プロライセンスを発行する新団体の発足が計画され、やっと日本でも本格普及への一歩を踏み出したeスポーツ。景品表示法や賭博罪の問題はクリアできそうだが、日本にeスポーツが根付くための最大の壁は風営法だと野安ゆきお氏は指摘する。その理由とは?

 世界的に見ると、「eスポーツ」と呼ばれるテレビゲーム大会は、いまや巨大なビジネスに成長した。賞金総額が数十億円に達する大会も行われており、それぞれの大会でテレビゲームの腕前を見せて賞金を稼ぐプロゲーマーたちも、多数存在している。

 しかし日本においては、eスポーツはまだ大きなブームになっていない。任天堂とソニーという、世界3大家庭用ゲームのハードメーカーのうちの2社を抱えているにもかかわらず、どうして日本でeスポーツが発展していないのだろう? 

壁になるのは法律の問題

 その最大の要因として挙げられるのが、景品表示法と刑法の賭博罪という2つの法律により、高額賞金を用意した大会の開催が難しいことだ。

 そこで2017年11月、一般社団法人デジタルメディア協会(AMD)が、テレビゲーム競技大会における賞金を拠出する支援活動を開始すると発表した(関連記事:デジタルメディア協会がeスポーツ大会の賞金を支援)。関係省庁や団体の意見を踏まえ、これらの法律をクリアしたうえで賞金を提供する。まずは、2018年2月に開催するゲームイベント「闘会議」のeスポーツ大会に総額1000万円を提供する予定だ。

2017年の闘会議もゲーム大会を開催したが、『オーバーウォッチ』の大会で30万円など優勝賞金の規模は大きくなかった。2018年はどうなるか?(写真/シバタススム)
2017年の闘会議もゲーム大会を開催したが、『オーバーウォッチ』の大会で30万円など優勝賞金の規模は大きくなかった。2018年はどうなるか?(写真/シバタススム)

 では、これで日本にも、ついにeスポーツが文化として広がっていくのだろうか?

 実のところ、その道のりは、まだまだ長いと言わざるをえない。eスポーツを大衆が楽しむイベントとして日本に定着させるためには、もう1つの法律が立ちはだかるからだ。それが「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」、いわゆる風営法だ。この法律が35年前に改訂されたことが、日本でのeスポーツの発展を妨げる、最大かつ最強の壁として立ちはだかっている。

ゲームが街に飛び出した米国と、それが禁じられた日本

 風営法は、キャバレー、クラブ、パチンコ店などの業務の適正化のために存在する法律だ。1982年(昭和59年)の改訂で、非行防止の観点から、全国のゲームセンターの営業も含まれるようになった。これにより、お金を払ってテレビゲームを遊ばせる場は、原則としてすべてゲームセンターとみなされ、風営法で管理される対象になったのだ。そして、そこに置いていいのはアーケードゲームのみと規定された。

 1983年(昭和58年)には、任天堂からファミコンが発売され、そこからテレビゲームは大衆が楽しめる健全な娯楽としての地位を獲得していくのだが、その前年に改訂された風営法により、家庭用ゲーム機はもちろん、携帯ゲーム機、PCゲームなど、モニターを使って遊ぶあらゆる娯楽を楽しむ場を有料で提供する行為は、すべて風営法に違反する行為となってしまったのだ。

 その結果、日本でのテレビゲームの発展は、海外における発展とは、まるで違う道を歩むことになった。

 例えば、2006年に任天堂のWiiが発売されたとき、米国から発信されたニュースとして、バーなどにWiiが置かれ、大人たちがみんなでゲーム大会に参加して大いに盛り上がっている光景が、たくさん報じられた。海外ではゲーム機が家庭から外に持ち出されたことによって、ゲームの存在が大衆に認知されるようになった。それと歩調を合わせるかのように、一部のマニアが楽しんでいたゲーム大会も世間に広く認められるようになった。その規模は加速度的に拡大し、いまでは凄腕ゲーマーがプロとして大金を稼げるまでに成長し、eスポーツは大きな発展を遂げたのだ。

 一方、テレビゲームが風営法に縛られている日本では、このようなムーブメントは起きなかった。バーなどに家庭用ゲーム機を置くと、それは「有料でゲームを楽しませる」ことに該当するため、違法になってしまう。日本は老若男女がゲームを楽しむゲーム大国であるにもかかわらず、ゲームを楽しむ場所を提供するビジネスは成立せず、多くの人が集まり、みんなでゲームを楽しみ、競い合うという文化が、生まれないままになったのだ。

