「IT時代の今、漫画『サザエさん』に出てくる酒屋の三河屋のような“御用聞き”になりたい」。そう話すのは、スマホアプリを使用した、野菜を中心とする(生鮮食品宅配サービス「VEGERY(以下、ベジリー)」)を運営するベジオベジコ(宮崎県綾町)の平林聡一朗社長だ。

 生鮮食品宅配サービスといえば、2017年4月にアマゾンが生鮮品や日用品を短時間で自宅に届ける「Amazon フレッシュ」をスタート、7月にはシンガポール発の「honestbee」が上陸するなど、競争が激しくなってきている。そんな中、2017年1月にスタートし、商品の新鮮さと珍しさで注目され、インスタグラムなどで人気に火がついたのがベジリーだ。

生鮮食品デリバリーサービス「VEGERY」のアプリ画面
生鮮食品デリバリーサービス「VEGERY」のアプリ画面

 ベジオベジコは2011年に設立された、スムージー用の野菜・果物を宅配する専門会社。ベジリーはベジオベジコが直接契約した農家が生産する野菜を中心に、肉や調味料などをデリバリーするサービスだ。特に野菜は、国内でいち早く町全体で有機農業を導入した宮崎県綾町(あやちょう)をはじめとする、九州各地の農家で収穫されたものがメインだ。

 無料の専用アプリをダウンロードして注文者情報を一度登録すれば、商品と届く時間帯を選び、確認ボタンを押すという3ステップで簡単に注文できる。都内の特定エリアであれば、時間帯は1時間単位で選択でき(10~20時)、同社のスタッフが直接自宅まで野菜を届けてくれるのがウリ(そのほかの地域は翌日着で宅配業者が配達、離島などの場合は翌々日着)。商品の多くは定番野菜だが、関東圏ではなかなか見かけない珍しい野菜もあり、それがインスタで話題になっている。また、生産者のプロフィールをはじめ、その野菜の保存方法やおいしい食べ方などが閲覧できるのもほかの宅配サービスとは異なるポイントだろう。

商品は生産者のプロフィールや野菜の保存方法、食べごろ、おいしい食べ方なども閲覧できる
商品は生産者のプロフィールや野菜の保存方法、食べごろ、おいしい食べ方なども閲覧できる

リピーター率50%の意外な理由

 サービスを開始してから1年。現在のベジリーのリピート率は約50%だという。通常のECサイトの平均リピート率は20%といわれているそうで、同社はその2倍以上になる。ユーザーの85%は女性。経営者をはじめ、スーパーに買い物に行く時間がない人が多いようだ。スーパーで購入する野菜に比べると単価は高く、ユーザーが利用する1回の金額は平均5500円。大多数のユーザーが1~2週間に1度の頻度、中には毎日利用する人もいるという。

 「当初は平均2000円くらいと考えていたのでうれしい誤算でした。ユーザーは都心居住者が中心で、食品にこだわっている人が多いということもあるのでしょうが、関東圏で入手しにくい九州の野菜ということも注目された理由のひとつだと思います」(平林社長)

「糸巻き大根」など、関東ではあまり知られていない宮崎県の伝統野菜も購入できる。オーガニック野菜のセットも人気
「糸巻き大根」など、関東ではあまり知られていない宮崎県の伝統野菜も購入できる。オーガニック野菜のセットも人気

 もうひとつ、同社の宅配ならではの要素も人気の理由。昔ながらの八百屋の前掛けスタイルのスタッフが野菜の入った袋を提げて届けに行くのだ(特定エリアに限る)。宅配スタッフはアルバイトが中心だが、農業大学や大学の農学部の学生も多い。

 「農業分野ではベジリーは新しいビジネスモデル。だからアルバイトを募ると農学部在学中の人の応募が多くなりました。中には東大農学部で研究している学生や将来独立を考えている人もいます」(平林社長)。さらに、「彼らは野菜の知識が豊富で、得意分野だからこそ、その野菜の保存方法や使い方まで丁寧に説明する。そこでコミュニケーションが生まれ、次に届けに訪れたときにはユーザーから質問されたり、『こんなものも扱ってほしい』『パーティーがあるので肉やワインも欲しい』などとお願いされたりして御用聞き状態になっていく」(平林社長)。そんなことが続き、1年たった今では、野菜のほかに肉、九州の名産品や加工品、調味料、海外のワインなどの幅広い食品を扱うようになった。

農家をハッピーにする仕組み

 宮崎の野菜は関東圏で売られる機会が少ないこともあり、地元ではよく見かけても、関東圏では珍しい黒大根などが話題になってインスタで紹介されるようになった。それがアプリを登録するきっかけにもなっているようだ。

 「黒大根や葉付きのカラフルなニンジンなどは定番野菜ではなく、市場に出荷されにくい野菜でした。農家と直接やり取りしていくうちに、そういう野菜を多く販売するようになったんです」と平林社長は話す。

 現在、ベジリーと契約している農家は、定期的に取引しているのが60~70軒。季節限定の取引を含めると約100軒を超える。「宮崎県だけで50軒以上。最近は北海道の農家とも取引が始まり、冬は宮崎のものを中心に、夏には、宮崎では暑すぎて収穫できないこともあるので、北海道の野菜が入荷するなどバランスが取れてきました」(平林社長)。

 100軒を超える農家がベジオベジコと直接契約するメリットはなんだろうか。「“農家をハッピーにする”のがベジオベジコの理念です。もうかる農業を作りたい。それを達成するポイントはどれくらいの付加価値を作れるか。そして、流通コストをどれだけ抑えられるかです」(平林社長)。

