世界最大級の家電の総合見本市「IFA2018」ではスマート家電やIoTにかかわる革新的な製品や技術が集まるイベント「IFA NEXT」も同時に開催される。IFAでは大手メーカーによる最新製品が並ぶのに対し、IFA NEXTではスタートアップの製品も多数確認できる。これらの出展から見えてくるのは欧州スマート家電のトレンドだ。日本で今後展開される可能性もある。オーディオからIoT、スマートホームまで、国内外の最新技術を取材する山本敦が考察する。

 振り返れば2年前のIFAあたりから、会場の至る所で、Webカメラや煙探知機といった防犯、事故防止のためのIoTデバイスを見かけるようになった。加えて今年増えたのがより個人の生活の質を高めることにフォーカスしたスマート家電の数々。具体的には「睡眠」や「空気」の質を改善するためのスマートデバイスだ。

IFAと同じ期間、メッセ・ベルリン内でも最大級のサイズを誇るHall 26を使って開催されるイノベーションの祭典「IFA NEXT」。今年で2回目
IFAと同じ期間、メッセ・ベルリン内でも最大級のサイズを誇るHall 26を使って開催されるイノベーションの祭典「IFA NEXT」。今年で2回目

睡眠サポートデバイスが増加

 日本では先日、ボーズが“音楽が聴けないイヤホン”を発売して話題を呼んだ。“スマート耳栓”とも呼ぶべき「BOSE NOISE-MASKING SLEEPBUDS」のことである(関連記事:騒音を消して入眠を助ける ボーズの新感覚イヤホン)。本機とはまた違うアプローチから開発された睡眠支援用のスマート家電が今年のIFAで人目を引いていた。

 その中の一つがフランスのパリを拠点とするスタートアップ、DREEMがIFA NEXTに出展したデバイスだ。会社と同じ「DREEM」と名付けられた同社の最初のプロダクトで、オンラインサイトでは499ユーロ(約6万5000円)で販売を開始している。

フランスのスタートアップが開発した睡眠サポート用のデバイス「DREEM」
フランスのスタートアップが開発した睡眠サポート用のデバイス「DREEM」
ヘッドバンドの内側にさまざまなセンサーが内蔵されている
ヘッドバンドの内側にさまざまなセンサーが内蔵されている

 2014年にパリの大学で脳科学や電気工学を学んだ学生たちが集って立ち上げたという同社の製品は、見た目はヘッドギアのようだ。本体に搭載する電極と脈拍センサー、加速度センサーなどからユーザーの生体情報を得て解析、眠りのステージを段階的に識別する。ユーザーが最も深く眠っている“ディープスリープ”の状態をできる限り長く維持させて、良い眠りを提供するためのデバイスである。

このように装着して眠りに就く。本体を触ってみたら割とふにゃふにゃだったので痛くはなさそうだが、夏場は汗をかくのでつらそう
このように装着して眠りに就く。本体を触ってみたら割とふにゃふにゃだったので痛くはなさそうだが、夏場は汗をかくのでつらそう

 眠っている間はDREEMが独自のメディテーション(瞑想)用音源を鳴らし、「眠ることに集中」させてくれるという。イヤホンタイプのデバイスと違い、ヘッドギアを肌に密着させた状態で本体に搭載した骨伝導素子を振動させ、音を伝えるところに特徴がある。つまりイヤホンのように耳から外れて音が途切れることがない。毎晩の睡眠の成果はヘッドギアにペアリングしたスマホアプリで記録する。眠りに関連するコーチングサービスも提供するそうだ。

 ちなみに睡眠支援といえば欧州最大級の総合家電ブランドであるフィリップスも力を入れている。フィリップスはIFAに毎年単独で大型のブースを出展しており、今年は新製品の「SmartSleep」を発表した。

