今まで“見たことがない”明石家さんまさんの素顔が見られると、話題になっているテレビCMがある。何を隠そうテレビのライバルである世界最大級の動画配信サービス「Netflix」のCMだ。さんまさん自身も「(テレビで)NetflixのCMしてるのも微妙」と正直に語っている。

 さんまさんもCMの中で驚いているように、今まで“見たことがない”コンテンツがNetflixから次々と配信されている。その魅力にとりつかれた人は多く、現在世界190以上の国で1億400万人が加入しているという。

 サービス開始時には、“黒船”と騒がれたNetflixだが、本当にテレビのライバルになり得るのか。なぜ、ここまで急成長を遂げたのか。その秘密を探るべく、Netflix日本法人を訪れた。

オフィスは自由で開放的

 表参道にほど近いところにあるオフィスは、さすが外資系とあって、インテリアがシックでスタイリッシュ。入るとすぐに大きなカフェのキッチンのようなスペースがある。ここにあるフード&ドリンクは無料で、いつでも自由に飲食できる。ランチも毎日ケータリングが3種類来るという。

 しかも、このオフィスにはタイムカードがなく、好きな時間に出社して好きな時間に帰ればいいそうだ。もちろんずっと自宅で仕事をしてもいいし、休みもいつ取っても構わない。自分の仕事をきっちりこなせば、それ以上の事は一切束縛しないというから日本の企業では考えられない。

Netflix日本支社のオフィスを入るとすぐにキッチンスペースが。無料で自由に飲食できる
Netflix日本支社のオフィスを入るとすぐにキッチンスペースが。無料で自由に飲食できる

2017年度のコンテンツ投資額は年間60億ドル

 各ミーティングルームにはNetflixの代表作の名前が付けられていて、私は「ハウス・オブ・カード」の部屋に通された。

今回の取材は「ハウス・オブ・カード」の部屋で
今回の取材は「ハウス・オブ・カード」の部屋で

 『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は、ケヴィン・スペイシー主演の社会派政治ドラマで、まるで米国政界の行く末を予想したかのようなリアルな展開に世界中の視聴者が釘付けになった作品だ。優秀なテレビドラマに与えられるエミー賞(プライムタイム・エミー賞)を配信ドラマで初めて受賞し、ドラマ業界の常識を覆した1本と言っても過言ではない。

「ハウス・オブ・カード」の部屋には、同作の写真パネルなどが飾られていた
「ハウス・オブ・カード」の部屋には、同作の写真パネルなどが飾られていた

 Netflixが変えたのはドラマ業界の常識だけに留まらない。映画業界も揺るがしている。今年5月のカンヌ国際映画祭にポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』とノア・バームバック監督の『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』の2本のNetflixオリジナル作品が出品されたが、来年からは劇場公開されていないNetflixの作品は除外すると発表され、物議を醸した。『オクジャ/ okja』は少女と巨大動物の交流を軸に、現代社会が抱える問題をあぶり出し、痛烈な批判をユーモラスに織り交ぜた傑作。笑いながら観ている内にいつの間にか感情移入し、最後には筆者も大泣きしてしまった。

ポン・ジュノ監督の『オクジャ/ okja』
ポン・ジュノ監督の『オクジャ/ okja』

 筆者としては、これほどの作品が受賞できないというのはおかしな気もするが、Netflix広報担当の中島啓子氏によると、「“Consumer Friendly”(お客様に優しい)というモットーからすれば、それは大した問題ではなく、1人でも多くの人が観てくれればそれでいいとCEOのリード・ヘイスティングス氏は考えているんです」と説明する。「メンバー(加入者)が観たいと思っているコンテンツを提供する――Netflixのポリシーはその一言に尽きる」(中島氏)。

 「メンバーが100人いれば、見たい作品は100あるかもしれない。その満足度を上げるために、とにかくクオリティーの高い作品を作り続けます。そうすれば結果的に視聴時間が延びて、メンバーで居続けてもらえるんです」(中島氏)

 クオリティーの高い作品を作りたいというのはクリエイターなら誰もが願うことだが、視聴率とコンプライアンスにがんじがらめにされ、制作予算も減少している現在の日本の地上波ドラマではそれがなかなか難しい。一方、Netflixはメンバーの会費のみで制作をまかなっているから、地上波では決して“見たことがない”チャレンジングなコンテンツが多いのだろう。

 ちなみに、Netflixの2017年度のコンテンツ投資額は年間60億ドル(約6500億円)で、既に600本以上の配信が決定しているという。この予算は年々増加しているそうだ。

 日本制作の作品であっても、視聴するのは世界中のメンバーのため、クオリティーには徹底的にこだわり、チェックする。高画質を求めるため、機材も高価な物を使用させる。「10年後に観ても面白く、クオリティーが劣化しない作品」を提供し続けることが使命だという。クリエイターの有名無名にはこだわらず、世界に通用する“見たことがない”日本の作品も待たれているのだ。

アニメからレディー・ガガのドキュメンタリーまで話題作続々

 その大きな試みの一つがNetflixのアニメ製作である。現在も『BLAME!』や『賭ケグルイ』『Fate/Apocrypha』などが配信中だが、今後のラインアップはさらに垂涎ものだ。『DEVILMAN crybaby』(永井豪原作、サイエンスSARU制作)、『Knights of the Zodiac:聖闘士星矢(仮)』(車田正美原作、東映アニメーション制作)、『バキ』(板垣恵介原作、トムス・エンタテインメント制作)などトップクリエイターたちによるオリジナル作品が配信される。Netflixとプロダクション・アイジーがゼロから作る『B:the Beginning』も来年の配信が待たれる。さらに、『シン・ゴジラ』の大ヒットが記憶に新しい“ゴジラ”のアニメーション映画『GODZILLA 怪獣惑星』(ポリゴン・ピクチュアズ制作)も劇場公開後Netflixで配信される。

