「VRChat」というアプリをご存じだろうか。名前からも分かるように仮想空間で音声チャットなどが楽しめるアプリで、ユーザー同士のコミュニケーションは自分のアバター(分身・化身)を通じて行う。映画『サマーウォーズ』や『レディ・プレイヤー1』の世界をほうふつとさせるが、実際はどうなっているのか? ライターの田中一成氏に潜入してもらった。

 「日本語を上達させるために、ここでよく遊んでいます」

 米国出身のブロンドヘアーの美少女。彼女が日本語でつっかえながらも、私にそう話した。しかし、声は男性だ。というのも、私たちが今話している場所は現実世界ではなく、仮想空間「VRChat」内である。つまりPCを通じてコミュニケーションしているのだ。アニメ風の美少女アバターを使用した男性ユーザーが少なくない。ご多分にもれず“彼女”もそうであった。

 VRChatは世界中のユーザーとコミュニケーションできる「ソーシャルVRサービス」だ。そのアプリはPCに無料でダウンロード可能で、そのタイトル名とは裏腹に、VR環境がなくても楽しめる。2017年2月1日にアーリーアクセス版がリリースされ、2018年2月にはユーザー数が300万人を突破した。日本ではYouTuberのVRChat動画が人気を博したことにより、認知が広がっている。

 VRChatは、まさに人間社会の縮図だ。そこでは、現実世界で起こるたあいのないコミュニケーションから社会問題までもが発生していた。今回は筆者自らプレーした体験、ユーザーに取材して得た情報からVRChatの実態にせまっていく。

アバター販売で100万円以上稼ぐユーザーがいる

 VRChatではさまざまな格好をしたアバターが存在する。ホームメニューから選べる標準アバターから、さまざまなワールド(=ユーザーの集まり、コミュニティー)内で無料取得できるオリジナルアバター、人気アニメ・ゲームのアバター(後述するが、これはVRChat内で問題になっている)など。またアバターを一から作ることも可能だ。しかし制作には、モデリングソフトを使いこなす技術と、デザインセンスが必要である。初心者にとってはハードルが高い。

さまざまなアバターが自由に歩き回る
さまざまなアバターが自由に歩き回る

 そのため、デザイン性に優れた有料アバターが販売され、それを購入する文化ができているという。8月26日にはVRChat内で3Dアバター・3Dモデルの展示会、そして販売を行う「バーチャルマーケット」も開催される。

今回のプレーに使用したゲーミングPC「ROG ZEPHYRUS GX501GI」(エイスーステック・コンピューター)。高性能と極薄・軽量を実現した最新のゲーミングPCだ
今回のプレーに使用したゲーミングPC「ROG ZEPHYRUS GX501GI」(エイスーステック・コンピューター)。高性能と極薄・軽量を実現した最新のゲーミングPCだ

 一般的な有料アバターの価格は1000円~数万円までと、ピンキリだ。有料アバターを販売するユーザーの中には、オーダーメードの発注を受ける者もいる。その価格は1体10万円以上になることも少なくない。このようなアバターの有料販売を通じ、100万円以上稼ぎ出すユーザーもいるというから驚きだ。

今回使用したVRゴーグル「HTC VRヘッドマウントディスプレイ VIVE」。高画質のVR映像によって、ゲームへの没入感は極限まで高まる
今回使用したVRゴーグル「HTC VRヘッドマウントディスプレイ VIVE」。高画質のVR映像によって、ゲームへの没入感は極限まで高まる

 「有料アバターは一見高額に思えるかもしれないですが、Steam、Unity(※)を使っているユーザーにとって、価値ある技術に対価を払うのは当たり前のことです。そうした背景もあって、VRChatでは独自の金銭感覚が形成されていると思います」とあるユーザーは語ってくれた。

※Steamは主にPC向けゲームのダウンロード販売と利用者同士の交流を目的としたサイト。Unityはゲームの開発を支援する統合開発環境。効率的にゲームが開発できる。

VRChatをプレーすると英語・韓国語が上達する

 VRChat内ではさまざまなユーザーとコミュニケーションができる。しかし、日本人ユーザーは特定のワールドに閉じこもるなど、交流を限定する傾向がある。こちらから積極的に探さないと日本人との交流は難しい。

