「Google Home」「LINE Clova」、年内には発売される「Amazon Echo」と、AI(人工知能)を搭載したスマートスピーカーが相次いで登場している。そんなタイミングに合わせて、古くからの音声メディアであるラジオがAIキャラクターを“番組アシスタント”として育て始めた。パーソナリティーなどが話しかけると答えたり、テーマに合わせた音楽を選曲したりする。ぶっつけ本番のリアルタイム放送の中で、実際に試している。

会話特化型をラジオ番組のために開発

 火曜から金曜の17時50分から22時まで、4時間ぶち抜きで音声AIが番組に参加する番組がこの10月から始まった。TBSラジオの「THE FROGMAN SHOW A.I.共存ラジオ好奇心家族」だ。メインパーソナリティーを務めるマルチクリエイターのFROGMAN氏と共に、音声AIキャラクターの「人工知能犬ドッチくん」がレギュラー出演している。ドッチくんは同番組のために開発された会話型特化のAIで、シャープのロボット電話「RoBoHoN(ロボホン)」に採用された自然言語処理技術で知られるJetrunテクノロジが技術協力し、電通が企画協力した。

 今、注目のAIをメディアが扱うことは驚くほどの話でもないが、実証実験とも受け取れる内容でこの時間帯にレギュラー編成することは、思い切った判断だった。TBSラジオ編成局編成部の橋本吉史プロデューサーは「スマートスピーカーが国内でも発売されている今、音声AIとのコミュニケーションを考えるメディアはラジオが最適なはず。番組に絡めるべきだと思って企画した」と説明する。

 FROGMAN氏も賛同し、「番組を通じてリスナーと一緒に考えていくのは有意義なこと。AIとのコミュニケーションの仕方を(リスナーに)知らせる側というよりも、むしろ聞き手側に回って、何ができるのかを知りたい。人工知能と言われていますが、まだまだ拙い存在を面白がるのはエンタメの得意分野でもありますよね」と話す。

 とはいえ、番組スタートから間もないドッチ君は実際にたどたどしくもある。いまだかつてない実験的な試みだが、AIをアシスタントに起用しているラジオ番組はこれだけではない。J-WAVEで毎週金曜22時から放送している「INNOVATION WORLD」もそうである。テクノロジー&イノベーター発掘ラジオプログラムとして、クリエイターの川田十夢氏(AR三兄弟・長男)と共にAIアシスタントの「Tommy」が番組を進行している。

 Tommyは、日本IBMとともに、米IBMのAIである「Watson」を使って開発したラジオ用AI。TBSラジオと同様に、こちらもラジオ版人工知能として成長させていく計画だ。J-WAVE編成局デジタル開発部長の小向国靖氏は「シンギュラリティー(AIが人間を超えること)プロジェクトとして番組アシスタントにAIを起用する取り組みを始めた」と説明する。

 Tommyは、番組に初登場した8月25日の放送回から、その日のゲストだったミュージシャンの佐野元春氏の性格診断などを試みた。1年後には川田氏が休んでも「後はよろしくね」と代わりを頼めるDJにまで育て上げるのが目標だ。

J-WAVE「INNOVATION WORLD」でAIアシスタントと共演している川田十夢氏
J-WAVE「INNOVATION WORLD」でAIアシスタントと共演している川田十夢氏

ヒット楽曲予測ができるAI“DJ”も登場か

 では、ラジオが番組の中でAIを育てることで、何が期待できるのか。

 J-WAVEは10月20日の放送回からTommyに「ざっくりリクエスト」を任せ、「秋の夜長にしっとりした曲をかけて」などとリクエストすると、自動で選曲できる体制を築いている。これまで放送した膨大な楽曲に「放送日」「ボーカルの性別」「テンポ」「コード」などのフラグを立てて、スタッフがTommyにせっせと入力。“J-WAVEクオリティー”を保った選曲ができるように育てているところだ。今のところ、AIによる選曲は想像の範囲内だが、ゆくゆくはTommyがヒット予測をする計画もある。

 「これから売れそうなアーティスト予測」はこれまで人間の経験則や勘に頼っていたところが大きかったが、ストリーミング再生回数やソーシャルメディア上のブーム曲線などを可視化することで、データからトレンド予測することも求められている。それをTommyにやってもらおうという構想もある。「もし予測が外れても、それはそれでラジオっぽい。ラジオは“隅っこ感”があるので、許される空気があります。だから、何でもトライしていこうと思います」と小向氏は話す。

 TommyはJ-WAVEらしく、英語は堪能だが、日本語はカタコトな女子というキャラクターが設定されている。ビジュアルは作成中だ。TBSラジオは、フラッシュアニメ「秘密結社 鷹の爪」の生みの親でもあるFROGMAN氏がかかわっていることもあり、一歩先んじた形だ。既にドッチくんのビジュアルも発表されている。

FROGMAN氏とドッチくん
FROGMAN氏とドッチくん

 FROGMAN氏はドッチくんのキャラクター設定に対するこだわりも強い。「キャラクターについては持論があって、人間関係に置き換えて考えます。例えば、ドラえもんはみんなの“親友”、萌え系アニメは“恋人”でしょう。だから、萌え系アニメのファンは、お金を投じてどんな遠いところでも駆けつけてしまうんです。鷹の爪のキャラクターは、クラスにいる面白いヤツ。(恋人のように)大枚をはたいて、熱烈に抱きしめる存在ではない……こんなふうに考えていくと、ドッチくんは近所にいる出来が悪い面白い子供のようなイメージ。受け答えが拙くてもかわいげがあるし、むしろツッコミ待ちができるようなキャラクターに育てたいんです」(FROGMAN氏)。

 島根県に長く住んだ経験があり、島根県ネタを持ち味にしてきたことから、ユニークな視点でAIのアイデアも語る。「僕以上に島根に詳しくなっていくのも面白いかも。『それは島根3つ分ですね』と何でも島根基準の殺し文句があってもいいかもしれませんね。八百万神の発想で、無生物に生命を与えて独り歩きさせられるのは日本のお家芸。キャラクターにこだわることで、世界に先駆けて、日本が生活密着型のAIの使い方を発見できるかもしれません」(FROGMAN氏)。

 最新のテクノロジーやイノベーションに精通したゲストも登場する両番組。通常のラジオ番組として聞くのも面白いが、AIの使い方の可能性を感じながら聞くこともお勧めしたい。

(文/長谷川朋子=テレビ業界ジャーナリスト)

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