 本機もヘッドギア形のスマートデバイスで、頭に装着して使う。「ユーザーのディープスリープを維持すること」に主眼を置いている点はDREEMとよく似ている。電極で脳波を拾い、ユーザーがディープスリープに到達したことを判別。右耳だけに装着するイヤホンのようなアクチュエーターで心地よい眠りを維持するための小さな音を発生させ、心地よく眠れる環境をつくる。

フィリップスの「SmartSleep」。こちらもがっつりかぶるタイプの睡眠サポートアイテム。機能がスマートかどうかをさておいても、もう少し装着性をなんとかしないとジャンルとして立ち上がるのは時間がかかりそうに思う
フィリップスの「SmartSleep」。こちらもがっつりかぶるタイプの睡眠サポートアイテム。機能がスマートかどうかをさておいても、もう少し装着性をなんとかしないとジャンルとして立ち上がるのは時間がかかりそうに思う

 また朝に心地よく目覚められるように、太陽光と同じ色合いや明るさの光を枕元で再現するスマートLEDライト「Somneo」も展示していた。

眠りの質を専用アプリから「スコア」として把握できる
眠りの質を専用アプリから「スコア」として把握できる
ディープスリープの状態を保つために小さな音でリラックスできる音を聴きながら眠る。医療器具ではないので家電量販店で買えるようになるそうだ
ディープスリープの状態を保つために小さな音でリラックスできる音を聴きながら眠る。医療器具ではないので家電量販店で買えるようになるそうだ
こちらは太陽光に近い照明を寝起きに浴びて気持ち良く目覚められるというスマート照明。サマータイムがない日本では起床時間には十分に明るくなっていることが多いので、同様の製品に価値を感じられるかは微妙だ
こちらは太陽光に近い照明を寝起きに浴びて気持ち良く目覚められるというスマート照明。サマータイムがない日本では起床時間には十分に明るくなっていることが多いので、同様の製品に価値を感じられるかは微妙だ

空気や水の浄化も大きな関心事に

 欧州の空気と水はキレイだと思っていたのに、どうやら暮らしてみるとそうでもないらしい。

 IFA NEXTに参加したフランスのスタートアップ、R-PURは空気の質を解析しながら、PM2.5に代表されるような微小粒子状物資から身を守るためのスマートマスク「R-PUR」を開発した。価格は200ユーロ(約2万6000円)前後。欧州ではクラウドファンディングを成功させて、既に5000台近くの製品を売りさばいたという。同社のスタッフは「今後は日本などアジアでもクラウドファンディングに挑戦してみたい」と語っていた。

フランスのスタートアップが開発した空気中の微小粒子状物資もカットする強力なマスク「R-PUR」。ヘルメットは無関係
フランスのスタートアップが開発した空気中の微小粒子状物資もカットする強力なマスク「R-PUR」。ヘルメットは無関係
特殊な生地とフィルター素材を幾層にも重ねて空気の汚れをカットしてくれるという
特殊な生地とフィルター素材を幾層にも重ねて空気の汚れをカットしてくれるという
そもそもマスクを着ける習慣がなく、生体認証によるアンロック機能が顔認証しかないスマホでも特に不便を感じない欧米人がこのアイテムをいつ着けようと思い立つのか気になるところ
そもそもマスクを着ける習慣がなく、生体認証によるアンロック機能が顔認証しかないスマホでも特に不便を感じない欧米人がこのアイテムをいつ着けようと思い立つのか気になるところ

 本体には微小粒子を捕らえるための交換式フィルターを装着して使う。デバイスの装着方法は日本人にもおなじみのマスクと一緒。デザインやカラーバリエーションも複数そろえる。専用のフィルターは6~8週間は連続して使用でき、リフィルは20~25ドル程度で販売されているそうだ。同社のスタッフは商品開発の動機を「私たちの拠点であるパリ以外にも、特に都市部で空気が汚れてきた。健康的な生活を求める人々の声に応えたいと考えてR-PURをつくった」と話す。