モニターを利用する娯楽を提供した瞬間、風営法が顔を出す

 他の娯楽と比較してみると、テレビゲームという娯楽が置かれた独特の環境が、より明確に理解できるかもしれない。

 例えば、将棋や囲碁。将棋クラブや囲碁クラブなどの、お金を払って対局する場を提供するビジネスは、もちろん合法であり、日本全国津々浦々に将棋クラブが存在している。誰もがいつでも“他流試合”が体験できる環境が整っているからこそ、小さな子どもの中から、次々と才能ある人が育ち、中学生にしてプロになったり、快進撃を見せたりするようなスターが出現した。そして、そのスターを応援する人たちもたくさん存在するから、プロ棋士は職業として成立しているのだ。

 しかしテレビゲームは違う。将棋クラブや囲碁クラブのような、「お金を取って、ゲームを楽しませる場」を提供すると違法となる。このため、ゲーム愛好者が腕を競い合う草の根の大会は、ほぼ開催できないのだ。このような環境下では、ゲームの他流試合を楽しむという文化が発展するわけがないし、優れたプレーヤーを応援する機運も生まれない。これもeスポーツにおいて、日本が海外に完全に出遅れた重大な要因だと思う。

 余談だが、たとえ将棋クラブであっても、そこにPCを置き、ネットを介して対局できる場を提供すると、厳密には違法営業になる。モニターを使っての娯楽はテレビゲームとみなされるため、同じ将棋でも違法になるのだ。ばかばかしいけれど、インターネットが普及するはるか前に作られた法律だから、そのように判断されるのである。

 一方、モニターを使った娯楽を提供しても許される場合もある。その一例が、ゴルフショップなどにある大画面を使ったゴルフシミュレーターだ。まぎれもなくモニターを使った娯楽ではあるのだが、その使用は指導者によるレッスンの一部とみなされるため、風営法によって規制されていない。

「これはスポーツだ」という愚直なアピールこそが必要

 以上、基本的なことだけを説明したが、日本でのeスポーツの発展を阻む最大の壁の1つが風営法だという理由が、ご理解いただけただろうか。

 近年、ようやく日本でも賞金付きのeスポーツ大会の開催が決定されるまでになったが、これは、あくまでもeスポーツ発展のための第一歩を踏み出したにすぎない。景品表示法や刑法の賭博罪というハードルをクリアし、ようやく賞金付きの大会の開催にこぎつけただけ、という段階なのだ。

東京ゲームショウ2017では、eスポーツ専用のステージが設けられ、有名選手のエキシビションマッチを含む数々の大会が開催された。写真は「モンスターハンターダブルクロスNintendo Switch Ver. トップハンター最速決定戦 in TGS」(写真/中村宏)
東京ゲームショウ2017では、eスポーツ専用のステージが設けられ、有名選手のエキシビションマッチを含む数々の大会が開催された。写真は「モンスターハンターダブルクロスNintendo Switch Ver. トップハンター最速決定戦 in TGS」(写真/中村宏)

 風営法によって、一般ゲームファンが腕を競い合う在野の大会は、いまなお全く開催できない状態だ。誰もがテレビゲームをスポーツとして楽しむという文化は、全く存在しないのだ。そんな中でプロゲーマーによる高額賞金の大会を開催するというのは、現状に風穴を開けるという意味では大きな一歩である。だが、野球に置き換えれば、少年野球やアマチュア大会が法律で禁じられた状況下で、プロ野球の興行だけをスタートするようなもの。まだまだ健全な状況とはいえない。

 eスポーツを日本に普及させるためには、テレビゲームをスポーツとして世間に認知してもらい、大小さまざまなゲーム大会が合法的に行えるような環境作りが大事だろう。在野のゲーム大会から誕生した凄腕ゲーマーを、人々が応援し、尊敬するような気運が生まれてはじめて、文化として根付く。そのためにも、風営法をクリアするための道筋を探ることが、なによりも重要になってくるだろう。

 そうした道がないわけではない。ヒントはビリヤードだ。実は、昭和29年(1954年)の風営法改訂では、それまで風営法で管理されていたビリヤード場が健全なスポーツを行う場として認められ、風営法の範囲から外されている。健全なスポーツであると社会的に広く認められれば法律の範囲外になるという実例があるのだ。

 今後はゲーム産業全体で、eスポーツは新しい形のスポーツなのだ! 健全なスポーツなのだ! と愚直なまでに強調し、世間に認めてもらうための努力を続けなければならないだろう。

(文/野安ゆきお)

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