中国のフィンテックの現状を現地に滞在している岡部真記さんに紹介してもらうコラム。(上)ではモバイル決済を中心に紹介していただいた。今回はネット通販における日本と中国の文化の違いについて考察していただく。

 中国はEC(電子商取引)大国だ。ただし、ECモールの顔ぶれは日本とかなり違う。日本では、「Amazon」や「楽天市場」が有名だが、中国では「淘宝(タオバオ)」「天猫(テンマオ)」「京東(ジンドン)」を、よく使う。

「天猫(テンマオ)」のスマホ画面
「天猫(テンマオ)」のスマホ画面

 決済手段も様相が異なる。日本のネットショッピングではクレジットカードを使うことが多かったが、中国では「支付宝(Alipay)」などの電子決済、いわゆるデビットカードのように使える「銀聯カード」が一般的だ。とはいえ買い物をするだけなら使い勝手は、さほど変わらない。

 驚いたのは返品の仕組みだ。筆者の体験をお伝えしよう。

 返品しようと思ったのは、「天猫」で購入したコップだ。デザインが気に入ったものの、いざ届いた商品を見るとほこりまみれで、よく見ると傷もある。どうしても使う気になれなかった。

 まず、アプリ内にある返品ボタンをタップし、理由を選択して送信する。その後、商品の返品方法を選択する画面が出てくるので、「家の前まで取りに来てもらう(という意味であろう)」を選ぶ。引取日時の選択画面が出現したので、希望日時をタップして送信しておいた。

中国ECサイトでの返品画面
中国ECサイトでの返品画面

 すると後日、希望日時に宅配業者が家に来た。「本当に大丈夫か」とやや疑いながらも商品を渡した。アプリを開くと、画面には「宅配業者が引取完了」という意味の表示。商品が販売店まで配達されていく様子は、アプリで確認できる。最終的には銀行にお金が返金されたという連絡が届き、一安心。アプリ画面には、返品成功という表示が出た。

 ECサイトや販売店が採用しているサービスによって違うかもしれないが、筆者の場合、配達伝票を書くこともなく、返品が実現した。

返品される物を売っても悪ではない

 それにしてもなぜ、これほど簡単に返品できる仕組みを設けているのだろうか。少し考えてみた。

 日本では、最高レベルのものをできるだけ安く提供することが、「顧客のため」だという前提がある。返品されるようなものを売ることは、基本的に「悪」である。

 ただ中国人と交流していると、この前提が違うのだと確信するようになった。とにかく安くて使えるようものであればOKな人、完璧な商品でなければ許せない人、その中間の人。品質に求める要求水準は人それぞれなのが当たり前という前提なのだ。ある客にとって「とんでもない粗悪品」であっても、別の客には「OKな物」かもしれない。筆者が返品したコップもそうだ。

 販売した側も、自分が売った物が気に入らないという人がいても仕方ない。いら立ったり、落ち込んだりする必要はない。互いに淡々と処理をして、次に行こう。どうやら、こうした考え方が根底にある。だからこそ、販売側も購入側もストレスなく返品できる仕組みが整備されているように思える。

 返品の手軽さは、外国人である筆者にとっても優しい仕組みだった。日本でもネットショッピングを活用する世代が高齢化するが、きっと高齢者にも優しいに違いない。

もやもや知らず、配車アプリの利点

 前回はシェアバイクを紹介したが、中国では配車アプリの利用も盛んだ。中国・天津のタクシーは初乗り9元(1元17円換算で153円)で、多くの人が利用する。当然、流しのタクシーも存在するが、滴滴出行を使う人が多い。アプリを起動して行き先と現在地を入力すれば、迎えに来てくれる。

 筆者は、友人に勧められた別の配車アプリを利用しているが、予約、支払い、評価の流れが非常に洗練されている。

 まず行き先と現在地を入力すれば、走行予定ルートと予定料金が表示される。迎えに来る自動車が決まると、車体の色、ナンバープレート、運転手の顔写真、名前、今までに乗せた乗客の数、信頼の度合いを表す星の数を確認できる。数分待てば、革張りシートの高級車が現れる。降りるときは、アプリに決済画面が出てきて承認をタップすれば、アプリのチャージ分から乗車料金を支払う。ここでは、Alipayなどで決済するのも可能だ。最後は運転手の評価画面が表れ、星の数を入力すれば終了である。

 日本でも中国でも、タクシーで回り道をされたように感じることがたまにある。言葉が通じる日本でさえ、面倒なので抗議したり質問したりするのをためらってしまう。そして、タクシーを降りた後でもやもやする。

 外国である中国ならばなおさらだ。最初からルートが分かっていれば、こうしたストレスとは無縁である。大きな現金しかなくて恐縮しながらお釣りをもらう必要も無い。日本でも配車アプリは登場しているが、もっと普及してほしいと思う。

中国版スカウターが登場する日

 どれだけ便利なサービスでも、利用できる場所や時間に制約があれば、普及は難しいし生活のインフラにはなれない。今回紹介したサービスも、一つひとつを見れば日本に存在するものばかりだ。

 しかし中国では、便利なサービスの利用シーンに、ほとんど制約がない点に特徴がある。電子決済は典型例だろう。ただ、中国で電子決済が生活の奥深くまで浸透しているのは、「簡単に支払える」以上の価値があるからだ。

 買い物や外食、タクシーや自転車などの交通手段、さらには携帯料金や病院での支払いなど、生活のあらゆる場面で、かゆいところに手が届くサービスが電子決済とセットで開発されている。しかも、多くのサービスには評価機能が付随しており、安全で安心できる中国社会の信頼を支える基礎として機能し始めている。そのことが、中国で電子決済の普及を後押ししているのは間違いない。

 さらに、こうした評価機能をベースとした信用情報が、銀行融資の審査や各種サービスの優遇を受けるための基準として活用が進んでいるようだ。

 個人の評価が数値化され、可視化される世界。漫画『ドラゴンボール』の「スカウター(相手の戦闘力が測れる眼鏡型の装置)」を思い出す。近い将来に生まれるかもしれない中国版スカウターは戦闘力ではなく、個人の支払い能力から将来性、性格までも測り得る。

 この中国版スカウターは、お見合いに使えるかもしれない。ただ、生活や嗜好、性格が透けて見えるデータが蓄積、数値化されると思うと落ち着かない気持ちになる。新しく知り合った人と親しくするかを、スカウターを見て決めるとすれば、殺伐とした世の中になるに違いない。

 現時点で、こうした世の中を望む日本人は少数だろう。日本において、電子決済やそれとリンクするサービスがいかに普及していくかは、便利さだけでなく、私たちが何を大切に思い日々を暮らしているか、何を快適に思うのかと表裏一体である。

 私たちがどんな社会を目指すのか。その緩やかな合意が、フィンテックの進展を左右するように思う。

(写真・文/岡部真記)

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