“下町ロケット”は実在した――。三重県にある金属の切削加工技術会社「中村製作所」は、リーマンショックの影響で売り上げが9割減。そこから起死回生、自社ブランドを立ち上げ、金属加工などの専門分野のスペシャリストが集結した「中部ものづくりユナイテッド」の創立に参加。さらに三重県の航空宇宙産業経済特区のひとつとして指定されたかと思うと、次は無水調理の鍋を開発。近い将来、家電や文房具にも進出する予定だという。次々と新たな事業展開を行っている中村製作所の山添卓也社長に話を聞いた。

空気以外はなんでも削れる

 中村製作所は、大正3年(1914年)から続く会社だ。最初は漁網を製造する機械を手がけていた。山添社長は4代目となる。24歳のとき、先代社長の父が病で他界し、会社を継ぐことになった。「子どものころから祖父や父が取引で苦しむ姿を見てきたので、自分が会社を継いだら事業を広げたいと思っていた」(山添社長)。しかし、事業拡大という思いが先走り、ベテラン職人たちと意見が合わず、次々と辞めていったそうだ。

 「当時の町工場はまさに“待ち”工場。率先して仕事を作るのではなく、仕事が来るのを待っているのが普通だった。それを変えたくてつい細かく口出ししてしまい、ベテラン職人と意見が合わなくなり、人がいなくなっていった。でも取引先のメーカーからは半年先まで受注していて、先のことを考えるよりも目の前の仕事をこなしていくことに一生懸命だった。取引先はメーカー1社に集中していたが好調だった」(山添社長)

 ところが、家業を継いでわずか7年後にリーマンショックが起きる。取引先のメーカーが内製化するとして発注を減らし、残った注文には20%のコストダウンを求められ、売り上げは9割減まで落ち込む。「わずかな仕事しか残らず、さらにコストダウンを持ちかけられたことで続けていけない状態になり、そこで腹をくくって取引をやめようと。新しいことを始めなければいけないと思った」(山添社長)。

中村製作所の山添卓也社長
中村製作所の山添卓也社長

 自分たちの武器はなんだろうと考えたときに思い出したのが、社是だったという。「父から受け継いだ社是は『空気以外はなんでも削ります』。それからはなんでも引き受けた。とりあえず、チャレンジしていこうと変わった。ここが転換期だった」(山添社長)。

チタンの削り出しでわらしべ長者に

 もともと中村製作所は、誤差はわずか1000分の3ミリ以内という高い切削技術を持っている。宇宙関連企業からの依頼でH-ロケットの部品を作ったこともあった。また、湖池屋のスナック菓子「ポリンキー」の網目状の三角形を切り出すためのローラーを作ったこともある。

 その技術を使った自社ブランド「MOLATURA(モラトゥーラ)」(イタリア語で削り出しの意味)を立ち上げ、最初にアルミニウム製のワイングラスを作った。展示会に出展したら好評で、グラスの底に彫っていた細かいロゴマークを見た人が、これができるならはんこを作れないかと話を持ちかけてきた。はんこは高級品とされていた象牙が減少し、新たな素材として主流となったのがチタン製。チタンは金属の中でも特に削るのが難しい素材として知られているが、そのチタンの切削技術は中村製作所が最も得意とするものだ。

「MOLATURA」(モラトゥーラ、イタリア語で削り出しの意味)の第1弾として展示会に出展したワイングラス
「MOLATURA」(モラトゥーラ、イタリア語で削り出しの意味)の第1弾として展示会に出展したワイングラス
グラスの裏に彫られた精密なロゴ
グラスの裏に彫られた精密なロゴ

 そこで、名古屋を拠点に活動するプロダクトデザイナーの岡田心氏に相談し、開発したのが、純チタン製はんこ「SAMURA-IN」。「はんこは人の覚悟を後押ししてくれるようなもの。侍が刀を抜くようなイメージで、鞘(さや)のようなはんこケースも作った」(山添社長)。これが、2015年にグッドデザイン賞を受賞。個人用の認印は1本2万9000円、実印は1本4万8000円と高額ながら、年間30~40本販売し、累計で100本ほど売り上げたという。「しかし当初の予想売り上げ額にはまるで届かなかった。僕らは作ることはできても、それを売る販路や売り方を知らなかった」(山添社長)。

純チタンはんこ「SAMURA-IN」
純チタンはんこ「SAMURA-IN」

 ところが、SAMURA-INが話題になってから周囲が動き始めたという。このはんこを展示会に出展したところ、「もっと大きなチタン製品も削れるか」と相談を持ちかけられた。「チタンはとても高額な素材だったが、『やります』と即答したら、それが防衛関係のモーター製品だった」(山添社長)。

 次の展示会では、そのときに手がけた潜水艦や航空機関連の部品を出展。「それを見た三重県の職員の方から声をかけられ、航空宇宙産業クラスター形成特区への参画が決まった」と山添社長は話す。実は三重県をはじめ、愛知、岐阜、長野、静岡の5県は航空宇宙産業の研究開発から設計、製造、保守管理の一貫体制を持つ、アジア最大級の経済特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」として国から指定されている。そこに参画することは、税額の控除や工場立地の特例などさまざまなメリットがあり、大きな後ろ盾を得ることになる。

