登場からすでに3年がたったソフトバンクのロボット「Pepper」。ソフトバンクショップのほか、ショッピングモールや銀行、ホテル、家電量販店などにも導入が進み、目にすることは珍しいことではなくなった。購入して自宅に置いているという人もいる。現時点では、最も認知度が高く、身近な「ロボット」と言えるだろう。
Pepperの開発責任者であるソフトバンクロボティクス コンテンツマーケティング本部 取締役本部長の蓮実一隆氏は「実際に市場に出してみて、驚くほどいろいろなことが見えてきた。今は日々、細かい改良を行っている状態」と話す。既に“2代目”の開発も視野に入っているという。
Pepper発売後、見えてきたこととは何か。Pepperは今後、どんな発展を遂げていくのか。ジャーナリストの津田大介氏が聞いた。
盲点はみんながPepperと握手したがること
津田大介氏(以下、津田): ソフトバンクショップはもちろん、銀行でも窓口業務を行っていたりと、Pepperはかなり世間に浸透してきました。その一方で、地方のスーパーなど、導入はしたけれど使われずに放置されていたり、うなだれたままの姿も見かけます。認知度という意味では定着しましたが、現状として、Pepperは今、当初の計画のどのあたりにいるんでしょう?
蓮実一隆氏(以下、蓮実): いきなり難しい質問ですね(笑)。Pepperのプロジェクトとして、まず大事だったのは「この大きさで市場に出す」ことだったと思っています。大きいですし、高いですし。
津田: 重いですし(笑)。
蓮実:
そうですね(笑)。Pepperを開発する上では、市場に出さないと見えてこない数限りない改良点があるだろうし、ビジネスとして非常に高いリスクも負うことになる。それでも、第1号の製品として誰かがそのリスクを負わなければ、ロボットと暮らす時代は来ないし、便利に使えるようにもならないと思っていました。
実際、市場に出してみると、それはもう驚くほどいろんなことが見えてきました。それらに対して日々、細かい改良を行っているというのが現状です。
津田: 市場に出して見えた問題点とはどんなものですか?
蓮実: 例えば、こんなにも多くの人々がPepperに握手を求めるとは思ってなかったんですよ。細かな作業ができるようにと指をとても繊細な作りにしたのですが、握手のしすぎで壊れてしまうケースが頻発しました。
津田: それだけPepperが愛されているといううれしい悲鳴でもありますね。
蓮実: すてきに表現していただいてありがとうございます(笑)。でも、こちらの読みが甘かったということでもあるんです。指に関して言えば、強度を上げるにしても全体の設計にも関わってくる問題で、ただ部品を交換すればいいという単純な話ではありません。
それならば、せめてクラウド側で壊れそうな指を判断して管理し、素早く修理を行えるようにするといったことが考えられます。ショッピングモールのように子どもたちが集まるようなところでは制服として手袋を用意することで、強く握られることを防いだりといった工夫をしています。
孫正義氏がこだわったPepperの大きさ
津田: それとは別に、ソフトウエア的なバージョンアップで根本的な進化を目指すような作業も行われているんですよね?
蓮実: はい。ただ、ソフトにしろハードにしろ、そうした改良はどこまで行ってもPepperの「バージョン1」でしかありません。根本的な進化という意味では、「バージョン2」も当然、開発を続けています。発売時期などは明言できませんが、そこでは各部の堅牢性向上やマイク位置の調整による聞き取り精度の向上など、根本的な性能の改善を目指しています。
津田: 現行のPepperでは、ソフトウエアの改良での限界も見えてきているということですか?
蓮実: その通りです。ロボットは“大きなタブレット”ではありません。腕などをはじめとする可動部があってはじめて「ロボット」と表現できるものになります。ですが、この大きさで滑らかな動きを実現し、バッテリーの持ち時間を確保するのは結構大変です。さらなる向上を実現するためにはソフトウエアだけではなく、もっと多面的に手を入れなければなりません。
津田: ソフトバンクの方針としては、その2代目の開発を視野に入れているんですね。先ほど、「この大きさで市場に出すことが大事」というお話がありましたが、2代目もこの大きさになるんでしょうか?
蓮実: そこは秘密です(笑)。ただ、これより小さいロボットは世界中にあふれかえっていますし、現行のPepperで得た知見を生かさないのはどうかと個人的には思っています。
津田: 2/3の大きさになったとしても、現在活躍しているような受付業務などでは支障がでますよね。
蓮実: 背の高い大人から子どもまで、胸に取り付けた液晶の画面が見えるよう、この大きさは結構考え抜いて決めたものなんです。
もっとも、当初、開発の人間は全員が「大きすぎる、コストがかかりすぎる、倒れたら危ない」と反対しました。ところが孫(正義氏)1人が最後まで譲らず、「これより小さくするならやめる」と、それはそれは強硬に主張したんです。結果としてこの大きさだったからこそ話題になりましたし、やはりロボットとして「大きさ」は「命」に関わるんですね。
津田: そもそも「Pepper」の開発はどのようにスタートしたのでしょうか?