 価格は農家とともに決めており、多くの商品の売り上げは農家とベジリーで50:50になるように設定している。もちろん流通コストはベジリー側が持つ。「流通まで行うことで、農家の売り上げを3割から5割まで引き上げることができました。味は一緒なのに規格外ということで市場に流通できない野菜も買い取るので、農家側にとってもムダやロスがない。価格はスーパーで販売している商品よりも高いですが、ほぼ毎日入荷しているので新鮮さ、おいしさには自信があります。生産者のプロフィールをしっかり紹介することで付加価値もつけています」(平林社長)。結果的に、現在契約している農家の売り上げは20~30%増加しているという。

VEGERYを運営するベジオベジコの平林聡一朗社長
VEGERYを運営するベジオベジコの平林聡一朗社長

 流通コストは大きな課題だ。実は宮崎県はほかの九州の県に比べて空輸が難しく、基本的に陸路で運ぶしかないという。そうなると流通コストがかさむ。その問題もあり、関東圏に宮崎の野菜が出回る機会が少ないのだそうだ。

 流通コストは約7割にも上るという。例えば、100円のこまつ菜の場合、70円は中間業者、運輸業者、店舗(スーパーなど)が取り、生産者の農家へは30円しか入らない。特に遠方へ運ぶほどにコストはかさむ。そこで、「流通コストをどれだけ抑えて農家に還元できるかを考えて、独自の配送網を作りました」(平林社長)。

 ベジリーは本社のある宮崎のほかに、ユーザーが多い都心に配送するために渋谷に配送拠点を設置。九州からの配送は市場に向かうトラックの一部を使用し、そこからは社内で宅配までまかなう。今後は全国の配送をもっとスムーズにするために配送拠点や配送網を充実させていく方針だ。

 「宅配の場合は届ける時間帯を1時間ごとに設定できるので、ユーザー側が待つ時間も短く、再配達はこの1年間でほぼない」(平林社長)。流通コストの問題を最小限にすることで、ベジリーでの注文が増えるごとにベジオベジコも農家も売り上げが伸びるという仕組みになったのだ。

■変更履歴
写真のキャプション「BEGERY」は誤りで、正しくは「VEGERY」でした。お詫びして訂正します。[2018/01/23 13:36]

野菜好きを増やし、買い方意識を変えるのが使命

 平林社長は法学部出身。高校生のときに米国に留学し、海外志向が強かったという。大学進学後も国際情勢について研究するゼミに参加し、仕事は国際連合関係を目指していた。しかし大学在学中の2011年、東日本大震災をきっかけに、「それまでグローバル重視だった視点が国内に向くようになりました。被災地に定期的に訪れてワカメの養殖などしているうちに、地元の宮崎県のためにも何かしたいと思い、宮崎に戻って何かできないかと考えていました」(平林社長)。

 地元に戻り、縁あってインターン先の子会社の社長に就任した。このとき大学3年生だった。社長に就任後すぐに立ち上げたのが、スムージー専用の野菜や果物を宅配する専門店のベジオベジコだ。地元の農家を1軒1軒まわって契約を結び、独自の配送網を作って、東京までの輸送・販売をする垂直統合型のビジネスモデルを構築した。スムージーブームにのって事業は1年足らずで売り上げが10倍以上に成長し、黒字化を達成。そして、第2弾として立ち上げたのが、ベジリーだ。

 「今後は地元農家と共同で生産も手がけながら、宅配まで自分たちで行ってコストを下げ、農家の売り上げを伸ばすだけではなく、ユーザーにとっても適正価格で提供できる仕組みを確立したい」(平林社長)

 また、宅配サービスが増えてきたなかで認知度を高める対策もすでに行っている。それが、リアル店舗だ。「基幹サービスはあくまでもアプリ。しかし、楽天やアマゾンなどの大手とは違って、ベジオベジコ、ベジリーと聞いてもきょとんとするのが普通です。そこで安心感を持ってもらうために実際に店舗が必要だと思いました」(平林社長)。そこで、東京・根津に「VEGEO VEGECO 根津」をオープンした。

根津の「VEGEO VEGECO 根津」では、野菜をはじめ、調味料や麺類など常時80~90種類が並ぶ
根津の「VEGEO VEGECO 根津」では、野菜をはじめ、調味料や麺類など常時80~90種類が並ぶ

 下町として知られる根津を選んだ理由は、対面販売でコミュニケーションしながら、はやりすたりで終わらないつきあいができることだと平林社長はいう。今後は、八百屋兼配送拠点にもなるような店舗を増やしていきたいのだそうだ。

わずか8坪だが、九州産の野菜が豊富に並ぶ
わずか8坪だが、九州産の野菜が豊富に並ぶ
VEGEO VEGECO根津で人気なのは、宮崎県綾町の福重さんが生産する「福じいさんの野菜」
VEGEO VEGECO根津で人気なのは、宮崎県綾町の福重さんが生産する「福じいさんの野菜」

 さらに、平林社長は「業界が広がることは追い風。盛り上がるほど認知度も上がり、ユーザーにとって選択肢が増えます。そこで他社が出せない野菜を出すことが自分たちの強みになり、農家の収入増にもつながります」と自信を見せる。

 小さいころから周囲に農業を営む家が多くあり、野菜は身近な存在だったことから「もっと野菜を好きな“ベジオとベジコ”が増えてほしい」という平林社長。宅配サービス業界の成長は、今後のベジリーの躍進でさらに広がりそうだ。

(文/広瀬敬代 写真/菊池くらげ)

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