シャープ公式Twitterの中の人
シャープ公式Twitterの中の人

 企業が顧客に情報を発信する手段はいくつもある。テレビCM、店頭POP、ニュースリリース、コールセンターなど、それぞれのアプローチで新たな顧客獲得や既存顧客へのサポートを行ってきた。そして近年、SNSでの「公式アカウント」による情報発信も無視できない状況になっている。つまり、TwitterやFacebookによる認知拡大、そしてファンとのコミュニケーションだ。

 しかし、企業が公式アカウントを開設するには、検討すべき課題が多い。担当部署はどこにするか、誰が担当するのか。最適な投稿内容はどういったものか、効果はどれぐらい見込めるのか――などと考慮しているうちにアカウント開設まで至らない企業も多いのではないだろうか。また、アカウント開設にこぎ着けても、更新が滞りがちになったり、SNSユーザーとのいざこざが起きたりと、苦労がつきない担当者もいるだろう。

 とはいえ、SNSでのマーケティングに成功している企業も多い。成功の秘訣はどこにあるのか。今回、45万人以上のフォロワーを持つ、シャープ公式Twitterアカウントを運営する「中の人」に、これまでの軌跡とアカウント運営について話を伺った。

シャープ公式Twitterページ
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鮮度のある言葉を届けたかった

―――シャープさん(Twitterアカウントの愛称)としてTwitterアカウントを開設、担当されていますが、アカウント開設のきっかけは?

中の人: 私は元々テレビCMなど、マス広告の制作を担当していました。広告の流れがマスからWeb、そしてSNSへと移り変わり、企業もSNSを始めるブームが起こりました。2011年の震災でSNSのパワーが認識されたこともあり、広告代理店からも提案されることが増えていました。そこで当時のボスが、外注せずに社内でやろうと私を指名しました。担当者は私一人です。

 マス広告の制作時は広告代理店からのプレゼンをもとに、社内の調整を経て、広告を世に出す仕事でした。広告案、特にコピーが各部署を回る中でさまざまな思惑が乗せられ、はじめとは似ても似つかないものになってしまうことに忸怩(じくじ)たる思いを感じていました。言葉を届けるのが仕事なのに届かない言葉に変えてしまう、そんな徒労感がありました。

 そこで、Twitterをやるのであれば、言葉の鮮度を持ってできるだけそのまま届けたいと考えました。生々しい、タイムリーな言葉を、すぐ発信したいと。それを条件としてスタートしました。

 といっても、始めの一年ほどは淡々とニュースリリースをわかりやすく流すようなツイートをしていました。ニュースリリースは正確さを突きつめるため、時に何を言っているのかわからない、生活者の言葉から乖離(かいり)することがあります。そうした様式美を削いでTwitterに流すということをやっていました。

 そんな矢先、経営悪化に伴う希望退職が、大々的に報道された日がありました。そこで、「(´-`).。oO( きょうは眠れるかな…)」と体温をのせた言葉をつぶやいたんです。人間的なアカウントに踏み出した瞬間ですね。

 こうした企業の内側の人間がどんな気持ちになるのかを外に出してみようと思ったのです。このツイートの反響は予想以上に大きくて驚きました。

――ということは、現在のアカウントは人間性にあふれていますが、それは中の人の人格ではないということですか?

中の人: 「シャープの一社員が話している」という感じです。表現が難しいのですが、その社員は私ではありません。私の人格は半分ぐらいで、残りはアカウントを運営していくうちに、フォロワーとの関係性で作られていった人格です。

――フォロワーとの関係が非常にうまくいっているように見えます

中の人: あまりタイムラインは見ないんですよ。フォロワーとのコミュニケーションを続けるうちに「通知」に寄せられるリプライの中に、フォロワーの人が「シャープのことがつぶやかれていたよ」というお知らせもあれば、Twitterで話題になっていることを大喜利のようにふられる、そういう関係性になりました。

 そもそもTwitterのフォロワーとは、共犯関係を結ぶことで絆が深まると考えています。例えば、「猫の日」に「ニャープ株式会社」と名前を変えても、「名前を変えた」とはつぶやきません。フォロワーの誰かがそれを見つけてくれて、広めてくれる。フォロワーからすれば、いち早く変化を見つけたという気持ちになりますよね。今日(※)はプロフィール画像に猫の耳をあしらいましたが、夕方にはさりげなく元の画像に戻そうかなと考えています。それぐらいがちょうどいいんです。

※ このインタビューは2月22日、猫の日に行われました。

世間がこちらを向いているときに発信することがポイント

――ツイートの内容について、年齢層や性別、居住地などのターゲティングは考えていますか

中の人: 元々広告宣伝をやっていたので、ターゲティングという考え方に辟易していたところがあります。インターネットで人間のフィジカルな属性分けにあまり意味はないと思います。アニメ、音楽、ガジェットなど、「好きなモノや価値観」という軸でしか見ていません。

――では、ツイートを効果的に届けるにはどうしたらいいのでしょうか

中の人: 「いつ言うか」というタイミングが大事です。世間と向き合い、世間がこちらを向いているときにツイートすることです。例えば、エアコンの発売日もそうですよね。企業の一方的な事情による時間軸を離れ、寒い日にエアコンのことを言えば、ただの発売日につぶやくよりも実感が伴いますし、共感も得られます。