蓮実: 2010年に、ソフトバンクの「30年ビジョン」として、これからの30年にどのような事業に取り組んでいくかを全社員で考えたのですが、そのときのプレゼンテーションで1位を取ったのがロボット事業というアイデアでした。その時点では事業計画も展望もなく……つまり、「Pepper」の開発は利益を考えて始めたものではないんです。
動機としては、役に立つロボットを作りたいというよりは、来たるべきロボットの時代に向けて、何か種をまいておきたいというような思いが大部分を占めていました。
津田: 当初は開発者向けの提供から始まって、2015年6月には一般販売もされた「Pepper」ですが、19万8000円という本体価格はハードウエアとして見たら驚愕の安さです。とはいえ、このほかに月額の基本料や保険料が必要ですから、トータルにかかる金額は決して安くはありません。当初の想定と比較して、販売実績はどうですか?
蓮実: メンテナンスや保険などの諸費用を含めると、ざっくり言って3年間で約100万円かかりますね。
実は、Pepperには当初から販売目標などは一切設定していませんでした。というのも、Pepperはソフトバンクショップの店員として開発が始まっています。胸に液晶ディスプレーを装備しているのも、キャンペーンなどお客様にアピールしたい情報を表示するのが目的でした。ただ、作っているうちに、一般企業でも受付や呼び込みに使ってもらえるレベルになってきたという手応えがありましたし、少しずつ汎用性も高まってきました。こうなると家庭で使われる光景も見たくなってくる……こんな流れで販路が広がったので、販売目標といったものがなかったんです。
津田: 売り上げを含めた顧客の反応自体が開発における貴重な研究データになっているということですね。
意外だったのは「思いのほかかわいがられたこと」
津田: ところで、Pepperを二足歩行のロボットにしなかったのはなぜですか?
蓮実: 二足歩行にすると、その制御だけでソフトウエアもハードウエアも大がかりになりますし、この大きさだと稼働時間がおそらく15分程度しかもちません。
Pepperではバッテリーが足の部分に入っているんですよ。先ほどもお話ししたようにPepperはソフトバンクショップの店員にするつもりでしたから、連続で9~12時間は動いてくれないと困ります。つまり大容量のバッテリーが不可欠でした。無線で給電できるような技術が開発されれば状況も変わるでしょうが、Pepperを作ったのは4年も前ですからね。
津田: 実際にソフトバンクショップにPepperが導入されたことで、ソフトバンクショップ、あるいはロボットを開発するうえで何か変化は生まれましたか?
蓮実: 今まではロボットってSFの中だけに存在するものでしたから、人が実際にこの大きさのロボットに対面したときにどんな反応をするのか、誰にも分かっていなかったんですね。その実データが得られただけでも大きな収穫。これだけで軽く5時間はしゃべれるほどです(笑)。
津田: ユーザーの使い方として想定していなかったものはありますか?
蓮実: もともと、アプリを開発することでさまざまな用途に対応できるように設計してありますから、ソフトバンクショップの店員のほかは、あまり具体的な使い方を想定していませんでした。変わった使われ方ということなら、Pepperを相方に漫才をしている人や、「世界初のロボット手品」とうたってステージに立っている人がいます。エンターテインメント系が目立ちますね。あとは、人手不足解消のために、自動車部品などの製造工場にPepperを導入してくださった企業もあります。
Pepperを発売して一番意外だったのは「思ったよりかわいがられている」ってことですね。個人的に、不気味と感じる人がもっと多いと思っていました。
Pepperは休止してうなだれているときも、よく見るとときおり指を動かします。そんな細かな仕掛けに驚くほどコストをかけています。でも、その無駄にも思えるような部分こそが、人間らしさ、生物らしさを演出する、ヒューマノイドとしての命。一方で気持ち悪さにつながる部分もあるからです。
津田: 確かに生きているような感じはしますよね。
蓮実: その「生きているような感じ」こそが僕らには大事な部分です。機械とかデバイスではなく、ロボットを新種の生命としてとらえ、人間との付き合い方を考える。そこを僕らは大事にしているんです。
(後編へ続く)
(文/稲垣宗彦、写真/志田彩香)
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