カンヌ映画祭と同時に開催される映画マーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」。こちらも映画祭同様に世界3大映画マーケットで、日本からも作品の売り込みに多くの人が乗り込んだ。そのマルシェの様子を、前回の「カンヌ映画祭 是枝監督の最高賞、邦画に復活の兆し」に引き続き、ジャーナリストの高野裕子氏にレポートしていただいた。

パレ・ビルから地下のマルシェへ(写真:yuko takano)
パレ・ビルから地下のマルシェへ(写真:yuko takano)
ヴィレッジ・インターナショナルは国旗を掲げたテントが並ぶ映画村(写真:yuko takano)
ヴィレッジ・インターナショナルは国旗を掲げたテントが並ぶ映画村(写真:yuko takano)

テクノロジーによる変化と向き合う時代に

 Netflixのコンテンツをコンペに入れるかどうか――そんな大問題が浮上した2017年のカンヌ映画祭。2018年もこの問題が回避できない壁として開催前に大きく立ちはだかった。

 コンペ作品の条件として、ストリーミング以前に劇場公開することを映画祭側は主張。Netflixはこの条件に一切妥協せず、「コンペに参加せず」との決定を下した。それによりポール・グリーングラス監督の『ノルウェー』や、アルフォンソ・キュアロン監督の『ローマ』などが、コンペ上映を逃したとされる。

 とはいえ、映画マーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」では、2018年もNetflixが多くのコンテンツを買い付け、その存在感は絶大だった。

欧米のVR(仮想現実)スペシャリストのスタンド(ブース)がずらりと並ぶ(写真:yuko takano)
欧米のVR(仮想現実)スペシャリストのスタンド(ブース)がずらりと並ぶ(写真:yuko takano)
VRスタンドで体験できるメニューはこれ(写真:yuko takano)
VRスタンドで体験できるメニューはこれ(写真:yuko takano)

 カンヌ映画祭の中心は、劇場やオフィス、会議施設を備えた総合ビル「パレ・ビル」だ。この地階に、数年前から「NEXT」という名前のイノベーション・ハブ(革新技術出会の場)がお目見えした。ここではVRを開発、提供する世界各国の企業がスタンドを構えたほか、特設プレゼンのスペースではさまざまなセミナーや討論会が行われた。

HPのスタンド。こちらは宇宙飛行士体験(写真:yuko takano)
HPのスタンド。こちらは宇宙飛行士体験(写真:yuko takano)
ジュネーヴ国際映画祭主催の「BEYOND CINEMA展示会」のスタンド(写真:yuko takano)
ジュネーヴ国際映画祭主催の「BEYOND CINEMA展示会」のスタンド(写真:yuko takano)

 そんなセミナーの一つ、「ARTIFICAL INTELLIGENCE(AI):THE EMERGING TOOL FOR NON-LINEAR STORYTELLING IN VR」と題されたセミナーに参加してみた。

 講演者の一人、インテルのAIとVRの世界トレンド分析部門ラヴィ・ヴェルハルは、自社関連作『ダンカーク』などを例に挙げ、VR開発における自社CPUの重要性を説いた。そして2020年には80億ドル、2025年には5兆69億ドルにまでVR市場は拡大するという可能性について語った。

 またソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントのジェイク・ジムは、自社作『ザ・ウォーク』を例に取り、VRが観客の映像体験を高め、かつ最先端のVR映像が実は映画全体のコスト削減にもつながると指摘した。

インテルのラヴィ・ヴェルハルのプレゼン(写真:yuko takano)
インテルのラヴィ・ヴェルハルのプレゼン(写真:yuko takano)
自社映画『ザ・ウォーク』を使ったソニー・ピクチャーズ、ジェイク・ゼムのプレゼン(写真:yuko takano)
自社映画『ザ・ウォーク』を使ったソニー・ピクチャーズ、ジェイク・ゼムのプレゼン(写真:yuko takano)

 マルシェでたびたび耳にした言葉といえば「ブロックチェーン」だ。映画製作は多額の費用をかけ、多数の出資者、制作者が関わる作業。資金を有効かつ正確に動かすためにはただならぬ時間と労力を必要とする。

