教育用として広く使われているプログラミング環境「Scratch(スクラッチ)」の公式イベント「Scratch Conference 2018」(2018年7月26〜28日に米ボストンで開催、関連記事その1その2)終了直後に、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏にインタビューを実施した。
 レズニック教授は、30年以上一貫してプログラミング教育に携わり、レゴ マインドストーム・ロボットキットやScratchなど、革新的なプロジェクトを共同で成し遂げてきた。本インタビューでは、Scratch Conferenceで明らかになったScratchの新版(Scratch 3.0)の狙いと機能や、同氏による書籍『ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則』での教育論について、日本で2020年から始まる小学校でのプログラミング教育必修化を前提に聞いた。なおインタビューには、日本におけるScratch活用の第一人者である青山学院大学客員教授の阿部和広氏も同席して質疑応答に参加した。通訳はMITメディアラボ博士研究員の村井裕実子氏が務めた。(聞き手は田島篤=出版局)

写真1●左から、MITメディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏、青山学院大学客員教授の阿部和広氏、MITメディアラボ博士研究員の村井裕実子氏
写真1●左から、MITメディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏、青山学院大学客員教授の阿部和広氏、MITメディアラボ博士研究員の村井裕実子氏

小学校で「創造的な学び」を行うには

――日本では2020年から小学校においてプログラミングが必修化され、Scratchもより幅広く活用される見通しです。Scratchを活用するうえで大切な要素として、今回のScratch Conferenceでは、レズニック教授の著書『ライフロング・キンダーガーテン』で述べられていた、創造的思考力を育む「4つのP」(編注1)を強調されていました。この「4つのP」を学校教育の現場、言い換えれば小学校で実現するためには、どうしたらよいでしょうか。

編注1:4つのPとは、子どもたちが創造的な学習体験を得て「創造的思考者(Creative Thinker)」として成長するために、レズニック教授の研究グループが提唱する4つの基本原則。プロジェクト(Projects)、情熱(Passion)、仲間(Peers)、遊び(Play)からなり、「情熱に基づくプロジェクトに、仲間と共に遊び心に満たされながら取り組むことを支援すること」(『ライフロング・キンダーガーテン』から引用)である。

レズニック氏:4つのPは、「クリエイティブ・ラーニング(編注2)」を採り入れていくための原則、ガイドラインとしてとても重要だと考えています。まず、クリエイティブ・ラーニングの重要性からお話ししましょう。

編注2:創造的な学びのことで、これを促進するためにレズニック教授らは、発想(Imagine)、創作(Creative)、遊び(Play)、共有(Share)、振り返り(Reflect)を繰り返すスパイラル(らせん状の学習プロセス)を提唱している。

 今、世の中の変化するスピートはとても速くなっています。変化が素早い社会で生きていくためには、創造的に考えて柔軟に対応していく能力、言い換えれば「創造的思考力(Creative Thinking)」がとても大事だと考えています。すでに定まっている事実や考え方を子どもたちに紹介していくだけでは、これからの時代を生き抜くための準備にはならないのです。

 この創造的思考力を伸ばすためには、クリエイティブ・ラーニングが有効であり、そのための原則あるいはガイドラインとしてとても重要なのが4つのPなのです。

 この4つのPは子どもたちがクリエイティブに考えられるようになるためのガイドラインだと思っています。興味を持ったプロジェクトに、友達と一緒に楽しく取り組む――これにより、創造的思考力が身に付くと考えています。

――4つのPの重要性は、ワークショップを実践されている方々、例えば、このScratch Conferenceに参加している人々には理解されると思います。ただし、これから小学校で幅広く実践されるかというと、難しい面があるのではないでしょうか。これについてはどのようにお考えですか。

レズニック氏:4つのPの実践に向けては、2つのポイントがあると考えています。1つは「目的の共有」、もう1つは「実践方法」です。

 特に、1つめとなる目的の共有は重要です。クリエイティブ・ラーニングの目的を、関係者の皆さんに理解してもらうことが大事です。すべての関係者が、創造的思考の重要性を理解し、それを身に付けてもらうことに賛同する。これができて初めて、その実践方法にきちんと取り組むことができます。逆にいえば、目的が共有できていなければ、実践方法を考えても意味がありません。実践方法がうまくいかない大きな理由は、実は目的の共有ができていないことが多いのです。