 これはニュースリリースなどでも同じことですよね。誰がいつ言うかで、言葉が届くかどうか、成功するか失敗するかを分けると思います。そもそもニュース性を持つかどうか、ツイートがバズるかどうか、は世間にあります。「バズらせる」とか、広告の人たちはよく言いますけど、RT(リツート)したりシェアしたりするのは、発信する側ではなく、生活者側にゆだねられているわけですよね。こちらでコントロールできるものではない。

会社のお金を使わなければ自由が手に入る

――これから企業アカウントを開設したいと考えている企業も多いと思います

中の人: 企業アカウントを開設したいとよく相談されるのですが、皆さん「うちの会社は堅くて」とおっしゃいます。でも、シャープだって堅い(笑)。

 アカウントを開設するとき、まずその効果を想定すると思います。企業が広告を打つときは、大きなお金が効果に見合うものかどうかチェックしますね。これぐらいお金を出せば、この程度のリターンが戻ってくるという数式が出来上がっているわけです。そのやり方に慣れているので、Twitterアカウントにもそれを求めてしまう。

 でも、ツイートは無料でできます。あらかじめ効果を想定させる根拠がなくなるわけです。会社のお金を使わなければ、案外自由にできるものです。その労力より、われわれは生活者とどういう関係を築きたいのか、そこを前向きに夢想すべきだと思う。

 もちろん、最初の頃は「メリットはあるのか」と上司に聞かれることはありました。しかし、最近は減りましたね。

 普段は、常にパソコンでTwitterを開いています。実生活とTwitterが常に並行していて、頭の中はアプリを2つ立ち上げているような感覚です。

 なぜパソコンでTwitterをするかといえば、誤字を防ぐためとリンクがしやすいからです。私は正確性の面からパソコンでないと自信を持ってツイートできません。

――アカウント運営となると、炎上を恐れる企業も多いかと思いますが、アドバイスはありますか

中の人: アカウントを始めた当初は、返信することを禁じられていました。でもソーシャルで一方通行のほうが不自然ですよね。苦情しか来ないのではと考えられていたんです。

 でも実際は、そうではなかった。お客さんは文句を言う存在ではない。ファンになってくれることもある。その事実を積み上げて示していくしかありません。ソーシャルは反応が目に見えるので、一つひとつ、悪いことばかりではないというエピソードを見せることができます。

アカウントに来たリプライ(コメント)にはほぼ100%返信する。フォロワーへの誕生日祝いのコメントも送る
アカウントに来たリプライ(コメント)にはほぼ100%返信する。フォロワーへの誕生日祝いのコメントも送る

 今は、ほぼ100%返信するようにしていますが、返信が来ないからといって怒られたことはまずありません。それは、「一社員がやっている」という前提条件が世間と共有できているからだと考えています。

 Twitterアカウントは、例えば商店街にある、八百屋さんの気のいいお兄さんくらいのイメージでやっています。常連さんとおつきあいするように、こちらから前置きなしに売りつけることはせず、世間話でもしながら商品も薦めているような感覚です。そのようなスタンスをフォロワーと共有することは、時間をかけて丁寧にやるべきだと考えています。

 企業アカウントは、生活者をマスマーケティング的に「属性」とかターゲットとかいう、ある種のかたまりとしてしか向き合えないのであれば、やらないほうがましです。一人ひとりのお客さんと向き合う気持ちが大事です。

――炎上はどうして起こると思いますか

中の人: 先ほども言いましたが、ソーシャルは、友人・知人に加えて、好きなモノや価値観でつながり合う世界です。企業アカウントが炎上で気を付ける点を挙げるとすれば、誰かが好きなモノに対してわざわざ嫌いだという必要はないということですね。誰かの好きを傷つけないことが大切です。

既存顧客との交流でLTVを上げていく

――Twitterアカウントはどんな役割を果たしていると感じますか

中の人: 私は、新規の顧客を得ることよりも、すでに自社の製品を使ってくださる人と話すほうに力点を置いています。例えば多いときで1日100件程度、「シャープ製品を買った」というリプライが来るので、絶対にお礼を言うようにしています。

 製品を買ったことをそのメーカーに言いたくなる、その関係性はかけがえがない。特に自社販売の手段をもたないメーカーは、今まで顧客に直接お礼を言う手段はありませんでしたが、ソーシャルでは可能。そこに私は革命的な意義を感じています。

 Twitterを通じて世間話を続けていれば、「次に買い替えるときはシャープさんに相談してみよう」となる。これを積み重ねていけば、LTV(ライフ タイム バリュー)を上げていくことになっていくはず。私は着々とそれをやっていけているのかなと思います。ソーシャルは今のお客さんを増やすには微力かもしれない。だけど未来のお客さんをつくるにはとても誠実な企業のツールだと考えています。

 マーケティング視点でいえば、「ファンベース」(佐藤尚之著、ちくま新書)の考え方にすごく共感しています。読めば読むほど、やりたいことはこれだと感じています。

(構成・写真/鈴木朋子)

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