプの宿泊施設も展開したいという。

 また3000冊収納できる本棚に対して1700冊と蔵書がやや少ない印象を持った。まだ客層が分からないため、これから客層を見て、それに合った本を少しずつ増やしていきたいとのこと。募金ならぬ“募本”も歓迎しているそうだ。

BOOK AND BED TOKYO支配人の深田直也氏(左)と岸田光氏(右)。どちらかが常駐しているという
BOOK AND BED TOKYO支配人の深田直也氏(左)と岸田光氏(右)。どちらかが常駐しているという
外国人向けの国内旅行情報や日本文化の解説書も多い
外国人向けの国内旅行情報や日本文化の解説書も多い
珍しい本もあるが、幅広く人気のある本がどちらかというと多い。自分が持っている本を見つけると、うれしいような残念なような、複雑な気持ちになる

■変更履歴
「ホテル」を「宿泊施設」、「ブックホテル」を「ブックホステル」に修正しました。 [2015/11/11 12:10]

肝心の寝心地は? セキュリティは?

 「寝具やリネン類はホテルのような高級品ではない」とスタッフにはっきり言われたが、寝心地にはまったく問題がなかった。宿泊する前の「珍しい本に出合えそう」という期待は少々裏切られたが、それでもやはり、普段は手にとらないジャンルの本との出会いは多く、楽しめた。

 「本好きな人が集まるホステル」と思っていたので、本をめぐって知らない人と会話が弾むのではと勝手に想像していたが、一人一人が読書に没頭しているため、意外に語らいはなく、静か。早めにベッドに入ったところ、深夜になって場がほぐれて話が弾んできたらしく、遅くまでカーテンの外で低い声の楽しげな会話が続いていた。

 宿泊時に少々不安だったのは、カーテンを内側から止めるフックがなかったこと。筆者自身が間違えて隣のベッドのカーテンを開けてしまい、就寝中の女性客を驚かせてしまった(同社に確認したところ、11月11日現在では全床カーテンが固定できるフックを設置済みとのこと)。また鍵付きロッカーなどがいっさいなく、荷物は全て自己管理なので、盗難防止には普通のホテルとは違う自衛策を講じる必要がありそうだ。同社ではこうしたホステルに宿泊した経験のない利用者も多いと見て、フロントで防犯用ワイヤーキーの販売も行っている。

読書に没頭している人が多く、館内は静か
読書に没頭している人が多く、館内は静か
ベッド内の電源はライトを含め2カ所
ベッド内の電源はライトを含め2カ所
館内の注意書き。ベッドでは飲食、携帯電話が禁止で、荷物の紛失は自己責任
館内の注意書き。ベッドでは飲食、携帯電話が禁止で、荷物の紛失は自己責任

(文/桑原恵美子)

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