2017年5月9日、東京・下北沢にコンビニエンスストア「nu-STAND」(ニュー・スタンド)がオープンした。お茶や酒などの飲料やインスタント食品も取り扱うが、売りは店内で調理するデリ。店舗に隣接してイートインスペースも設けられている。
ニュースタンドを運営するのは、音楽レーベルのPヴァイン(ピーヴァイン)だ。音楽ファンにはソウルやブルースの名盤のリイシューを行うレーベルとして知られており、スペースシャワーネットワーク傘下として国内外のアーティストのCDリリースや音楽関連の書籍を手がける同社が、なぜコンビニ経営に乗り出したのか。
ニューヨークの「地域の食料品店」に着想
「音楽以外にも、カルチャーに関わる事業を始めたかった」と同社の水谷聡男社長。2015年に同社が創業40周年を迎えるにあたり、新規事業部を立ち上げた。だが、すぐにコンビニ経営に結びついたわけではなかったという。
「アートやファッションのような事業はレーベルのファンなら共感してくれるだろうが、もっと広い層にも通じるものを作りたかった。かといって、カフェは誰もが思いつくだろうし、すでに同様他者もやっている」(水谷社長)
そんなとき、仕事で訪れたニューヨークで、地域に密着した食料品や日用品を扱う店に出合った。
「地元の人向けに食料品を売るかたわらで、手作りのサンドイッチを作っているのを見て『こんな店が作れたら』と思った」(水谷社長)
現地の店をそのまま持ってきて「グローサリー・アンド・デリ」としてオープンしても、日本人にはあまりなじみがない。そこで、日常に身近な存在で、誰もが利用するコンビニの開業を思いついたという。 「地域に密着した商店が少なくなっているなか、コンビニだからこそできることはあるのではないか」と水谷社長は話す。
店内でサラダ用野菜もカット
ニュー・スタンド最大の特徴でもあるデリは、全て店内で調理。生野菜を並べたサラダバーで使う野菜も、店内でカットしているという。目指したのは「手作りの温かみのあるデリ」。フルーツを使った「シトラスサラダ」など女性受けの良さそうなメニューもあれば、「唐揚げ+マカロニのボリュームサンド」などボリューム感があるメニューも。
「ヘルシーなものにこだわるのではなく、ジャンクなものも好きというのが自分たちらしさ」と水谷社長は話す。
デリやサラダバーに比べると、棚にある商品は少なく、品ぞろえも一般的なコンビニと変わらないように見える。
「流通業者との契約の関係で間に合っていない部分も多いが、今後はカルディや成城石井のようなセレクト色の強い棚を作っていきたい。ピーヴァインでは洋楽の買い付けも行なっているので、良い商品を見つけてくるのも大事な仕事だと考えている」(水谷社長)
大手のコンビニと争う気はない
下北沢の中心地にはファストフードや飲食店、若者向けのファッションを扱う店が集まっているが、ニュー・スタンドがある西口エリアは昔からの住宅街で高齢者も多い。
「オープンしてから分かったが、デリは高齢者に好評。夕方に残っているデリを全て買ってくれる高齢のお客さんもいる。レーベルや出版業では客とじかに接することはないので、客の声をダイレクトに聞ける面白みもある」(水谷社長)
店舗から数十メートルの場所には大手コンビニエンスストアがあるが、特に意識はしていないそうだ。
「客にはその時々で使い分けてもらえればと思う。ニュー・スタンドではデリが売り切れ ることもあるし、商品が開店に間に合わないこともある。100%コンビニエンスとはいえない。でも、不便でも自分たちの良さを出せる店が作れればいい。メジャーと争うのではなく、インディならではのやり方があると思う」(水谷社長)
(文/樋口可奈子)