日本のアニメが世界で活況を呈し始めている。このチャンスを逃さない手はないとソニーが動いた。

 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント傘下のソニー・ピクチャーズ・テレビジョン・ネットワークスは2017年7月31日(米国西部時間)、米国の大手アニメ配信会社ファニメーション・プロダクションズ(以下、ファニメーション)の株式の大部分を約1億5000万ドル(約165億円)で取得することで合意した。ファニメーションは日本のアニメを扱う北米最大のデジタル配信プラットフォームとして知られる。現CEOの福永元氏らが1994年に起業して以降、米国において日本アニメの人気拡大と共に成長してきた会社だ。取り扱う作品は『ドラゴンボールZ』や『ONE PIECE』『進撃の巨人』など人気タイトルを含む450以上。ライセンス事業や映画の配給も手掛けており、『君の名は。』の北米公開ではヒットを飛ばした。

 ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの滝山雅夫社長は、「ネット配信が追い風となって、日本のアニメの人気は世界ですそ野を広げています。こうした背景もあって、ファニメーションをソニーグループに受け入れることになりました」と語る。ファニメーション買収を仕掛けた張本人でもある滝山社長にカンヌの映像コンテンツ見本市MIPCOMの会場で話を聞いた。

カンヌの映像コンテンツ見本市MIPCOMに来場していたソニー・ピクチャーズエンタテインメントの滝山雅夫社長
カンヌの映像コンテンツ見本市MIPCOMに来場していたソニー・ピクチャーズエンタテインメントの滝山雅夫社長

平井CEOが基調講演でアニメ事業に期待を寄せた

 ソニーはグループ会社のアニプレックスやアニマックスブロードキャスト・ジャパン(以下、アニマックス)などを中心に、これまでもアニメを世界展開してきた。昨年のMIPCOM(毎年、フランス・カンヌで行われる映像コンテンツ見本市)では、平井一夫社長兼CEOが基調講演に立ち、アニメ事業に期待を寄せる発言をしている。今回のファニメーション買収はその流れの一環であり、ソニーがアニメ事業に本腰を入れたことを示すものでもある。

昨年のMIPCOMの基調講演に登壇したソニーの平井一夫社長兼CEO
昨年のMIPCOMの基調講演に登壇したソニーの平井一夫社長兼CEO

 「これまでは、ソニー・アメリカにとって、アニメは自分たちの興行とは思っていないところもありました。それがここにきて、世界的にアニメ配信事業が拡大しています。それは、マーケットトレンドが分かるMIPCOMの現場からも感じ取ることができます。なかでも、北米における日本アニメの配信事業の成長は著しい。若い世代の移民が増え、初めからグローバルに展開するNetflixやアマゾンの映像配信サービスも台頭し、競争が激しくなっています。今後、ソニー・ピクチャーズ・テレビジョン・ネットワークスが米国でファニメーションをハンドリングすることで、日本アニメの北米配信後の世界展開がしやすくなる。多くの日本のアニメにとって、今まで以上に理想的な形で、世界展開ができるようになります」(滝山氏)

 北米には、日本アニメの配信事業を先行してきたクランチロールなどのライバル企業もあるが、ファニメーションは日本アニメの配信サービスから、映画の配給、DVDや商品の販売まで幅広くサービスを提供している。この点についても「理想的なアニメ事業の展開」と滝山氏は言う。「北米で日本アニメのワンストップサービスをゼロから立ち上げるのは現実的ではありませんでしたから、ファニメーションの買収は長年の夢がかなったと言っても過言ではありません。これでやっと、やりたいことができる」(滝山氏)。

日本のコンテンツは今が攻め時

 滝山氏が日本アニメの世界展開に肩入れする理由――それは同氏のキャリアが物語る。これまで35年にわたり、アニメを中心に日本のコンテンツの海外輸出に携わってきた。『ドラゴンボール』を欧州に広めたキーパーソンでもある。かつて在籍したフジテレビでは、同社が海外番組販売を始めた年から事業に関わり、1998年に旧ソニー・ピクチャーズテレビジョン(現ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)に入社後はアニマックスの立ち上げから仕掛けた。現在は、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントとアニマックスの社長を務める。日本アニメの世界展開の節目を絶えず見てきた。

MIPCOM会場のソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントのブース
MIPCOM会場のソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントのブース

 そんな滝山氏がファニメーション買収のタイミングは「まさに今だ」と判断した。「米国における日本アニメの人気は、配信によって確かに高まっていますが、まだまだ一部のファン向けの域を出ていないと感じています。でも、“面白いものは面白い”と必ず評価される。日本のアニメは欧米にはないものがありますから。善悪がはっきりと分かれない発想の自由さは、(移民のように)土地の慣習になじんでいない若い人たちには受け入れやすい。今は、新しいメディアが立ち上がると必ず起こるコンテンツ不足の状況でもあるから、日の目を見なかったものにとってチャンスです。チャンスがあってもダメなものはダメだけれど、日本のコンテンツは強いから攻めどきなんですよ」(滝山氏)。

 世界では多くのスタジオがIP(アニメやキャラクターなどの知的財産)の開発にフォーカスし、MIPCOMにおいても話題の中心は「世界的に通用するオリジナルのIPを作ること」だった。NetflixやアマゾンがオリジナルIPを増やしている状況も後押しとなり、ソニーもこれから、伸びしろがあるアニメでIP開発に力を入れようとしている。「初めから世界戦略を見据えて作っていく作品もあっていい。日本の市場だけ考えて作っていくと、アニメもガラパゴス状態になってしまう」と滝山氏は言う。

アニメーターに還元される仕組みが急務

 日本のアニメが世界でまだまだ売れる――夢が広がる話でもあるが、結局はIPを持つ企業だけがもうかる話に終わりがち。滝山氏はアニメーターに利益が還元されていない現状も指摘した。

 「ソニーグループの立場から言うのもなんですが、ハリウッドだけが牛耳って、潤うだけでは、本当の意味で日本のアニメは発展していかないと思っています。アニメーターにも還元される仕組みを作る必要がある。せっかく良い作品が生み出されても、生活に苦しんでいるアニメーターは多い。韓国や中国から優秀なアニメーターがどんどん出てきていますから、このまま放っておくと、日本のアニメ産業は衰退していってしまいます」

 今後は、日本アニメが生み出す利益を日本のアニメ市場全体に行き渡らせるシステム作りが課題。ソニーの役割はまだまだありそうだ。

(文/長谷川朋子=テレビ業界ジャーナリスト)

この記事をいいね!する