「和紙から生まれた靴」が登場し、関心を集めている。2018年2月、織物の工場が初めて直接消費者に販売する商品として「和紙布(わしふ)スリッポン」をクラウドファンディングで立ち上げたところ、目標額の100万円を24時間内に突破。2カ月間で360万円(約300足分の注文)を集めた。現在はオンラインショップで販売を展開している。“和紙布”を使った靴とは、一体どういうものなのか? ウケる理由を探ってみた。

1891年の創業より富山県で織物業を営む細川機業が立ち上げたファクトリーブランド「オリガミクス」の第1弾商品「和紙布(わしふ)スリッポン」。シューズ向けの和紙布を使い、「はだしでもさらっと履ける」をうたう。水洗いもOK(画像提供:細川機業)
1891年の創業より富山県で織物業を営む細川機業が立ち上げたファクトリーブランド「オリガミクス」の第1弾商品「和紙布(わしふ)スリッポン」。シューズ向けの和紙布を使い、「はだしでもさらっと履ける」をうたう。水洗いもOK(画像提供:細川機業)
和紙布スリッポンは男女両用、5色展開。現在、サイズは22.5㎝から27.5㎝まで1㎝刻みでそろえる。2018年7月中に25.0㎝も加わる予定。価格は1万2000円(税込み)(画像提供:細川機業)
和紙布スリッポンは男女両用、5色展開。現在、サイズは22.5㎝から27.5㎝まで1㎝刻みでそろえる。2018年7月中に25.0㎝も加わる予定。価格は1万2000円(税込み)(画像提供:細川機業)

ウケる理由は「はだしでさらっと履く心地良さ」

 「和紙布スリッポン」を企画・販売するのは、120年以上にわたり織物業に携わる細川機業。明治中期に絹織物で創業後、やがてナイロンやポリエステルなど合成繊維に主軸を移した。現在は土木工事用の炭素繊維や紅茶のティーバッグ用メッシュ生地など非衣料の織物が売上高の7割、衣料向け織物が3割を占めるという。

 初めてのファクトリーブランド「オリガミクス」を立ち上げ、新しい素材として2015年から量産に取り組むのが「和紙布」。和紙をよった糸で布を織る。きっかけは、和紙糸・和紙布の可能性に着目し研究を重ねるITOI生活文化研究所のテキスタイルエンジニア・糸井徹氏との出会いだという。糸井氏の発明したシューズ向け和紙布が特許を取得し、量産するパートナー工場として事業化を進めた。同社常務取締役の細川浩太郎氏は開発の意図をこう語った。

 「弊社のようにBtoBの事業が主軸だと、製造する織物がどんな製品になって消費者の役に立っているのかつかみづらい。でも、自社で最終製品を企画して販売まで行えば、織物一筋で培った技術力や企画力を生かせるチャンスもあるはずです。私たちのような素材メーカーがこだわり抜いた製品を提案することで、素材の持つ潜在能力を引き出し、新たなマーケットを生む可能性も広がるのではないでしょうか」(細川氏)

 シューズの開発コンセプトは、和紙布の機能性を最大に生かすこと。すなわち、通気性や吸水速乾性に由来する「ムレにくさ」「軽さ」「消臭性能」を発揮すること。そして、最大のセールスポイントは「やはり、はだしで履く快適さでしょう」。細川氏は即答した。

シンプルなデザインで和紙の機能性を追求した和紙布スリッポン。「はだしでも快適に履ける」を実現するため、シューズづくりの専業メーカー協力の下、スタッフが試作品を履き、気になる箇所を修正するという地道な作業を5回ほど繰り返して完成させた(画像提供:細川機業)
シンプルなデザインで和紙の機能性を追求した和紙布スリッポン。「はだしでも快適に履ける」を実現するため、シューズづくりの専業メーカー協力の下、スタッフが試作品を履き、気になる箇所を修正するという地道な作業を5回ほど繰り返して完成させた(画像提供:細川機業)
靴への先入観があると、“和紙から生まれた”ようには見えない(画像提供:細川機業)
靴への先入観があると、“和紙から生まれた”ようには見えない(画像提供:細川機業)

そもそも和紙布とは何なのか?

 シューズ向け和紙布の原料となるのはマニラ麻。その繊維は強靭で、ワイヤーロープの芯材や日本の紙幣の原料にもなる植物だ。マニラ麻の繊維を原料に、まず「紙」をすく。その紙を2~3ミリ幅のテープ状に細く裁断したものを、こよりの要領で“より”をかけ、細く長くより合わせて「糸」にする。その和紙の糸で織った布。これが和紙布、となる――というのだが、布を織るプロセスに、なぜ「紙」をすく工程を入れるのか?