 2つめとなる実践方法については、学校の仕組みが障害になっていると思います。例えば、子どもたちにプロジェクトに取り組んでもらおうとしても、50分程度の1時限では難しい場合があります。時限や授業時数などといった学校の仕組みが、実践に向けての制限になっているのが現状でしょう。

余裕があればで終わらせないために

――目的について質問します。先生によっては、創造的思考力が大切なことには合意しているのですが、まずは授業で「ここまではとにかく終わらせる」というのが大前提になっていて、そのうえで「余裕があれば」創造的思考力の育成にも取り組みましょうというかたちになりがちのようです。

レズニック氏:確かに、クリエイティブ・ラーニングを現在の学びに追加されるものとして捉える傾向はあるでしょう。現在の学びとクリエイティブ・ラーニングを分けて考える人に時々出会いますから。そうではなく、通常の学びのプロセスそのものがクリエイティブ・ラーニングになるべきです。

 例えば、算数を学ぶとき、変数を学んでから、クリエイティブ・ラーニングで作品をつくろうとする先生がよくいます。そうではなく、クリエイティブ・ラーニングでの作品づくりを通して、変数というコンセプトを学ぶのです。こうすることにより、自分の好きなこと、興味のあることにつながったかたちで学ぶことができ、コンセプトをより深く理解することができます。

 日本では教科のなかにプログラミングが取り入れられますね。Scratchがいろんな教科で活用されるのは、とてもよいことです。そのうえで、子どもたちにとって意味のあるプロジェクトで使われるようになれば、よりよいでしょう。単に図形を描くことだけにScratchが使われるのだとしたら、子どもたちの興味をひくことは難しいと思います。

 その代わりに、2匹の動物が競争するゲームを作るのはどうでしょうか。ゲームを作るためには、動物が動くスピートを決めたり、計算したりする必要があり、算数の要素が入ってきます。これにより、子どもたちにとって意味のあるかたちで、プログラミングのプロジェクトを教科に取り入れることができます。

 こうしたやり方には、先生にとってのメリットもあります。子どもたちのやる気を引き出すための労力を減らすことができるのです。その分の労力を、子どもたちをサポートする方に向けることができるわけです。

 実践方法にも関係しますが、もう1つの例を挙げましょう。子どもたちに言語を教えるとき、文法や発音の仕方、綴り(スペル)を教えるとします。ドリルやテストで、その知識が身に付いたかどうかを確認できるでしょう。でも、文法や発音や綴りを身に付けただけでは、自分の考えを文章できちんと表現したり、コミュニケーションしたりすることは難しい。文法や発音、綴りを覚えるのは、もちろん大切なことです。そして、自分の考えを表現したり、コミュニケーションしたりすることも大事であり、わたしは子どもたちがプログラミングを通じてこうした能力を高めてほしいのです。

Scratchはソフトではなく、コミュニティとともにある学びのツール

――日本ではScratchは、プログラミングソフトであると考えられている場合が多いようです。しかしながら、Scratch Conferenceに来てみると、Scratchというのはこうした場に集う人々や、ソーシャルメディア機能を持つScratchのサイトを活用するユーザー、さらにはScratchを活用する先生方のコミュニティであるScratchEd、創造的な学びを支える考え方や手法を学ぶオンライン講座であるLearning Creative Learning(LCL)の参加者に支えられていることがわかります。このようにScratchを単なるプログラミングソフトではなく、エコシステムを形成するプログラミング環境として提供しているのはなぜですか。

レズニック氏:ユーザーのコミュニティについては、クリエイティブ・ラーニング・スパイラルや4つのPでその重要性を示したので、ここでは教育者のコミュニティについてお答えします。

 先に述べたように、4つのPの実践では、「目的の共有」とそれに基づいた「実践方法」が大切です。教える人を対象に、これらをサポートしていくためは、「このようにしなさい」というように、一方的に伝えるだけではだめだと思っています。教育者へのサポートも学習プロセスのひとつと捉えられますよね。その学習プロセスは、子どもたちに学んでもらうときと同様、ステップ1、ステップ2、ステップ3というように手順を伝えるだけではいけません。