 同時に、中部地区で金属の削り出しや鍛造、樹脂金型など異分野の技術を持つスペシャリスト集団「中部ものづくりユナイテッド」の発足に参画。積極的に共同開発に関わっていたところ、宇宙機開発を行うPDエアロスペースからロケット部品の製作を依頼されたという。PDエアロスペースは、ANAやH.I.Sが出資している民間宇宙輸送システムを開発する会社で、2023年に宇宙旅行の運用を目指している。「最初は夢物語にも感じたが明確な運用時期なども分かり、夢が動き始めた気がした」(山添社長)。これとは別に、人工衛星ロケットの開発、医療分野で脊髄インプラントの開発も進行しているという。

 「自分はわらしべ長者だと思っている。人を介してどんどん事業が広がっている。同時に社員もやる気を出して新規事業開拓が活発になっているので、僕は外との折衝が主な仕事。今は自社ブランドのモラトゥーラに軸足を置いている」(山添社長)

目指す目標でありライバルは、バーミキュラ

 さらに、消費者の声をじかに聞ける製品を手がけたいと2017年から開発を始めたのが、無水調理にたけた鍋「ベストポット」。これは、地元・四日市市で作られている陶磁器の萬古焼を切削し、鉄鋳物の蓋とピッタリ合うように加工した鍋だ。この鍋を、クラウドファンディングのMakuakeで発表。目標金額は200万円。しかし終了してみると、目標の3倍近くの560万円以上が集まったという。300個受注し、5月末までに配送を完了する予定。さらに、テレビショッピングで1200個、地元の金融機関から顧客へのノベルティーとして60個受注するなど幸先は好調だ。

無水調理鍋「ベストポット」16cm(2万1000円)、20cm(2万8000円)
無水調理鍋「ベストポット」16cm(2万1000円)、20cm(2万8000円)

 「予想を大きく上回る金額で、これはいけそうだと思った。Makuakeはプロモーションが第一目的だったので、効果は十分に感じている。どういう人が購入してくれるのかを知ることができるのは大きい。面白かったのは、想像していたターゲット層とギャップがあったこと。クラウドファンディングという特性から30代が多いかと思っていたが、購入してくれたのは40~50代が大半」(山添社長)。応援したいから購入するというコメントも多かったらしい。では、これからはどういう展開をしていくのか。

 「目指すべきライバルはバーミキュラやストウブ」と山添社長は言う。それらと差異化するためには、四日市の伝統工芸を使い、地元で作られていることや、気密性が高いので余熱調理や無水調理が簡単にでき、そのまま食卓に出せることをしっかり伝えていきたいという。「気密性は実は高すぎて現在改良中。購入者やプロの料理研究家から、蓋がピッタリすぎて、火から下ろして少し置いておかないと蓋が開かないと。精密に作りすぎた」(山添社長)。無水調理どころか、圧力調理になってしまうらしい。そこで、ザラザラとしたホーロー加工をほどこし、わざと空気を少しずつ逃がすように改良している」のだそうだ。さらに、重すぎるとの意見を聞き、直径20cmタイプは蓋の重量が1.7kgあったものを1.3kgまで軽量化。直径16cmタイプは蓋の重量を1.4kgから1kgまで軽くした。「無水調理ができるギリギリの重さまで削った」(山添社長)。今後はサイズ展開も増やし、IHで使えるタイプも作っていく予定だそうだ。

ベストポットの蓋の裏側には凹凸があり、食材から出る水分が循環して無水調理ができる
ベストポットの蓋の裏側には凹凸があり、食材から出る水分が循環して無水調理ができる
蓋の側面が斜めに削られている。陶磁器と蓋がぴたりと合うように角度をつけられたのは、卓越した切削技術があってこそのもの
蓋の側面が斜めに削られている。陶磁器と蓋がぴたりと合うように角度をつけられたのは、卓越した切削技術があってこそのもの

次に目指すは家電、文房具

 今、モラトゥーラは追い風に乗っているようだ。ベストポットの発売で、「クックパッド」や「おうちごはん」といった料理の人気サイトでもコラボ企画が計画されており、伊勢丹などの百貨店で期間限定ショップも展開されている。「まさか、自分が百貨店の店頭に立って販売するようになるとは想像していなかった。最も縁がなかった世界に踏み込んでいる。でもまだ始まったばかりで、これからが勝負」と山添社長は話す。

 今夏には、ベストポットを進化させた商品で家電業界に進出。すでに仕様書を作成して試作開発に入っているという。そのあとは、ベストポットの料理を味わえるカフェやワークショップ、アンテナショップの展開が予定されている。まずは米国から始めるという。そのために、テストとして、社員60人が入れる社員食堂を建設する予定だ。「まずは社員にベストポットのファンになってほしい」(山添社長)。

 さらに、文房具ブランドもすでに進み始めている。一番大事なときに使いたくなるような勝負ペンを開発中で、ブランド名は「Spiritine(スピリティン)」(LINEとSpiritとの造語)なのだそうだ。「削ることで思いを体現できるものをどんどん作っていきたい。 “リアル下町ロケット”として目指す夢に向かっている」と山添社長は語る。

 “なんでも削れる”という基本に戻ったことでわらしべ長者のごとく広がってきた事業。今後もさまざまなジャンルの市場で中村製作所やモラトゥーラの活躍を目にすることになるかもしれない。

(文/広瀬敬代、人物写真/菊池くらげ)

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