人間に似たその姿で、服を美しく、カッコよく着こなして客のあこがれと購買欲をかき立てる――というのが、従来型マネキンの役割だった。これに対し、業界で今、次世代型と称されるのは、ただ服をまとってステキと思われるだけのモノにとどまらない。
最新技術を取り入れた「進化系マネキン」は、言うなれば人間を巻き込んでいく。客と会話をしたり、客の動向データを収集するマーケティング機能を備えたりと、これまでにはない付加価値で新しい地平を開きつつあるのだ。
2016年のプロトタイプ発売以降、新作を次々に生み出すマネキンメーカー・七彩(ななさい)の先進的な取り組みが興味深い。
時代の革新に挑戦し、「不易流行」 の理念を掲げる
七彩は創業1946(昭和21)年、商業施設の設計・施工、およびマネキンと什器の販売・レンタル事業を行う会社だ。マネキン制作は、明治期から人体解剖の模型を手がけていた島津製作所の標本部を源流とする。もともと日本の洋マネキンは、大正初期にパリからの輸入品で始まったが、船便で蝋(ろう)製のボディが変形し、それを人体模型制作の技術で修復したことをきっかけに、1925(大正14)年、国産の第1号が生まれた。
マネキンの姿は世相を映す。時代の精神を反映するファッションの流行を絶えず追いかけながら、時代とともに移り変わる。「その時代の革新に挑戦している」と語る同社相談役・山田三都男氏は、マネキン制作の理念を「不易流行」と表現した。
新しさを求めて変化する流行のなかに、長く変わらない永遠性がある、といった意味合いだろうか。マネキン史における革新の事例を山田氏にいくつか挙げてもらうと、まずは戦後の復興に続く経済成長期に発表した、47㎝のウエストと張った腰の曲線美を強調する女性像。
その後、脚に初めて「膝小僧」を表現した。英国のファッションモデル・ツイギーの来日でミニスカートブームに沸いた時期と重なる。ツイギータイプのマネキンは1970年代前半の若者向けファッションの演出に欠かせなかった。
さらに日本の経済が頂点を極めたバブル経済期には、いかり肩のマネキンが生まれた。大流行した大きな肩パッド入りの服をキレイに見せるためだ。
そして2017年、顔も体も丸い“ぽちゃカワ”のマネキンがついに登場。オシャレなぽっちゃり女性が市民権を手に入れ、大きなサイズのトレンド服が増えたことが背景にある。
初出では「バブル経済期のファッションを体現するような、いかり肩のボディが特徴的。加藤正浩作、1985年」とありましたが、正しくは「バブル経済期のファッションを体現するような、いかり肩のボディが特徴的。加野正浩作、1985年」でした。お詫びして訂正いたします。
目鼻を簡略化したマネキンの何倍も関心を引く
さて、ここから本題だ。従来型とは一線を画す新型マネキンの開発の背景にあるのは、マネキン販売のチャンスを失っていくことへの危機感が大きい。七彩のマネキン事業(レンタルと販売)の売上高は20年前に比べ、半減したという。
eコマースの割合が増え、実店舗での売り上げは縮小傾向にある。特にアパレルの小売業は厳しい。販売促進にマネキンを使うこと自体、経費削減で削られやすい。マーケットの縮小に加え、安価な輸入品が増えたのも要因にある。
商品本部長を務める一ノ瀬秀也氏は開発の動機について、「新しい役割をマネキンに持たせることはできないか、こんなものがあったら使ってもらえるんじゃないかーー、そんな思いから次世代に向けたマネキンを自分たちで考え出した」と語る。
こうして実現したのが、早稲田大学メディアデザイン研究所との共同開発から生まれたプロトタイプ(2016年12月発売)以降、「IMP(Interactive Mannequins Performance)シリーズ」の名称で展開する七彩の進化系マネキンだ。
IMPマネキンは現段階で大きく分けて、「単方向型」「双方向型」「データ収集型」の3つのタイプがある。順に見て行こう。
販促につながるイメージ映像を「顔」に映すプロトタイプ
これはIMPマネキンのプロトタイプ(原型)の使用例。映像をマネキンの顔に投影するが、マッピングではない。胴体の内部にプロジェクターを仕込み、「何らかの技術で反射させて映し出す」(一ノ瀬氏)という独自のアイデアが強みだ。通常のマネキンの中は空洞だが、新型の中身は「機械でいっぱい」だそうで、足元から熱を抜くファンまで入っている。
顔に映すプロモーション映像は、売り場やイベントの趣旨、目的に合わせた自由なコンテンツが可能。マネキンなので服を着替えさせれば何様にも変身できる。
