1996年にホリプロが世に送り出し、3DCGによるバーチャルアイドルとして大きな注目を集めた「伊達杏子 DK-96」。それから22年がたった2018年、伊達杏子の娘「伊達あやの」がバーチャルアイドルとしてVTuberデビューすることが発表され、クラウドファンディングを展開するなどして大きな話題を呼んでいる。そこで現在ホリプロの代表取締役社長であり、伊達杏子の仕掛け人でもあった堀義貴氏にインタビューを敢行。3DCGによる初のバーチャルアイドルが生まれた経緯と当時の思い出を振り返ってもらうとともに、その後の市場環境の変化、そして伊達杏子の娘をVTuberデビューさせるに至った理由について聞いた。

実は伊達杏子より前から存在したバーチャルアイドル

――伊達杏子の誕生の経緯を、改めて教えてください。

堀義貴社長(以下、堀社長):うちの父親(ホリプロ創業者の堀威夫氏)が、アニメ関係の人から「CG技術で“人間”が作れる」という話を聞かされまして、現場のほうに「CGでタレントを作る研究をしてみてはどうか」と下りてきたのが始まりです。そこでホリプロの映像制作部門や、杉山さん(デジタルハリウッド大学の杉山知之学長)が設立したデジタルハリウッドの人たちが集まって、CGでタレントを作る研究を始めました。そこに私が参加することになったんですね。

 なぜ自分が入ったのかというと、最初のバーチャルアイドルともいわれる「芳賀ゆい」の存在があったからです。芳賀ゆいは、伊集院光のラジオ番組の企画から生まれた架空のアイドルで、歌や写真集を出したり、箱から手だけ出して握手会をやったりと、いろいろな取り組みで話題になりました。

 実はその企画に、私もちょっとだけ手伝っていたんです。私は芳賀ゆいで関わりのあった放送作家を集めて、「芳賀ゆいをCGで作るぞ!」という感じで人物像を決める作業に入っていったんです。ダンスがすごくないと面白くないし、これから国際化の時代だから英語を話せないといけないので、じゃあ横田基地のそばに住んでいるという設定にしようとか、ほとんど遊びみたいな感じで進めていました。

堀 義貴(ほり・よしたか)
ホリプロ代表取締役社長。1966年生まれ、東京都出身。1989年成蹊大学法学部政治学科を卒業後、ニッポン放送入社。編成部企画担当として数々のラジオドラマ・CM・イベントをプロデュース。1993年ホリプロ入社。テレビ番組・映画・音楽の制作、宣伝、マネジメント等さまざまな部門を担当し、2002年代表取締役社長就任。2013年より一般社団法人日本音楽事業者協会 会長、2017年より総務省 情報通信審議会委員も務める
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