 分散型のデジタル台帳であるブロックチェーンは、映画/コンテンツ制作、そして配給、資金の収益の管理と分配において有効な手段として革命的なツールとなるという見方は強い。例えば、視聴者が映画を見るために代金を支払った瞬間に、映画制作者が利益を得る、といったことが可能になるという。

 マルシェではすでにブロックチェーンを使って制作援助や配給のサービスを提供する会社がいくつも名乗りを上げた。ニューヨークのSign、ロンドンとニューヨークに基盤を置くBig Couch、スウェーデンのCinezen、ロシアのMoviesChainなどがその例だ。またこのテーマについて熱い討論会も何カ所かで行われた。

ベルリンの壁の崩壊から20年。東欧映画ビジネスの行方

ルーマニア映画『EQUALLY RED AND BLUE』はシネファンデシオンで上映(C)Festival de Cannes
ルーマニア映画『EQUALLY RED AND BLUE』はシネファンデシオンで上映(C)Festival de Cannes
ルーマニア・パビリオンにて。中央バルタさんは長谷井宏紀さんの新作をプロデュース中(写真:yuko takano)
ルーマニア・パビリオンにて。中央バルタさんは長谷井宏紀さんの新作をプロデュース中(写真:yuko takano)
ルーマニアを牽引するクリスチャン・ミンジウ監督の一昨年度のコンペ作『エリザのために』。ミンジウ監督はカンヌで3度の受賞歴を持つ。ベルリン映画祭では『私の、息子』(カリン・ピーター・ネッツアー監督)、『タッチ・ミー・ノット』(アディーナ・ピンティリー監督)が受賞。ネッツァー、ポルンボユ、プイウといった監督と並びルーマニア映画のニュー・ウェイヴの牽引する(C)Festival de Cannes
ルーマニアを牽引するクリスチャン・ミンジウ監督の一昨年度のコンペ作『エリザのために』。ミンジウ監督はカンヌで3度の受賞歴を持つ。ベルリン映画祭では『私の、息子』(カリン・ピーター・ネッツアー監督)、『タッチ・ミー・ノット』(アディーナ・ピンティリー監督)が受賞。ネッツァー、ポルンボユ、プイウといった監督と並びルーマニア映画のニュー・ウェイヴの牽引する(C)Festival de Cannes

 近年東欧の映画界が活性化し、映画祭での受賞も目立つ。なぜ東欧映画が注目されるのか? さまざまな要因があるだろうが、共通点はソビエト共産主義が崩壊した後の社会の葛藤と変化、そして発展を、とことん練り上げた脚本と、それを限られた予算で作品化している点だと思う。

 ジャンル的には社会性の強い作品や大胆な発想を生かしたフィクションが強みだ。「共産主義時代は、映画は国民的娯楽だった。政府から割り当てられた鑑賞券が限られていたので、ダフ屋をやって大儲けをした人がいた」と、1998年以前の状況を笑いながら話してくれたのはルーマニアのプロデューサー、アレキサンドレ・バルタさん。

 テレビにコマーシャルがない東欧では、映画文化が優勢であった。そんな歴史背景もあり、厳しい経済状況にもかかわらず、映画製作が活発で政府からの資金援助も小国ながらなされている。こうしたことが、年間の制作数は少ないが世界に通用する作家性の高い力作を生み出す結果になったのだろう。

アグネスカ・スモクジンスカ監督の『FUGUE』(C)Festival de Cannes
アグネスカ・スモクジンスカ監督の『FUGUE』(C)Festival de Cannes
マーサ・パック監督のポーランド短編『III』(C)Festival de Cannes
マーサ・パック監督のポーランド短編『III』(C)Festival de Cannes
女性監督による短編アニメ『THE OTHER』は、シネファンデシオン部門で上映(C)Festival de Cannes
女性監督による短編アニメ『THE OTHER』は、シネファンデシオン部門で上映(C)Festival de Cannes

 東欧(中欧)映画大国の一つがポーランドだ。2005年にポーランド映画協会が設立され、国内映画製作を支援してきた。援助金の年間予算は3400万ユーロ。2017年度のヒット映画のベスト5のうち3本が国内映画となっている。

 本年度映画協会長に就任したラドスラウ・スミグルスキさんは「就任してからというもの、女性監督を重視しています。近年のポーランド映画の成功は女性監督によるものだからです」と語る。

