近年は、AmazonプライムビデオやNetflixといったネット動画配信サービスが存在感を高めている。これらのサービスがドラマやアニメ、ドキュメンタリーなど、オリジナルの番組コンテンツ制作に力を入れるようになったことで、コンテンツ流通現場のビジネスモデル自体が変化してきた。映画並みの制作費をかけたコンテンツが全世界向けに配信されるようになっている。高品質な作品を手軽に見られるのは視聴者にとっては喜ばしいことだ。一方で、主戦場がテレビからネットへと移る中、日本のコンテンツは勝てるのか。

 Amazonプライムのオリジナルドラマシリーズ『高い城の男』が世界的にヒットしているという。原作はヒューゴー賞を受賞したフィリップ・K・ディックの歴史改変SF小説で、製作総指揮は、映画『ブレードランナー』の監督で知られるリドリー・スコットと、『X-ファイル』シリーズの脚本/プロデューサーを務めたフランク・スポトニッツだ。『高い城の男』の原作は日本とドイツによって米国が分割統治されているという設定で映像化は難しいと言われていたが、世界観までも見事に表現し、人気を集めている。

 NetflixのSFホラー『ストレンジャー・シングス』も最近のヒットドラマに挙げられる。無名監督の作品ながら、80年代を舞台にしたノスタルジックな雰囲気とストーリーの良さが支持された。米国最大の祭典「スーパーボール」で同作シーズン2の予告CMが流れ、大きな話題にもなった。

ドラマ1話当たりの製作費が映画並みに拡大

 このようなヒット作が相次いで誕生する中、2017年4月にフランス・カンヌで開催された世界最大規模の番組見本市「MIPTV」では、「動画配信のオリジナル連続ドラマの製作費がこれまででは考えられない規模に引き上げられている。1話当たり映画1本並みの企画が次々と開発されている」という話を聞いた。なぜ、従来のドラマでは考えられなかったような莫大な制作費を投入することができるようになったのか。

2017年4月にフランス・カンヌで開催された世界最大規模の番組見本市「MIPTV」
2017年4月にフランス・カンヌで開催された世界最大規模の番組見本市「MIPTV」

 その理由として、AmazonやNetflixがサービスを世界規模で展開していることが大きい。通常は番組コンテンツを世界に流通させようとすると、国・地域ごとにテレビ局に購入してもらい、放送してもらうというプロセスを踏む必要があった。

 これに対し、サービスの展開地域が約200カ国に上るAmazonやNetflixは、既に世界各国に独自のプラットフォームを構築している。企画段階から世界展開を視野に入れることができるため、制作費の回収の見込みが立てやすくなる。だから、思い切った額の制作費を投じることができるのだ。

言語が英語でなくても世界でヒットする時代に

 AmazonやNetflixが台頭していることの影響は、制作費だけにとどまらない。番組制作の座組など、コンテンツ制作のさまざまな部分に変革を起こしつつある。カンヌのMIPTVに来場していたフジテレビ国際開発局事業開発部部長職の早川敬之氏は取引現場の様子をこう話す。

 「今、国際ドラマの共同制作は、企画はドイツ、スタジオは英国、キャストはスウェーデン、放送は英BBC、ネット配信は米Netflixというように、複数の国にまたがる案件が増えています。日本のテレビ局としても、グローバル展開するための契約条件などのノウハウを共有しながら、世界ヒットを目指した新たな企画を探っているところです」(早川氏)

 また、これまで日本にとっては大きな障壁だった言語問題にも変化が起こっている。近年、グローバルスタンダードである英語だけにこだわる必要性はなくなっているのだという。

 北米や中南米でヒットしているNetflixのオリジナルドラマ『ナルコス』は、麻薬取引によって莫大な富を築いた実在の人物パブロ・エスコバルと取締捜査官の戦いを描いたものだが、英語版よりもむしろラテン系言語版での視聴が伸びているということだ。

 早川氏は「動画配信サービス勢は、ローカル性の高いドラマにも注目しています。今や多言語対応が求められ、2000年当初の国際共同制作ドラマとはまるで状況が違う。主力のプレーヤーはネット動画配信が中心になり、バックエンドは着実に変わっています」と説明する。

MIPTVの基調講演には、Amazonスタジオのロイ・プライス副社長が登壇。ローカル色の強いオリジナルコンテンツに注力すると話した (C)V. DESJARDINS - IMAGE & CO
MIPTVの基調講演には、Amazonスタジオのロイ・プライス副社長が登壇。ローカル色の強いオリジナルコンテンツに注力すると話した (C)V. DESJARDINS - IMAGE & CO

 こうした出口の変化は、クリエーティブな部分にも新しい風を吹き込んでいる。「従来のテレビドラマは、分かりやすいものでなければいけなかった。そう教えられて作ってきました。けれども今は、複雑に作られたドラマが世界市場では主流になっています」(早川氏)

 ストーリーや設定が複雑に作られた作品だと、視聴者はより深く理解しようとして2度、3度とリピート視聴するようになる。それが有料モデルであるネット動画サービス勢の狙いなのだという。

 こうした世界市場の変化に日本はついて行っているのか。

 5月17日にリニューアルオープンしたHuluや、『亀田興毅に勝ったら1000万円』生配信で視聴者が殺到し、一時はサーバーがダウンするなど、話題を提供し続けているAbemaTVなど、日本でもようやくネット動画配信サービスに対する関心が高まっているように見える。

 しかし、競争の舞台が世界に移る中で、ドラマ制作コミュニティーに参加している日本の放送局や制作会社はまだまだ少ないのが実態だ。これは、日本が世界第2位のコンテンツ市場規模で居続けたため、内向き志向が根深いことが大きな要因だが、今、起こっている構造の変化に可能性をもっと見出すべきではないか。日本が二の足を踏んでいる間に、中国最大手の動画配信サービスiQYI(愛奇芸)はNetflixとライセンス契約を結び、韓国も新しいドラマ制作コミュニティーに関心を寄せている。グローバル市場において優位性を維持する余裕は決してない。

(文/長谷川朋子)

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