レクサスがマリン事業に参入するという。65フィートもの超豪華クルーザーを米国で発表した。米国のセレブがメインターゲットとみられるが、レクサス(=トヨタ)の狙いはどこにあるのか?現役ドライバーでありながら、日本カーオブザイヤー選考委員、日本ボートオブザイヤー選考委員を務める木下隆之氏がレクサスのマリン事業参入の背景を明らかにします。

 レクサスは、実は密かに、65フィートの最高級クルーザーを開発していたのです。まだモックアップモデルと映像でしか確認できませんが、超豪華なクルーザーを建造中です。価格は、おそらく5億から7億円というのが僕が予想です。そう、IT長者や有名人などセレブの琴線に響くような存在感抜群の超豪華クルーザーというわけです。

 このニュースを知ったのは2018年9月8日、全米のとあるイベントに参加するために、米国南部テキサス州ダラスにいたときです。そこへ「豪華クルーザー開発中」というサプライズな発表が飛び込んだのです。その名は「LY650」。会場は一気にザワつきました。

レクサスが開発した超豪華クルーザー「LY650」
レクサスが開発した超豪華クルーザー「LY650」

 レクサスは、確かに2年前に「スポーツヨットコンセプト」を発表しています。マイアミでのボートショー会場で、実際にクルージーング可能なモデルが登場し、僕も操船して40ノットという高速クルーズを体験しました。

 しかし、わずか2年しかたっていないのに、さらに豪華なクルーザーを発表するとは思いませんでした。腰が抜けかけました。

 発表の瞬間に会場がざわめいたのは、皆も同様の気持ちだった証しでしょう。それは、レクサスが本格的にマリーンへ参画することの歓迎のざわめきだったとも思います。

 そもそも、そんなセレブな生活を好む人が日本にどれほどいるのか? おそらく100人もいないのではないでしょうか。となるとねらいは米国です。マイアミの別荘で暮らすセレブがターゲットでしょう。

 日本での活躍の機会は、例えば2020年の東京五輪でのエスコートクルーザーとしての役割が期待できます。羽田空港に降り立つ要人を、クルーザーで開催スタジアムまで送り届けるのは理想的ですし、セレブとの船上ミーティングでの活用も考えられます。

 奇しくもトヨタは東京五輪のオフィシャルスポンサーです。レクサスのねらいが透けて見えるのです。

 レクサスは、ただ単にクルマを販売するだけでなく、レクサスのある豊かな生活を提案するのも使命だと捉えています。ですので、クルマで移動してクルーザーで過ごすというスタイルは、ひとつのレクサスの考え方の具現だと思われます。それを世界に発信するには、東京五輪は都合がいいというわけです。

 そんな推理を見抜いているのか、2019年秋に正式なお披露目があるといいます。思わず手を打ちました。

豊田章男社長の厳しい評価がベースに

 レクサスのマスタードライバーでもあるトヨタの豊田章男社長は、モータースポーツだけでなくマリンにも造詣が深く、乗り味のすべてに一家言を持っています。それはクルーザーに対しても同様です。豊田社長の厳しい評価がベースにあることは明らかです。

   一方で、開発責任者であるトヨタの友山茂樹副社長も、公務の合間に自らプライベートでスポーツカーとクルーザーを走らせる日々を過ごしています。根っからのアクティブ派がそろうとなれば、いずれこのようなサプライズが起こるだろうと身構えてはいたものの、実際にそれが公表されると足がワナワナと震えるような思いになりました。

 ただし、いくら情熱と資金を注ぎ込んでも、数々の難題をクリアしなければならないのも事実。「スポーツヨットコンセプト」は、ひたすらそ最高速度にこだわったオープンスホーツモデルでしたが、今回発表された「LY650」は、豪華なギャレーやリビングを備える滞在型クルーザーです。

 セレブ感満点のベットルームは3部屋。それぞれにシャワールームを備えるという贅沢さ。いわば、「スポーツヨットコンセプト」がオープンスポーツカーならば、「LY650」はとびきり豪華なキャンピングカーといったところでしょう。そもそもコンセプトが異なります。

「LY650」は、豪華なギャレーやリビングを備える滞在型クルーザー
「LY650」は、豪華なギャレーやリビングを備える滞在型クルーザー

 全長は19.96m、全幅5.72m。乗員は最大で15人。搭載するエンジンは、ボルボペンタIPS1350。燃料タンクは、3800リットル。清水タンクは850リットル。

   65フィート級の超豪華クルーザーの使い方は、おそらく外国に旅するような外洋クルーズではなく(もちろん可能だが)、波が穏やかな晴れた日に沿岸クルーズを楽しんだり、あるいはマリーナに浮かべたままでの船上パーティをするのが理想的な姿でしょう。

   船の操縦に長けていれば自ら操船も不可能ではありませんが、現実的には数人のクルーを雇う必要がありますし、日ごろのメンテナンスにも相当の出費を覚悟しなければならないでしょうーー。 などと考えている貧乏性には、この手のマリンライフを想像することしかできないのが悲しいですね。

   もう一つ驚いたことがあります。確かにレクサスはトヨタマリンと密接な関係があり、そのノウハウを注ぎ込んだことは想像に難くない。だがトヨタマリンとて、ラインアップは28フィート、31フィート、35フィートだけです。過去には45フィートを販売していましたが、現在はない。その45フィートでさえ8000万円ほど。それが7億円するかもしれない65フィートクルーザーを販売するとなると、まったく別の顧客をターゲットにしなければならない。ここに困難があり、レクサスの本気が見え隠れするのです。

(文/木下隆之)

著 者

木下隆之

レーシングドライバー、ブランドアドバイザー、ドライビングディレクター、ライター
明治学院大学経済学部卒。学生時代からモータースポーツに参加し数々の優勝を飾る。日本学生チャンピオン。日産自動車と三菱自動車とワークスドライバー契約。数々の全日本レースに加え、欧州のレースでもシリーズチャンピオンを獲得。スーパー耐久では史上最多勝利数記録を更新中。海外レースにも積極的に参加し、伝統的なニュルブルクリンク24時間レースには日本人最多出場、最速タイム、最高位を保持。2018年はプランパンGTアジアシリーズに参戦し、シリーズチャンピオン獲得。日本モータージャーナリスト協会に所属。テレビ出演や執筆活動などもこなす。小説や自動車雑誌など多数執筆。日本カーオブザイヤー選考委員、日本ボートオブザイヤー選考委員。

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