 監督の男女比率は9:1とまだまだ低いが、本年度カンヌの上映作はすべて女性監督で占められた。短編コンペ部門マーサ・パック監督の『III』、評論家週間アグネスカ・スモクジンスカ監督の『Fugue』、シネファンデシオン部門マーサ・マグニュスカ監督の『THE OTHER』がそれらだ。

チェコ・フィルム・センターのバーボラ・リガソヴァ(写真:yuko takano)
チェコ・フィルム・センターのバーボラ・リガソヴァ(写真:yuko takano)
リトアニア・フィルム・センターのエギデイウス・マドーサス(写真:yuko takano)
リトアニア・フィルム・センターのエギデイウス・マドーサス(写真:yuko takano)

 チェコ・フィルム・センターのバーボラ・リガソヴァさんは、「チェコ人は映画好きで、映画館にはよく足を運びます。年間入館者数は1500万人、人口たった1000万人の国としては、なかなかだと思います」と笑顔で語ってくれた。

 チェコ共和国の映画興行収入は5年前に比べて65%も上昇した。これに伴いチェコ映画も、国の支援によって伸びている。国内映画のシェアは22%、年60本ほどが制作される。国際共同制作を含め映画製作を援助するチェコ映画基金の年間予算は4700万ユーロと小国にしては大きい。

 1990年にソビエト連邦から独立した小国のリトアニア共和国。人口たった325万人の国だが、国を挙げて映画製作産業の復興に取り組む。

 「ここ5,6年国内映画のシェアが上がっています。去年はハリウッド映画を制し、興行収入ヒットのトップ3位を国内映画が占めました」話してくれたのはリトアニア・フィルム・センターのエギデイウス・マドーサスさん。

 「2012年にプロデューサーたちの提案により、文化省がリトアニア・フィルム・センターを設立し、映画産業の支援に本格的に取り組むようになりました」と語る。最近首都ヴィリニュスには3つの大型映画スタジオが開設、VFX技術にも力を入れている。

 またハンガリーも好調だ。2014年カンヌで『サウルの息子』(ネメシュ・ラースロー監督)がパルムドールを獲得し、コーネル・ムンドルッツォ監督の『ホワイト・ゴッド』はある視点部門に、『ジュピターズ・ムーン』はコンペ入りした。2017年度のベルリン映画祭・金熊賞はイルディコー・エニェディ監督の『心と体と』に送られた。

ハンガリー映画『ジュピターズ・ムーン』(昨年度カンヌ上映作)(C)Festival de Cannes
ハンガリー映画『ジュピターズ・ムーン』(昨年度カンヌ上映作)(C)Festival de Cannes
ポーランド女性監督作『スポーア』。ポーランドとチェコの国境で撮影された(C)Berlinale2017
ポーランド女性監督作『スポーア』。ポーランドとチェコの国境で撮影された(C)Berlinale2017

税制優遇処置が東欧映画産業の起爆剤に

 これら東欧諸国の映画産業の復興の起爆剤となったのは、ハリウッド映画のロケ地としての役割。地元のプロダクション会社とハリウッドの共同制作を条件に、東欧諸国は海外の撮影費用の大幅な税金免除(20%)を行っている。それによりハリウッドの大作がこぞって東欧で撮影するようになった。

 1990年代、ポーランド(『ナルニア国物語』『ゼロ・ダーク・サーティー』)から始まり、2000年代に入ると、ハンガリー(『ブレード・ランナー2049』『ワールド・ウォーZ』)やブルガリア(『300』『エクスペンダブルズ2』)、チェコ(『カジノ・ロワイヤル』『エイリアンvsプレデター』『ヘル・ボーイ』)、リトアニア(『戦争と平和』『東京裁判』)、クロアチア(『スターウォーズ:最後のジェダイ』『ゲーム・オブ・スローンズ』)など、どの国も欧米映画撮影の誘致を積極的に行っている。

 ここから生まれた利潤は、スタジオの新設や関連産業のビジネス発足資金に回す。古い様式の建物が残り、気候や地形が多様性に富み、人件費をはじめ諸コストが安価、加えて近年続々と新設された現代的なインフラの魅力は大だ。この傾向はしばらく続くだろうし、それに伴い東欧映画の更なる発展も予想される。

(写真・文/高野裕子 yuko takano)

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