ここ最近、街中でとあるブランドのダウンジャケットを着ている人をよく見かけるようになった。そのブランドとは「カナダグース」。名前の通り、カナダ・トロント発祥のブランドだ。さまざまな色や形があるが、胸元や腕についた大きなワッペンが特徴的なので、ブランド自体を知らなくても見覚えがある人は多いだろう。

カナダグースのブランドロゴ。同ブランドのダウンにはこのロゴをかたどったワッペンが付いているのが特徴
カナダグースのブランドロゴ。同ブランドのダウンにはこのロゴをかたどったワッペンが付いているのが特徴

 カナダグースは1957年にトロントで創業。全ての製品をカナダ国内で製造しているのが特徴だ。「温度体感指数」という5段階の耐寒基準を設定しており、5度~マイナス5度までに対応するウエアから、マイナス30度以下などの極寒地でも着用できるウエアまでをそろえる。価格は10万円前後と決して安くはない。だが、2017年11月、東京・千駄ヶ谷にオープンした日本初の直営店には、オープン初日に150人以上の行列ができたという。なぜ、高額なダウンがここまで人気を集めたのだろうか。

オーバースペックでも支持される理由は?

 カナダグースが選ばれる理由について、2016年の秋冬シーズンから日本でカナダグースを展開するサザビーリーグ新規事業部の平井洋司事業部長は「“本物”を着用することにステータスを感じるのではないか」と話す。ブランドの歴史や品質、機能性などを知り、“本物”と認め、買い求める人が増えているという。

 アウトドアになじみのない人にとって、極寒地を基準とした耐寒性などはややオーバースペックのように感じる。だが、平井事業部長は「実際に必要かどうかは別として、機能性はブランドの信頼度につながる。スイス製の時計がその精密さでユーザーに信頼されているのと同様に、『カナダグースは機能性が高い』ということがブランド力になっている」と説明する。

カナダグースといえばロング丈のイメージがあるがショート丈も人気。写真は「BROMLEY BOMBER(ブロムリー ボンバー)」(税込み9万9360円)。サイズはXS〜L。カラーは写真のブラックのほか2色。カナダグースの技術を駆使した5段階の温度体感指数(TEI)のうち、TEI3(マイナス10度〜20度)まで対応が可能
カナダグースといえばロング丈のイメージがあるがショート丈も人気。写真は「BROMLEY BOMBER(ブロムリー ボンバー)」(税込み9万9360円)。サイズはXS〜L。カラーは写真のブラックのほか2色。カナダグースの技術を駆使した5段階の温度体感指数(TEI)のうち、TEI3(マイナス10度〜20度)まで対応が可能

「どうせ買うなら分かりやすいものを」という消費者心理も

 ただ、それだけが理由ではないだろう。あるファッション関係者は「丈が長めのダウンを多くそろえているのも理由の一つでは」と分析する。

 現在、市場にあるダウンジャケットは、動きやすさを優先してか丈が短いものが多いが、若い世代を中心にややオーバーサイズのコートがはやるようになり、ダウンもロング丈が支持されるようになってきた。ロング丈のコートといえばイタリアのブランド「モンクレール」が人気だが、ここ数年で値上がりし、20万~30万くらいの価格帯の商品も増えてきた。そんななか、その半額程度で購入できるカナダグースが売れるようになったという見立てだ。

 しかし、ファッション感度が高い人に売れただけではここまで爆発的なヒットにならないだろう。「ワッペンの効果も大きい。2016年秋冬ごろからセレクトショップの店頭でカナダグースの商品をよく見かけるようになったが、店員に聞くと、同じような価格やデザインのダウンが並ぶなか、ワッペンが決め手になってカナダグースを選んだ人が多かったようだ」(ファッション関係者)。

 モンクレールのダウンも特徴的なロゴワッペンが認知度を上げるのにひと役買っていたし、ラルフローレンのロゴを大きくした「ビッグポニー」が大流行したという前例もある。どうせ高いものを買うならどのブランドの服か分かるものを選びたいし、人に見せたいという心理が働くのかもしれない。

10万円前後のダウンが「ちょうどいい」

 カナダグースが大増殖した背景には、高級ダウンが幅広い客層に受け入れられやすい土壌がすでにできていたということもある。そのきっかけとなったのが、2016年に「国産高級ダウン」として大ブレークした「水沢ダウン」だろう。国産というだけでなく、生地に縫い目がないためストレッチ性があり、縫い目から雨が入らないので耐水性に優れているなどの機能面が支持され、2016年、2017年ともに売り上げは前年比約30%の伸び率だという。

