2016年10月、ソニーからウォークマンの新たなフラッグシップモデル「NW-WM1Z」(27万7000円)が発売された。最高の品質とソニーの技術を結集したそのパフォーマンスの高さもさることながら、30万円に近い価格に度肝を抜かれた人も少なくないだろう。
そして、世の中にはこのNW-WM1Zに匹敵するソニーのイヤホンが存在する。それがテーラーメイドイヤホンをうたう「Just ear」だ。Just earはユーザーの耳に合わせて作られるカスタムイヤホンで、その価格はもっとも高いモデルで30万円。そう、NW-WM1Zとほぼ同額なのだ。
Just earは2015年にソニーエンジニアリングの独自ブランドとしてスタートしたが、2017年4月1日からその事業運営はソニービデオ&サウンドプロダクツに移管された。
これに合わせてJust earにSONYロゴが刻印されたほか、2016年末からはソニーストアがNW-WM1Z向けに音質調整されたモデルを取り扱うようになるなど、ソニーと連携した動きも始まっている。
そこで今回は、改めてカスタムイヤホンがどんなものかを紹介するとともに、Just earの魅力や移管によるソニーとの連携について、エンジニアへのインタビューで迫ってみた。
形に加えて、音質も自分好みにできる
まずは、カスタムイヤホンについて簡単に説明しておこう。カスタムイヤホンは、耳型を取ることで自分の耳に合った形状で製作するオーダーメイドのイヤホンだ。
もとはプロのミュージシャンがステージ上で利用するために作らており、イヤピースを使うことなく最適なフィット感が得られるため、遮音性が高く耳への負担も少ないのが特徴だ。自分の耳の形状に合わせているため「他人は使えない」という点を踏まえても、まさに「自分専用のイヤホン」といえる。
そういった背景から、カスタムイヤホンは基本的に高価格帯が主流だ。最低でも5万円、10万円台は当たり前。40万円を超えるモデルも存在するため、30万円でもカスタムイヤホンの中では高額ではない。
これを踏まえたうえでJust earの特徴を挙げると、30万円するXJE-MH1は、形状だけでなく音質も自分好みにカスタマイズできるのが最大の魅力。決まった音質をそのまま使うのではなく、エンジニアと一緒になって自分好みの音質に細かく調整できるのがポイントだ。
自分好みの音質が選べるカスタムイヤホンが他にないわけではないが、エンジニアと話し合って設定するような製品を筆者は聞いたことがない。「自分が望む最高の音質で音楽を楽しめる」という観点から見れば、Just earは至高のイヤホンといえる。
このコンセプトに共感している人は多く、イヤホン・ヘッドホン関連のイベントに出展すれば、試聴に長蛇の列ができるほどの人気ぶり。実際、注文も増えており、発売時の納期が約1カ月だったものが、現在は数カ月待ちになっている。
「誰の耳にも合うイヤホンは難しい」
Just earの音づくりとXJE-MH1の音質カスタマイズを担当するのが、ソニービデオ&サウンドプロダクツの松尾氏だ。
松尾氏はソニーのイヤホン「MDR-EX800ST」やヘッドホン「MDR-1R」など、数々の製品開発に音響設計担当として携わったエンジニア。また、製品開発のために耳型を採取する「耳型職人」でもあった。さらに、Just earの設立を中心になって進めた存在でもある。
製品開発に明け暮れたエンジニア時代、松尾氏が感じていたのは「誰の耳にも合うヘッドホンやイヤホンを作るのは難しい」ということ。Just earはその課題を解決し、装着感も音質も両立させるために松尾氏が生み出したブランドといえる。
キーワードとなるのは、冒頭にも登場した「テーラーメイド」だ。単純に耳型を取るだけのカスタムイヤホンの手法だけでなく、ユーザー1人1人に合わせたイヤホンを作ることを信条としている。「耳にまつわる全てのことをやりたい」というのが、松尾氏の考える最終目標だ。
XJE-MH1の音質カスタマイズでの音作りは独特で、購入者が松尾氏と1対1で作り上げていく手法を採用している。購入者の好みの曲を松尾氏が一緒に聞きながら、例えば「高音をもっと響かせたい」「ドラムの音を強くしたい」という購入者の要望に応えて、音の微調整を加えていく。