『DEVILMAN crybaby』は、『夜明け告げるルーのうた』でアヌシー国際アニメーション映画祭のクリスタル賞を受賞した湯浅政明氏が監督する (C)Go Nagai-Devilman Crybaby Project
『DEVILMAN crybaby』は、『夜明け告げるルーのうた』でアヌシー国際アニメーション映画祭のクリスタル賞を受賞した湯浅政明氏が監督する (C)Go Nagai-Devilman Crybaby Project
『Knights of the Zodiac:聖闘士星矢(仮)』
『Knights of the Zodiac:聖闘士星矢(仮)』

 これらのアニメは日本のアニメファンだけを意識したものではなく、アニメをよく知らないどこの国の大人でも十分楽しめるコンテンツとなっている。

 映画も配信が待ち遠しいラインアップが目白押しだ。まず、戦争で子供たちが直面する過酷なドラマを描いたアンジェリーナ・ジョリー監督の『最初に父が殺された』(9月15日配信開始)。家族の絆と葛藤を描き、カンヌ国際映画祭でも注目を浴びたアダム・サンドラー、ベン・スティラー、ダスティン・ホフマン出演の『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』(10月13日配信開始)。

『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』
『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』

 ドラマは『ハウス・オブ・カード 野望の階段』でセンセーショナルを巻き起こしたデヴィッド・フィンチャー監督の『マインドハンター』が10月13日からいよいよ配信される。今作はFBI連続殺人課に所属する捜査官が未解決の事件の謎をひも解くスリラーサスペンスで、既に予告編が話題となっている。

『マインドハンター』
『マインドハンター』

 ドキュメンタリーではレディー・ガガを1年間取材した『レディー・ガガ:Five Foot Two』が9月22日より配信される。自身のTwitterで線維筋痛症であることを公表し、休養を宣言したレディー・ガガに密着。闘病の様子や彼女の心の葛藤などが赤裸々に映し出されている。

『レディー・ガガ:Five Foot Two』
『レディー・ガガ:Five Foot Two』

8万通りに作品を分類してリコメンド

 このように、Netflixには多彩で興味をそそられるコンテンツがてんこ盛りだ。筆者はかなり早い段階からNetflixに加入し、随分多くのコンテンツを観たが、それでも到底追いつけず、毎晩何を観ようか迷うほどである。

 そんなメンバーにうってつけで画期的なシステムが、Netflixならではのアルゴリズム“レコメンデーション機能”だ。現在2500人以上いるNetflixの社員のうち、6割が米国本社カリフォルニア州ロスガトスにいる技術系のエンジニアたちで、彼らが生み出したアルゴリズムは、なんと8万通りに作品を分類する。Netflix全作品の監督・出演者・制作者・制作国・制作年・受賞歴、さらには、主人公の職業、主人公のバックグラウンド、物語の舞台、時代背景、物語の終わり方、ストーリー展開等、考え得る分類項目の「全て」をデータに入れ、分類している。

 それをメンバーの視聴行動(どのくらい続けて観たかなども細かく記録される)に合わせて、最適な作品を紐づけていく。このため、AさんとBさんがそれぞれ観ているNetflixのトップ画面は全く異なる。それだけではない。パナソニックやソニーなど、各メーカーのテレビのモニターに合わせて、クリックしやすい最適な画面構成を提供する仕組みもあるというから驚きだ。

 日々成長を遂げ、着実にメンバーを増やしているNetflix。一体、何億人までメンバーを増やすことを目指しているのかと中島氏に尋ねた。

 「実は、Netflixのユニークなところは、数を目標にしないことです。目指せ○万人!という目標を立てると、その結果に一喜一憂して振り回されてしまう。そうではなく、とにかく長時間観てもらうためのいい作品を作ろうというのが、Netflixの考えです」(中島氏)。目指すのは目先のメンバーの数でなく、永続的な“太くて長い”メンバーだ。とはいえ、予想以上に早く1億人を突破したときには全社を挙げて喜びお祝いしたという。

 快調に動画配信サービスの先頭を走るNetflixだが、先日米ウォルト・ディズニーが2019年から独自の配信サービスを始めると発表したように、今後、同社を追いかける動画配信サービスはますます増えることだろう。加入者の満足に応えるクオリティーのコンテンツを提供し続けられるか。競争はさらに激化しそうである。

 幼いころからテレビが大好きな“テレビっ子”で、ついにはテレビの仕事を手掛けるまでになった筆者には、かつて夢中になってテレビの前にかじりついた体験が数多くあった。それはクリエイターたちが「自分が本当に面白いと思える番組、心から観たい番組」を日夜必死に創り出していたからだ。だが、今は結果の出た視聴率グラフをもとに、数字の取れる内容を“こする”ことに躍起になっている。地上波のテレビには“どこかで見たもの”があふれてしまった。それらは、その時間にわざわざテレビの前に拘束されて観るほどのものではない。であれば、好きな時間に好きなだけ観られる “まだ見たことのない”ものにどうしても魅かれてしまうだろう。

 “見たことのない”ものを創る。シンプルだけどもっとも難しいことに挑み続けるNetflix。守りに入ってしまっている既存のメディアに喝を入れるごとく、攻め続けてほしい。

(取材・文/カニリカ)

この記事をいいね!する