 和紙布と聞いて素人がこんがらがるのがこの点だろう。細川氏に疑問をぶつけると、「マニラ麻の繊維をそのまま糸にしても粗くて太い糸しか作れない。その糸で布地を織ってもゴワゴワと厚く硬く、シューズの形に加工するのは非常に難しい」とのこと。

 そこで、材料を高温高圧の釜で煮て、繊維をバラバラにほぐした状態から、薄く均一な「紙」にすく工程を経ることで、細さ、柔らかさ、長さの点でシューズや衣料用の織物に適した糸を作り出すことができる、というのだ。

和紙布シューズを作るプロセス。マニラ麻を原料に和紙を作る→細く裁断して2~3ミリ幅のテープ状に→こよりの要領で“より”をかけ、細く長くより合わせて糸にする→その糸で布を織り、シューズに形づくる(画像提供:細川機業)
和紙布シューズを作るプロセス。マニラ麻を原料に和紙を作る→細く裁断して2~3ミリ幅のテープ状に→こよりの要領で“より”をかけ、細く長くより合わせて糸にする→その糸で布を織り、シューズに形づくる(画像提供:細川機業)
マニラ麻を機械すきの技術で製造した和紙を、2ミリ幅のテープ状に細く裁断したもの(画像提供:細川機業)
マニラ麻を機械すきの技術で製造した和紙を、2ミリ幅のテープ状に細く裁断したもの(画像提供:細川機業)
テープ状の和紙に“より”をかけ、細く長くより合わせて「糸」にしたもの。これが和紙糸だ(画像提供:細川機業)
テープ状の和紙に“より”をかけ、細く長くより合わせて「糸」にしたもの。これが和紙糸だ(画像提供:細川機業)

 シューズという用途を意識して最も重要視したのは「摩耗強度」。和紙糸を少量のポリエステル糸と交織することで、綿やポリエステルをしのぐ摩耗強度を実現した。さらに、ポリエステル糸が裏側に回る「二重織り構造」により、肌に当たる面は和紙糸のみ、という特許製法(※)が商品価値を高めている。

※ITOI生活文化研究所による特許(第5597784号)
合成繊維と交織する太い和紙糸のみを表側に浮き上がらせ、肌に当たる面を和紙100%になるように設計した「二重織り構造」(画像提供:細川機業)
合成繊維と交織する太い和紙糸のみを表側に浮き上がらせ、肌に当たる面を和紙100%になるように設計した「二重織り構造」(画像提供:細川機業)
補強用に少量使用する細いポリエステル糸は、裏側へ回り込み、和紙糸をホールドして摩耗強度を上げる(画像提供:細川機業)
補強用に少量使用する細いポリエステル糸は、裏側へ回り込み、和紙糸をホールドして摩耗強度を上げる(画像提供:細川機業)

繊維に空洞がある多孔質構造が“さらっと感”に貢献

 「素足がベタつかず、さらっと履けるのは和紙布だからこその魅力です」(細川氏)。原料の植物繊維の1本1本に目には見えない無数の空洞があり、この多孔質構造が水分を吸ったり吐いたりする。汗をかいてもムレにくい。熱伝導率が低いこともシューズ内に熱がこもるのを防いでくれる。

マニラ麻の繊維は強靭で、熱や湿気に強い一方、多孔質の構造が特徴的だ。繊維の1本1本に空いている無数の空洞が、通気性や吸水速乾性、消臭性能など、多彩な機能性を発揮する(画像提供:細川機業)
マニラ麻の繊維は強靭で、熱や湿気に強い一方、多孔質の構造が特徴的だ。繊維の1本1本に空いている無数の空洞が、通気性や吸水速乾性、消臭性能など、多彩な機能性を発揮する(画像提供:細川機業)

 こうした「素材そのものがシューズの温度や湿度を調整する力を備えている」(同)として、和紙布の効用を重ねるのが、古来、和紙を活用した日本家屋、和室の環境だ。障子は通気性や吸湿性にすぐれ、熱伝導率が低いので外気の影響を受けにくい。開発チームは「和紙の機能性を生かした和室がそのままシューズになったイメージ」を目指したという。

 和紙の原料になるコウゾ、ガンピ、ミツマタといった植物も、繊維の多孔質構造を特徴とする。空気の通りが良い。障子なら微細な穴が湿気の調整を行い、行灯(あんどん)なら光がやさしく漏れる。墨を含んだ筆を書道紙に滑らせれば、微妙な吸い付きやにじみが生じる。これも多孔質ゆえの現象である。

和紙布スリッポンの重量は、細川機業の調査によると一般的なスリッポンの半分以下(画像提供:細川機業)
和紙布スリッポンの重量は、細川機業の調査によると一般的なスリッポンの半分以下(画像提供:細川機業)

デジタル隆盛の今、和紙を身近に感じるのは楽しい

 「はだしで履いて自転車に乗ったら、つま先に風を感じた!」と、ユーザーから驚きの声が寄せられたという和紙布スリッポン。素材の持つ特性を肌感覚で、しかもシューズの中という意外なところで楽しめるのがいい。

 「ムレにくく、乾きやすく、水洗いもOK」をうたう新素材の靴。履き心地を試してみたいと感じる購入者は、30~40代から徐々に60代まで広がりをみせている。「軽い」(24.5cmサイズで片足140g)ことへの評価が予想以上に高く、特にシニアからの問い合わせが増えているそうだ。

 近年、夏物の衣料や帽子にも「和紙入り」を見かける。筆者も和紙30%入りという軽い羽織りものを試しに買ってみたが、さらっとした肌触りで実に心地良い。デジタル隆盛で「紙」の存在が遠くなる一方、思わぬところで和紙の効用、植物の持つポテンシャルに気づかされるのは楽しい。

著 者

赤星千春

「?」と「!」を武器に、トレンドのリアルな姿を取材するジャーナリスト。

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