 空気清浄機といえば、高度な機能とスタイリッシュなデザインが好評の日本のメーカー、cado(カドー)もIFAに出展していた。同社のスタッフは、おととしから続けてIFAに出展してきたことでブランドの認知が高まり、イタリアやポーランドをはじめ欧州の各国に取り扱い先が広がっているといい、良い手応えを感じている様子だった。

カドーはIFAですっかりなじみの顔になった日本のブランド
カドーはIFAですっかりなじみの顔になった日本のブランド
スタイリッシュな空気清浄機、加湿器のプレミアムモデルが欧州でも注目されているという
スタイリッシュな空気清浄機、加湿器のプレミアムモデルが欧州でも注目されているという

 同社の空気清浄機の主力モデルは500ユーロ(6万円台半ば)前後。「欧州で空気清浄機といえば100ユーロ(約1万3000円)前後の安価でシンプルな機能のものばかりだったが、当社とコンペティターであるダイソンのようにプレミアムモデルを扱うブランドの評価が高まっている」と語る。空気の汚れが原因のぜんそくやアレルギー、花粉症などにフランス人も頭を悩ませるようになってきたらしい。

 昨年、IFAに出展し、欧州市場にカムバックを果たしたシャープからも、空気清浄機への反応が良いという声を聞いた。今年のシャープの出展では8Kテレビの次世代モデルや有機ELディスプレーが注目されたようだが、実はブースの一角には白物家電も展示されていた。中でもシャープ独自のプラズマクラスター空気清浄機には多くの引き合いがあったと広報担当者は話す。「欧州は空気が汚れていないというイメージがあるかもしれない。ドイツやフランスは確かにそうかもしれないが、中東欧では生活燃料に石炭を使う地域もある。待機中の微小粒子から自分の健康を守るための有効な対策として、空気清浄機にますます強い関心が向けられている」。

シャープが参考出品として展示したプラズマクラスター機能を搭載する空気清浄機。商談も好調だったそうだ
シャープが参考出品として展示したプラズマクラスター機能を搭載する空気清浄機。商談も好調だったそうだ

 欧州の人々はいま「キレイな水」にも注目しているようだ。ミネラルウオーターといえばフランスのエビアン、ドイツのゲロルシュタイナーなど欧州発のブランドが日本でもよく飲まれているが、IFA NEXTに出展したベルリンのスタートアップ、mitte(ミッテ)は自宅でミネラルウォーターがつくれるスマートデバイスを開発中だ。

 展示されたプロトタイプは本体のタンクに入れた水を沸騰・ろ過した後、専用のミネラル成分をブレンドした交換カートリッジの中に水を通過させてミネラルウォーターをつくる。同社のスタッフによると「赤ちゃんでも飲めるカルシウムやマグネシウムを加えたソフトタイプや、20種類の成分をブレンドした高ミネラルタイプ、アルカリ性の強い水がつくれるタイプなど配合の異なるカートリッジを複数用意する予定」だという。1本のカートリッジで250リットル分のミネラルウオーターが作れるそうだ。ミネラルウオーターのレシピや効能をアプリで紹介したり、交換カートリッジをネットから簡単に購入できる仕組みを組み込んで、2019年に商品化を予定しているという。

自宅でミネラルウオーターが作れる、ベルリンのスタートアップmitteのミネラルウォーターサーバー
自宅でミネラルウオーターが作れる、ベルリンのスタートアップmitteのミネラルウォーターサーバー
カートリッジの残量をチェックして、なくなったらアプリから素早く注文ができるようになる
カートリッジの残量をチェックして、なくなったらアプリから素早く注文ができるようになる