 学習プロセスは、教える人にとっても、ずっと続いていくものです。新しいアプローチや実践方法に継続して取り組んで学習プロセスを改善していくためには、そのように教育者をサポートしていかなければなりません。

 そのやり方はいろいろあります。書籍『ライフロング・キンダーガーテン』を発行したのもサポートの一つですし、ScratchEdやLCLもそうです。これらは、ずっと続いていく(教育者の)学びのプロセスをサポートしていくためのツールなのです。来たる10月20日に日本で開かれるScratch 2018 Tokyoもそうしたツールの一つといえるでしょう。

エコシステムとしてのScratch

――私は最近、「日本でScratchがこれだけ広く使われるようになってよかったですね。成功ですね」とよく言われます。でも、現実は逆で、むしろ前より悪くなっているような気がしています。

レズニック氏:何が悪くなっているのですか?

――活用の仕方です。Scratchが広まるにつれて、プログラミング環境、エコシステムとしてのScratchではなく、それらが完全に切り離されて、単にプログラミングソフトと捉えて導入されている場合が増えていると感じています。そのうえで、「Scratchを使っているから創造的である」という誤解が広がっている気がしています。

 このようにあまり創造的でない導入をしている人たちに、Scratchはコミュニティや思想を伴った環境なのだということを分かってもらうにはどうすればいいのでしょうか。

レズニック氏:まずできることは、Scratchはただのソフトではなくて、クリエイティブ・ラーニングのためのものであるということを知ってもらうことです。そして、教育的なアプローチであり、手段であり、哲学であるということを伝えていく必要があります。

 こうした教育的なアプローチを広めていくのは、ソフトだけを普及させるよりもずっと難しいことだと考えています。それでも、教育的アプローチを広めるための第一歩は、「単なるソフトである」と「クリエイティブ・ラーニングのためのツールである」という違いを、しっかりとみんなに理解してもらうことです。そのために、4つのPを伴ったScratch活用の価値をきちんと伝えていくことが必要なのです。

 この違いを分かってもらったうえで、実際にどうやって現場で活用していくかをサポートしていくことになります。これも、大きな目標だと思っています。なぜなら、既存のやり方、システムの中に、1つのソフトを導入する方がずっと簡単だからです。新しいテクノロジーを導入して効果的に使い、既存のやり方を変えることは、とても難しいことです。

 でも、新しいテクノロジーには、さまざまな可能性があります。新しいテクノロジーに接して「うわぁ、すごいな」と感じたときは、既存のやり方を変えてみようかなという気持ちになりやすいのではないでしょうか。Scratchのような新しいテクノロジーを紹介することは、既存のやり方を振り返って考え直すよい機会になると思います。もちろん、Scratchがなくても既存のやり方を見つめ直すことに取り組んでほしいと思いますが、Scratchが人の考え方をよりオープンにし、考え直してもらうよいきっかけになるでしょう。

新しいツールを受け入れてもらうには

――そのときに「もう新しいテクノロジーは必要ない。なぜなら、すでに私たちは創造的な教育のやり方を導入している」と主張する先生もいます。例えば、粘土を使ったりとか、作文をしたりとか、あるいは音楽をしたりとか、ですね。これらもすごく創造的なことではないですか。

レズニック氏:それらの活動はすごくよいことです。それらをやめてほしいとは全然思わないですね。

――でも、なぜか「既存の方法」と「新しいテクノロジー」は対立するものだと受け取られやすいように思います。さらにいえば、コンピュータを使うこと自体を好意的に受け取らない人もいます。そういうときにはどうすればいいでしょうか。

レズニック氏:コンピュータが受け入れられないのはやはり、比較的新しく、なんだかよく分からない、というように捉えられるからだと思います。

 何百年前には、絵の具や水彩画は全部新しいツールでした。そのもっともっと前には、紙が新しいテクノロジーでした。そのもっともっと前には、言語そのものが新しいツールでした。こうした、新しいテクノロジーが登場するたびに、私たちはそれらを自分たちの生活に取り入れて順応してきました。全てのテクノロジーがもちろんいいわけではなくて、いくつかは避けた方がいい場合もあると思いますが。

 ここで、謎解きを出しましょう。テレビ、コンピュータ、筆のうち、どれがほかの2つと異なるでしょう?