「MIZUSAWA DOWN JACKET “ANCHOR”(アンカー)」(税別7万8000円)。水沢ダウン発売当初からあるベーシックモデルで、サイズはXXS〜XXXL。写真のブラックのほか、グラファイトネイビーなど全4色展開。フロントジッパー部分のベンチレーションで外から空気を取り込み、衣服内にこもった熱や湿気を逃がすことができる
「MIZUSAWA DOWN JACKET “ANCHOR”(アンカー)」(税別7万8000円)。水沢ダウン発売当初からあるベーシックモデルで、サイズはXXS〜XXXL。写真のブラックのほか、グラファイトネイビーなど全4色展開。フロントジッパー部分のベンチレーションで外から空気を取り込み、衣服内にこもった熱や湿気を逃がすことができる

 水沢ダウンは2012年秋にセレクトショップでの流通を始めたことから認知が広がった。2015年秋には水沢ダウンを中心にファッション性の高い商品を取り扱う直営店を東京・代官山などに3店舗オープン。水沢ダウンを手がけるデサント マーケティング部の植木宣博マーチャンダイザーは「2016年は特に水沢ダウンを指名して買い求めにくる客が目立った」と話す。購買層の中心は40〜50代の男性だ。

 男性を中心に支持を集めるのは、「男性はもともとスペックが高い商品が好きな傾向にある。さらに、『どうせ買うなら意味のあるものを』と考える人も多い」と植木マーチャンダイザーは分析する。水沢ダウンの名前はデサントが持つ水沢工場に由来している。国産であること、さらに、水沢工場のみで作られているため生産数が少なく希少性が高いという点が、男性ユーザーに響くのではないかと考えているという。

 また、「私見だが、日本人にとって10万円前後のダウンが価格的に『ちょうどいい』のではないか」と植木マーチャンダイザー。「カナダグースをはじめ、以前から日本で人気のある北米や欧州のブランドは10万円前後の商品が多い。この価格帯で名前が通っているブランドは少ないので、水沢ダウンの認知が広がって、このゾーンに仲間入りができたのは大きかった」(同氏)。

 

あの「THE」も高級ダウン市場に参入

 そんななか、新たに高級ダウン市場に参入したのが、洗剤やキッチンペーパー、Tシャツなど、カテゴリーを問わず“定番品”を作っている「THE(ザ)」ブランドだ。南極観測隊のためのウエアを長年作っている国内ダウンウエア専門企業「ザンター」と組み、黒一色のシンプルな「THE MONSTER SPEC(ザ モンスタースペック) DOWN JACKET」を発売。男女兼用で1型のみ展開する。「アウトドアやスポーツ用品など、スペックが高ければ高いほど良いというジャンルもある。最高級のダウンをどうやって作ったらいいかと考えたとき、『国産』という結論にたどり着いた」と、同社の米津雄介社長は話す。

「THE MONSTER SPEC(ザ モンスタースペック) DOWN JACKET」(税別13万円)。サイズはSからXLまで。生地は15デニールという薄さながら、軽くて強度が高いものを使用。街中で着ることを意識してシャツやジャケットの裾がはみ出さないような丈の長さにしている。羽毛の洗浄から生地の開発、仕上げまで一貫して国内生産しているため、修理も受け付けられるとのこと
「THE MONSTER SPEC(ザ モンスタースペック) DOWN JACKET」(税別13万円)。サイズはSからXLまで。生地は15デニールという薄さながら、軽くて強度が高いものを使用。街中で着ることを意識してシャツやジャケットの裾がはみ出さないような丈の長さにしている。羽毛の洗浄から生地の開発、仕上げまで一貫して国内生産しているため、修理も受け付けられるとのこと

 面白いのは、街中で着ることを前提にしている点だ。「『いかにもアウトドア』というデザインの商品は街中では浮いてしまう。軽くて動きやすく、街中でもアウトドアでも使えるデザインを目指した」(米津社長)。さらに「都会のコンクリートの地面は冷えやすく、風が強い日はとても寒く感じる。暖かさという意味ではアウトドアと街中を分けて考える必要はない」とも説明する。

 ここ数年、スニーカーやスウェットなどスポーツウエアを取り入れたファッションが一般的になり、通勤時にダウンジャケットを着る人も珍しくなくなった。用途によってアウターを何枚もそろえるより、「高くても良いもの買って、長く着る」という人も増えているのだろう。都市部でハイスペックなダウンを着るというのは、もはや定番化しているといえそうだ。

(文/樋口可奈子)

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