伊達杏子は意外ともうかっていた?

――伊達杏子が再び日の目を見ることになって、喜びがあったのではありませんか?

堀社長:うれしかったというのはないですね。今回「伊達あやの」を発表したとき、杉山さんから「またやるのか」と言われましたよ(笑)。

 今の人は伊達杏子を知らないと思っていましたし、娘がアイコンになるかどうかは分からない。それでも鈴木は「多くの人が伊達杏子を知っている」と言いますし、強い思い入れを持っているようでしたので、「じゃあどうぞ」ということですね。

 伊達あやのは、ホリプロとは別の会社で展開します。それは、ホリプロの尺度で考えられることは限られるので、それを気にせず新しいホリプロを作る気持ちでやって、面白くしてほしいという考えからです。伊達杏子に固執するものは何もないし、固執していたら新しい展開ができなくなってしまう。ある意味どうとでも変えてもらって構わないですし、郷愁を持つ世代がいることがアドバンテージにもなると思います。

伊達杏子の“娘”でVTuberとしてデビューする「伊達あやの」。その詳細は後編で!
[画像のクリックで拡大表示]

――当時が現在のような環境だったら、もう一度自らバーチャルアイドルを仕掛けようという思いはありますか?

堀社長:若かったらやっていたと思いますね。しかし、あの当時の「アイドルとはこうあるべきだ」という定義が今とは全然違う。やはり、今の感覚だからこそできることがあるのではないでしょうか。

 確かに、当時やってきたことに悔いが無いわけではありません。動くCGの完成が間に合っていれば、違った展開が待っていて面白かったと思いますから。ただ、世間では「ホリプロは伊達杏子で損をした」と言われていますが、実は雑誌の表紙などいろいろな出演料がありましたし、海外取材が来た際には写真1枚いくらでお金もいただいていましたから、細かな積み重ねで収益はほぼトントン。会社の業績的にはほとんど痛んでいないんです。

 当時はデジタルハリウッドの人たちと毎日大げんかしながら開発していましたが、杉山さんとは今でも「面白かったよね」という話をしますし、プロジェクトに参加した人の中から、後にゲームメーカーの中枢になった人なんかもいる。バカみたいな目標があったからできたと思うんですよね。できちゃうものは面白くないけど、できないものは面白い。そういうことだと思います。

(後編につづく)

(取材・文/佐野正弘、写真/酒井康治=日経トレンディネット)