――筆と答える先生が多いでしょうね。

レズニック氏:そうですね、多くの人は「筆だ」と答えます。筆を除く2つは20世紀の発明で電気を使っているからですね。しかし私は、テレビがほかの2つと異なると考えています。なぜなら、筆やコンピュータを使って何かを作ることはできるけれど、テレビで何かを作るのは難しいからです。

 コンピュータを使ったものづくりがうまくいくためには、コンピュータを筆のようなものであると捉えることが大事です。コンピュータをテレビのようなものだと考えたら、うまくものを作れないでしょう。コンピュータを嫌う先生たちは、それをテレビのようなものだと捉えていて、筆のようなものだとは捉えていないのでは、と思います。

できることが広がるScratch 3.0

――新しいテクノロジーということでは、今回のScratch Conferenceで新バージョンのScratch 3.0が大きな注目を集めました。改めて、Scratch 3.0の特徴と狙いを教えてください。

写真2●開発中のScratch 3.0の画面
写真2●開発中のScratch 3.0の画面

レズニック氏:Scratchの新バージョンについては、「どうやって作るか、何を作るか、どこで作るか」を拡張するアップデートであると、私たちは言っています。

 「どうやって」については、動画によるチュートリアルを準備中で、このチュートリアルがScratchのさまざまな使い方をガイドします。「何を作るか」はScratch 3.0で新たに設けられた拡張機能を使うことによって、今まで作れなかったものが作れます。「どこで作るか」は、マルチデバイス対応です。(パソコンだけでなく)タブレットでも作れるようになります(Scratch 3.0の機能については関連記事その3を参照)。

――Scratch 2.0の作品は、3.0でも使えますか。

レズニック氏:はい、使えます。今までのプラットフォームで作られたプロジェクトがきちんと動くように、というのは一番気を付けていることです。

――安心しました。Scratch 2.0のオンライン版は、3.0が正式公開されると使えなくなるのでしょうか。また、Scratch 3.0のオフライン版はいかがでしょう。

レズニック氏:Scratch 3.0が正式公開されると、Scratch 2.0のオンライン版は使えなくなります。ただし、Scratch 2.0のオフライン版は引き続きダウンロード可能で、使えます。

――前回のScratch Conferenceでは、現在のバーティカル・グラマー(縦書きの文法)に加えてホリゾンタル・グラマー(横書きの文法)をサポートするとされていましたね。これについてはいかがでしょう(関連記事その4)。

レズニック氏:縦書きと横書きを変更しやすいような内部構造を採用します。ただ、ブロックにテキストを入れる場合を考えると、ブロックが縦につながる縦書きの方が適しています(編注:ブロックにテキストを入れると、横に長くなるため)。そうではない、アイコン化されたブロックの場合には、横書きの方が特に小さな子どもにとって使いやすいでしょう。

 今、ScratchJrの新バージョンを検討していて、そこでは現行バージョンのように横書きになる見通しです。ただ、縦書きにもできるようにすることを検討中です。新バージョンのScratchJrでは、Scratch 3.0と同じテクノロジーを採用する予定です。そのため、ScratchJrの新バージョンで作った作品をScratch 3.0に読み込んで使える、といったことができたらいいなと考えています。まだ構想段階ですが。

――Scratch 3.0では、「スクリプト」タブが「コード」タブという名前に変わりました。これは大きな変化だと思います。日本でコードという言葉は、専門の人以外には、あまりなじみがないと思います。変更した理由を教えてください。

レズニック氏:現在は「コード」の方が「スクリプト」よりも、子どもたちにとってなじみのある言葉だと考えたからです。10年前ならコードという言葉を使わなかったと思います。英語圏においてコードという言葉は、以前はとてもテクニカルな用語だと捉えられていましたが、この10年のあいだに、子どもたちにとってもとても一般的な言葉になりました。なじみのある言葉、親しみのある言葉を使うのは大事なことだと考えています。

■変更履歴
初出では「マシンが生成するものという捉え方が強く、あまりなじみがないと思います」と記載しましたが、「日本でコードという言葉は、専門の人以外には、あまりなじみがないと思います」に修正しました。
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