アップルの要求は高いが、ともに開発していこうという姿勢が感じられた

 ビジネスとしてやり取りを進めていくうちに、アップルは「白いインク」を帝国インキ製造に求めていることが分かった。だが、どのような製品に使うものか、何の部品に使うものか、製品はいつ発売するのか、といった情報はまったく教えてくれなかったという。「我々のインクを使う製品を明かさないまま商品開発を進めていく、というのはかつてない不思議な経験だった」と澤登社長は回想する。

 “白いインク”とひとくちに言っても、白は実はとても難しい色だという。「アップルが求める白は、それまで我が社が標準としてきた白とは対極となる、どちらかといえば“青白い白”。何か混ぜ物を加えれば白からは遠ざかってしまうので、小手先で何とかすることはできない。材料をイチから見直して開発をスタートすることになった」(澤登社長)。

 アップルが求めたのは色だけでなく、環境保全への対応もある。インクは製造にあたってさまざまな化学材料を用いるが、世界各国の法規制に引っかからないことがまず求められた。現時点では問題なく使えるが、化学式を見ると「今後規制が厳しくなると危ないかも」という素材も、アップル的にはNGとされたそう。材料メーカーに何度もヒアリングして開発を進めていったという。

 「アップルが求めるものの基準は、我々の業界から考えると常識外れなほど高い」と澤登社長。「我々が時間をかけて苦労して作り上げたものでも、彼らの基準に達していないものはシビアに突っ返されてしまった」と振り返る。

 だが、澤登社長は「アップルはこちらの仕事に敬意も持ってくれた」と語る。「単にダメだとこき下ろして突き放すのではなく、どこが悪かったのかを細かくフィードバックしてくれる。必ず建設的な意見を出して、次に進むための材料を与えてくれた。ものづくりに対する姿勢は真摯。こちらも一生懸命やってやろうという気になった」(澤登社長)。

 白いインクの色合いや環境性能、耐久性など、それぞれ個々の要素ならばアップルが求める条件をクリアするのは難しくないそう。だが、それらのなかには相反する要素もあったりして、すべてを同時に満たすのはきわめて難しくなる。試行錯誤の日々が2年近くも続いた末、アップルが求める白いインクがついに生み出され、iPhoneのフロントパネルの塗装に採用されることとなった。

 かつて、初代iPhone~iPhone 3GSまではフロントパネルが黒しかなく、2011年発売のiPhone 4で初めてお目見えした白いiPhoneは一躍注目を集めた。特に、前後にガラスパネルを採用していたiPhone 4/4Sは背面も同色の白で塗装され、野暮ったいスマホのイメージを覆す美しさが世界的に大きな話題を呼んだ。現在、iPhoneのカラーバリエーションは4色に増えたが、スペースグレイを除く3色はいすれも白いフロントパネルを採用しており、「iPhoneは白い」と連想する人が大半だろう。白い輝きを見せるiPhoneの誕生には、下町企業のひたむきな努力があった。

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(文/磯 修=日経トレンディネット)