VRchat内ではコミュニケーションだけに限らず、様々な遊びが可能。こちらはゴルフをしている様子
VRchat内ではコミュニケーションだけに限らず、様々な遊びが可能。こちらはゴルフをしている様子

 すぐに出会えて交流できるのは海外のユーザーだ。筆者、もしくは取材したユーザーが遭遇した海外ユーザーの国は、米国、韓国、北朝鮮、中国、ミャンマー、ロシア、スペイン、ブラジルなど、多岐にわたる。

 そして彼らの中には、日本人との交流を望むユーザーも多い。「Japan Shrine」というワールドでは米国、韓国のユーザーが日本語で話している場面によく遭遇した。彼らに「I'm Japanese」と話しかけると、「本当に?」と驚かれた後に「So Cool!!」と手厚く歓迎された。彼らにVRChatをプレーする理由を聞くと、「日本語の上達のため」と語る者もいた。

これが「Japan Shrine」。このように美術的に完成度の高いワールドは多く存在するので、ワールドを探索するだけでも楽しめる
これが「Japan Shrine」。このように美術的に完成度の高いワールドは多く存在するので、ワールドを探索するだけでも楽しめる

 日本人ユーザーに話を聞くと、彼らと交流する中で「自然と英語、韓国語がうまくなった」という。VIVEと連動させることで、ユーザーとVRChatのアバターの身振り手振りが一致する。分からない言葉をジェスチャーで伝える様子は、現実世界そのものだ。

手書きで絵を描くことも可能。言語で伝わらない部分は、絵でも伝えられるのだ
手書きで絵を描くことも可能。言語で伝わらない部分は、絵でも伝えられるのだ

 英語の上達のために海外ユーザーとフレンド(※)になるのはアリだと感じる。オンライン英会話を受講する、外国人が集まる都心のバーに行くよりも、はるかにハードルが低いし、何よりVRChatは無料だ。自分の部屋で国際交流をいつでも、気軽に楽しめる。

※フレンド申請し、受理されると、その相手がログインしているか、どこのワールドにいるかなどが分かる

カオスこそがVRChatの醍醐味

 現時点でのVRChatはおそろしくカオスな空間だ。だが、それが魅力である。とはいえ、法が整備されていないこと、加えて無限大ともいえるシステムの自由度の高さが要因となり、混沌とした状態は進行している。これがさまざまな問題の引き金になっているのだ。

 まず、著作権を侵害していそうなアバターが多く存在する。ワールドを渡り歩いていると、日本の人気アニメ・ゲームのキャラクターの姿をしたアバターに数多く遭遇した。その一方で規約違反のアバターを取り締まる「アバター警察」なるユーザーたちが、自主的に活動しているようだ。やはり人間味のある世界だと感じる。

 またVRChat内では、ユーザー同士が付き合っている証として、指輪をはめているアバターも存在する。その中にはVRChat内で結婚式を挙げる、いわゆる「VRChat結婚」をするユーザーもいるようだ。オンライン上で結婚する例はさまざまなゲームで起こる現象だが、VRChatでは関係がより深いように思える。

 なお、前述した通りアバターは身振り手振りに対応している。その利点を生かしてか、イチャつくユーザーもワールド内では散見された。その横にはアバターを取り締まる警察もいて、しみじみカオスな空間だと感じた。

 VRChatは1つの社会というより、小さい地球だと感じた。世界のたくさんの国の人が存在し、現代社会と同じように、商品の販売によってお金を得る手段もあったり、結婚もあったりする。そして筆者は遭遇しなかったが、中には人種差別、セクハラも見受けられるようだ。

 ユーザーの中にはマナーや良識が備わっていない者もいるが、どちらかというとそれらは少数派で、親切なユーザーが多い印象だ。事実、今回の記事は多くのユーザーからの取材によって得られた情報も多い。彼らにVRChatの楽しさを聞くと、「人とコミュニケーションすること、そしてカオスな空間も含めて楽しい」という。

 VRChatで起こるカオスな出来事やコミュニケーション。まだ混沌がつづいているうちに、ぜひ味わってほしい。

(文/田中一成)

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