このカスタムは非常に柔軟性が高く、例えば「好きなアーティストの声が最高に聞こえるようにしてほしい」といったアバウトなオーダーでもOK。高い技術を持つ松尾氏が直接対応するからこそ実現するカスタムで、これこそまさにテーラーメイドの強みといえるだろう。
ドライバーの位置も個人に合わせて調整
ドライバーユニットは、中高音域用のバランスドアーマチュア型と低音域用のダイナミック型をそれぞれ1基ずつ搭載。音づくりにおいては、2種類のドライバーを組み合わせた「ハイブリッド音響構造」もポイントのひとつとなる。
とくにダイナミック型はφ13.5mmの大型ドライバーを搭載しているのだが、高音質の実現には「ドライバーの配置が重要になる」(松尾氏)。
ドライバーの位置決めで重要なカギを握るのは、Just earの耳型採取法とそれを担当する東京ヒアリングケアセンターの菅野氏の存在だ。菅野氏は型取りの際に特別な器具を使用するのだが、その理由は最適なドライバーの設置場所もあわせて確認するためだ。そして、ここで得たデータをもとにしてドライバー位置にも個々の微調整が加えられる。
こういった細やかな対応をするからこそ、個人で耳の形が違っても装着感を損なうことなく大型ドライバーを搭載でき、最良のサウンドも楽しめるわけだ。ここにもテーラーメイドの強みが出ている。
ソニーの「高級ウォークマン」戦略に合致
Just earは音質にとてもこだわっており、非常に注目されている。そういったなかで、今回どのような経緯でソニーエンジニアリングからソニービデオ&サウンドプロダクツへ運営事業が移管されることになったのか。
松尾氏によれば、Just earは独自ブランドとして立ち上がったとはいえ、スタート当初からソニーのオーディオ部門とは「綿密に連携していたし、パーツなども共通のものを使っていた」という。その上で戦略面ではすみ分けをしてきた。
しかしここにきて、個人にフォーカスしたJust earの取り組みと、高級ウォークマンNW-WM1Zをはじめとした高音質を追求するソニーのプレミアム路線がマッチした。そこで、「一緒にやろう」という動きが加速した。
実際、ユーザーのターゲットは重なる部分が多く、Just earユーザーが利用する音楽プレーヤーは、NW-WM1Zの発売以降、ウォークマンを使う率が増えたそうだ。
ソニーとの連携がよい相互作用を生み出しているようで、「こだわりを持ってNW-WM1Zのような高級音楽プレーヤーを購入したユーザーが、一緒に使うイヤホンにJust earを選ぶケースは増えている」(松尾氏)。
また、Just earはソニーエンジニアリングが展開していたため、以前からある程度は「ソニーの活動」として認知されていたが、製品にはソニーのロゴマークは入っていなかった。それが今回の移管によってロゴマーク入りのプレートが採用され、そのイメージはより強固になったといえる。
そういう意味では、ソニーが本気で「カスタムイヤホンにも進出していこう」という姿勢が垣間見えるし、Just earの働きが認められた証しともいえそうだ。
スマホやBluetoothでも楽しめる
Just earは安くても20万円、音声カスタムまですれば30万円になるので、簡単に購入できるものではない。しかし、購入すればまさに自分だけの、そして最高のイヤホンが手に入るのは間違いない。「自分好みのサウンドで音楽を楽しみたい」または「一生モノのイヤホンが欲しい」という人は、ぜひ検討してほしいところだ。
「高級音楽プレーヤーでないとカスタムイヤホンを買う意味がないのでは?」と思う人もいるだろう。しかし、Just earはスマホでも全く問題ない。「スマホで音楽を聴くことが多いから」と、Just earの音質カスタマイズをスマホ向けに調整したユーザーもいたそうだ。またJust earはケーブル交換ができるので、Bluetooth対応のワイヤレスオーディオレシーバーでの利用もおすすめだ。
松尾氏によれば、「同じ価格ならば、プレーヤーよりもイヤホンやヘッドホンのほうにお金を出すほうが、音質の向上を感じることが多い」とのこと。実際、ハイレゾと比べて音質的に劣るMP3やストリーミング配信の音源でも、Just earはかなり魅力的なサウンドで聴かせてくれた。カスタムイヤホンは高音質なだけでなく、自分に合ったリスニングスタイルで楽しめる製品だといえるだろう。
(文/近藤 寿成=スプール)