欧州のIoTサービスは無料から月額有料に移行

 ドイツでは日本よりも先に「Google Home」や「Amazon Echo」が発売されていたこともあって、IoTデバイスも日本より早く立ち上がっていた。メディア・マルクトやサターンなどドイツを代表する家電量販店を訪れると、スマートスピーカーのそばにさまざまな種類のIoTデバイスが並ぶ。IFAにも毎年IoTデバイスを開発・販売しているメーカーが所狭しと軒を連ねているが、これだけ多種多様な製品がそろっても、スマホやイヤホン/ヘッドホンのように売れまくっている気配はない。店頭のIoTデバイスコーナーに大勢の客が詰めかけている様子も目にしたことがない。メーカーはどのようにもうけているのか。

 昨年のIFAでは、スマート家電を手がけるメーカーの担当者から「IoTデバイスを売った後にクラウドサービスの利用料金で稼ぐようなビジネスモデルは欧州にない」という話を聞いた。だが今年調べてみると、大手携帯キャリアがサブスクリプション型のスマートホームサービスを提供していたことが分かった。

 一つはドイツで最大手の携帯キャリアT-Mobile。「Magenta(マゲンタ)」というネットワークサービスのブランドを立ち上げ、外部に生産委託したさまざまなIoTデバイスをT-Mobileの冠を付けて売っている。これらのデバイスの利用にはT-Mobileの回線契約と139ユーロ(約1万8000円)のスマートハブの購入が必須。月額4.95ユーロ(約640円)の利用料金がかかり、違約金がかかる2年縛りの契約を結ばなければならない。代わりに製品のセットアップや故障の面倒はT-Mobileがしっかり見るという契約内容になるようだ。今年はついに専用のスマートスピーカーも開発したほど気合が入っている。

ドイツの大手通信キャリアであるT-Mobileはスマートホーム向けのサービスの宣伝にも力を入れ始めた
ドイツの大手通信キャリアであるT-Mobileはスマートホーム向けのサービスの宣伝にも力を入れ始めた
T-Mobileのサービスが用意するIoTデバイスとAIアシスタントを搭載したスマートスピーカー
T-Mobileのサービスが用意するIoTデバイスとAIアシスタントを搭載したスマートスピーカー

 もう一つは韓国サムスン電子と英ボーダフォンがタッグを組んだ「V-Home」のサービス。サムスンは2014年に米国のSmartThingsを買収して以来、スマートホームとIoT向けのクラウドサービスを整えながら欧米で展開をしてきた。欧州でもSmartThings対応のIoTデバイスやアプリなどが既に販売されている。ドイツではメインの用途提案を分けた複数のスターターキットを買い切りの商品として販売。併せてボーダフォンのネットワークを使う月額9.99ユーロ(約1300円)の定額サブスクリプションサービスの販売が始まっている。

 必要なIoTデバイスをそろえて、DIYで格安導入する道筋は引き続き選べるものの、やはり機器の売り上げによる収入だけではメーカーも立ち行かなくなったということだろう。通信事業者のほかにもいろいろなタイプのサービス事業者がスマートホームの立ち上げに力を入れているのかもしれない。また欧州を訪れる機会があったらぜひ調べてみたいと思う。

サムスンのブースにはSmartThingsのデバイスとクラウドサービスによるスマートホームの特設展示スペースが設けられた
サムスンのブースにはSmartThingsのデバイスとクラウドサービスによるスマートホームの特設展示スペースが設けられた
SmartThingsのWi-Fiルーターハブ
SmartThingsのWi-Fiルーターハブ
SmartThingsのIoTデバイス
SmartThingsのIoTデバイス
SmartThingsのWi-FiルーターハブとIoTデバイスをパッケージにした「V-Home」はボーダフォンが取り扱っている
SmartThingsのWi-FiルーターハブとIoTデバイスをパッケージにした「V-Home」はボーダフォンが取り扱っている
山本敦(やまもと・あつし)
山本敦(やまもと・あつし) ジャーナリスト兼ライター。オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。ハイレゾやAI・IoTに関わるスマートオーディオ、4KやVODまで幅広いカテゴリーに精通する。堪能な英語と仏語を活かし、国内から海外までイベントの取材、開発者へのインタビューを数多くこなす
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