バイクのABS(Antilock Brake System:アンチロックブレーキシステム)義務化のニュースが流れたのは2015年初頭のこと。しかし、それを耳にしても半信半疑でいたライダーは多かったと思う。私(筆者)もそうだが、バイクではABSをあまり重視していなかったためだ。しかし、その装着が義務化されるのは2018年10月1日ともうすぐ。ABSによってバイクがどう変わるのか? なぜバイクへのABS搭載が遅れたのか? などをまとめてみることにした。
250cc以上はABS、原付二種はABSかCBS
今回のABS義務化は原付二種(51~125cc)や軽二輪(126~250cc)、小型二輪(251cc以上)が対象になる。原付一種(50cc以下)や一部の競技車両は対象外だ。ただし原付二種については、ABSではなくCBS(Combined Brake System:コンバインドブレーキシステム)でもいいとされている。CBSは前後輪を同時に制動するブレーキシステムだが、設計によってはコストが抑えられるのが特徴。これついては後で述べよう。
規制が始まるのは新型車が2018年10月1日、継続生産車は3年後の2021年10月1日となっている。つまり、来年の10月以降に新しく販売される(新設計の)モデルは、来年の10月からABSを搭載していなければならないのだ。もちろん中古車には関係ないが……。
ちなみにABS、CBSともに運転を支援するための装置であり、ブレーキそのものの性能を向上させるものではない。機能に限界があるため、システムを過信することなく、ライダー自身による安全運転を心がける必要がある。
国土交通省:二輪自動車へのABSの装備義務付け等に係る関係法令の改正について
クルマよりずいぶん遅れてやってきた二輪ABS
クルマやバイクにかかわらず、ブレーキはタイヤの回転が停止するロック寸前の強く利かせた状態が制動力が最も高い。しかし強く利かせすぎて車輪がロックすると、逆に制動距離は長くなってしまう。そこで、車輪がロックしかけると(車速に対して車輪の回転速度が極端に落ちてロックしそうになると)ブレーキの圧力を瞬間的に下げて(リリースして)ロックを回避する。その後すぐにブレーキの圧力を戻し、制動力を最大に働かせるということを自動的に繰り返すことで、車輪をロックさせないようにする装置が作られた。これがABSだ。
ABSの構成は、車輪の回転数を見張るセンサー、ブレーキの油圧を制御する回路(アクチュエーター、モジュレーターなど呼び方はいろいろ)、それと全体をコントロールするECU(Electronic Control Unit)などからなっている。
クルマでは早い時期からABSが実用化された。初のABSは1970年代に登場し、1980年代には多くのクルマに搭載が広がっていった。対してバイクはというと、1988年の「BMW K100RS」に搭載されたのが初めて。しかしこれは突出して早く、バイクでABSが一般化したのは2000年代も後半に入ってからだ。
バイクは車輪のロックが転倒に直結するため、クルマ以上にABSが有効なはず。しかしクルマに比べてバイクでの採用が遅れたのにはいくつか理由がある。
まずABSのユニット(アクチュエーターなど)が大きかったため。バイクに無理なく搭載するために、小型・軽量なユニットの開発を待たなければならなかった。
もう一つは、バイクが非常にデリケートであるということ。古いクルマのABSを利かせたことがあるだろうか? バコンバコンとブレーキペダルにキックバックが盛大に返ってくる。タイヤが4つあり、転倒の危険のないクルマならキックバックが多少大きくてもなんとかなるが、バイクなら転倒してしまうかもしれない。バイク用ABSはクルマ用に比べ、ブレーキのロック⇔リリースの動作が非常に速く、なおかつキックバックが少なくてスムーズに動作することが求められる。その開発に時間が必要だったのだ。
そして三つ目はコスト。クルマ用でもバイク用でも、ABSの構造は基本的に変わらない。するとクルマに比べて価格の低いバイクには、ABSのコストが大きくのしかかってくる。これらがバイクへのABS搭載が遅れた主な理由だ。
ABS搭載でバイクの価格や重さはどう変わるか?
ではABS搭載によってバイクの価格はいくら高くなるのだろう?
これは同じ車種でABSあり、ABSなしそれぞれのモデルの価格を比べればすぐに分かる。例えばホンダの「NC750X」はABSなしが74万3040円、ABS搭載車が79万3800円だから、その差は5万760円(消費税別、以下同)。ホンダの「CB400SuperFour」も同じ5万760円の差だ。ヤマハは少し安く「MT-07」のABSありとなしでは4万6000円の差となる。「YZF-R25」ではさらに価格差が少なくなり、4万円しか違わない。おおむね現状では、ABS搭載コストは車両価格ベースで4万~5万円ほどと考えていいだろう。
今後、義務化されれば、量産効果でABSのコストは抑えられる可能性がある。ただABS非搭載モデルがなくなるわけだから、比較はできなくなるが……。
重さについてはどうだろう? 先のページにABSユニットの変化の図を挙げたが、記載されている重量はメインのユニットのみ(アクチュエーター+ECU)。これ以外にもセンサーや速度計測用のホイールなどが必要になる。搭載車と非搭載車で車重を比べてみると、おおよそABS搭載車は2~3kg重くなるようだ。軽量なオフロードモデル(非舗装路の走行を考慮したモデル)では気になる重さが、一般的なロードモデルなら大きな影響はないはずだ。
また、オフロード走行ではABSが効いているとうまくコントロールできない場合がある(わざとタイヤを滑らすといった乗り方も多い)。そのためホンダの「CRF1000L アフリカツイン」などではABSをオフにできるようになっている。
バイク用ABSはここ数年で一気に進歩
ABSは小型化・軽量化が進んだだけでなく、性能や動作フィーリングも大きく進化した。先に挙げたABS進化の図のうち、2005年の「ABS 8」では作動時に起こるレバーへのフィードバックが大きく、ブルブルと震えてしまう。走行状態によってはブレーキ圧がわずかに抜けるようなイヤな感じもある。あまりいいABSとはいえなかった(※筆者の乗っているバイクに搭載されているのでよく分かる)。
その次の「ABS 9」は明らかに向上していた。イヤなフィードバックも少なく、ごく自然な効き具合だ。「このABSならもっと広く使われてもいいなあ」と思った記憶がある。
最新の「ABS 10」は、残念ながらまだ体験したことがない。聞くところによると、ほとんどABSが効いていることを感じず、それでいて効果は強烈。ぬれた路面でも安定した制動ができるという。バイク用ABSはここ数年で一気に進歩した。
某ヤマハ販売店に聞いたところ、YZF-R25の場合、ABSありとなしの販売比率はほぼ半々だという。ツーリングや街乗り中心で使うライダーはABSありを購入し、スポーツ走行を重視していたり、バイクに手を入れるユーザーはABSなしを選ぶことが多いという。
つまり、ブレーキパッドを社外品の効きの良いものに替えたり、ブレーキホースを高剛性のものに交換すると、ABSの動作がメーカーの想定したものと動作特性が変わってしまう可能性がある。そうした弊害を避けるために、スポーツ走行系ライダーは最初からABSなしを選んでいるのだという。
後編ではCBS(コンバインドブレーキシステム)について扱っていく。
(文/西尾 淳=WINDY Co.)