水着を着せて顔にハワイのビーチ映像を流したり、浴衣を着せて顔に花火のイメージを映したり。「目鼻を簡略化した卵顔の抽象マネキンとは、同じ服を着せても集客力が大きく違うのは一目瞭然」(一ノ瀬氏)。マネキンはプロモーション映像とともにイベントを盛り上げる斬新なディスプレーの1つ、という位置付けだ。
口をパクパクさせて一方向でしゃべる
こちらの「IMPコンパニオン」(2018年12月発売予定)は、プロトタイプに機能を加えた新商品の1つ。
特定のキャラクターを作り、映像の口をパクパク動かしてしゃべらせる、という演出だ。店員でも駅員でもユニフォームを着せればいろんなキャラに変身できる。展示会ならコンパニオン嬢の代わりという役柄に近いが、ただし、このIMPコンパニオンは定型の説明を繰り返す「単方向型」。話しかけても返事はしない。
「本来イベントで商品説明が必要ならモニターにビデオを流せば済む。何もマネキンが口開けてしゃべらなくてもいいわけですよね。でも楽しいじゃない?(笑)。そこが大事なポイントです」(一ノ瀬氏)
人工知能エンジンで客と対話するマネキン
一方、この「IMP AI おもてなしマネキン」は客と対話ができる。ハードウエア自体はプロトタイプと同じものだが、先のIMPコンパニオンとは異なり、対話型の人工知能エンジンを仕込んでいる。サーバーを経由してシステム会社のAIとつながり、言語認識をして双方向の会話を行う。下の動画がその使用例だ。
例えば、未来の空港カウンターでは、乗客を相手にマネキンが搭乗手続きから旅先の天気情報、観光案内まで双方向の会話をやってのける……というようなイメージだそう。「自動チェックイン機に代わって、カウンターにずら~っと並んだ各航空会社の制服姿のマネキンと話しながら手続きを済ませ、そのままゲートに行けるぐらいのものに将来なり得るんじゃないでしょうか」(一ノ瀬氏)
未来の百貨店でも、売り場に立つマネキンが『何色がよろしいですか』とか『子供服は何階フロアです』など、客とやりとりをするかもしれない。この場合、マネキンは服を売るための販促ツールというよりコミュニケーションツールとしての役割を担う。
とはいえ、七彩は「ロボット作りは目指さない」という軸は変わらない。「マネキンメーカーですから技術の開発を競ったら本末転倒になる。あくまでもマネキンの販路を開拓するために、日々進化するテクノロジーを業界にどう生かせるか、どう積極的に取り入れていくか。それが今後に向けての大きな課題」(商品部 担当部長の池田公信氏)という姿勢だ。
正面に立つ人の顔を“分身”のように映し出すアバター
IMPプロトタイプに機能を加えた双方向型マネキンには、アバタータイプ(2018年12月発売予定)もある。「IMPアバター」は正面に立った人の顔を読み込み、マネキンの顔部分に“分身”のように映し出す。
使い方としては、例えばスポーツの日本代表メンバーやアイドルグループ、映画の出演者たちの顔を映したマネキンがずらりと並ぶなか、1体だけ“自分”がいる、というような参加型イベントでの利用を狙う。表情を動物に重ねたり、アニメーション風に加工するなど自在な画像処理も可能だ。
首元のカメラで客の関心度を数値化、MD戦略に役立てる
進化系マネキンには「データ収集型」もある。「IMPビュー」がそれだ。首元に仕込んだカメラで客の性別や年齢、来店時間や混雑度などの動向を読み取り、客の関心度を数値化するマーケティング機能を備えたマネキンだ。
従来の売り場では、商品に興味を持つ来店者の全体像をつかむには店員の経験に頼ることが大きかった。しかし、客の動向を数値で把握することで関心の度合いを客観化できる。年齢層、時間別、曜日別などの収集データをきめ細かく解析すれば、より大きな効果を見込める品ぞろえに変更するなどマーケティング戦略への活用も期待できるのではないか、というのだ。
実用化も始まり、愛知県の某ショッピングモールでは2018年4月から3カ月間、IMPビューを本格的に導入。マネキン納品先にはデータのみを提供する。録画は一切行わず、七彩側もデータを見ることはできないシステムだという。
もはや服を着てポーズを決めるだけではない。マネキンらしくないマネキンが次から次に開発され、思いも寄らない機能を身に付け始めた。これまでのマネキンの枠を飛び出していくのは面白い。
次回は、七彩が「実はこれが一番やりたい商売」と意気込む、怖いほどリアルなマネキンを紹介したい。
(撮影/佐藤 久)