江戸時代の市井の風俗を描き、庶民に愛された浮世絵。数多くの名作を残した花形絵師たちは、江戸っ子の心を魅了するヒットの術(すべ)をつかんでいた。

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18世紀中頃、裕福な商人など好事家(こうずか)の間で絵暦(現在のカレンダー)交換会が流行し、それを転用した色鮮やかな多色摺(ず)りの木版画「錦絵」が熱心に収集された。

この錦絵の創始者とされるのが鈴木春信だ。春信は浮世絵美人画でも、繊細優美な画風で一世を風靡(ふうび)する。「それまでの美人画は遊女や役者を描くのが常。

ところが、春信は茶屋の娘など素人をモデルに使い、細くて手足も華奢(きゃしゃ)な、子供っぽい女性をユニセックス的に描きました」(北斎館館長の安村敏信さん)。

版元が絵師をプロデュース

 浮世絵の黄金期といえる寛政、文化(18世紀末~19世紀初期)の時代、喜多川歌麿、東洲斎写楽という2大天才絵師が登場する。

「浮世絵は、出版する版元が売れそうな題材を考え、絵師に描かせていました。いわば版元はプロデューサーのような存在。歌麿、写楽共に、蔦屋(つたや)重三郎という有力版元が見出した絵師なのです」。

 『歌撰恋之部 物思恋(かせんこいのぶ ものおもうこい)』は、美人画の名手、歌麿の代表作だが、頰杖をつき、物思いにふける女性の表情が何とも切ない。

 忽然(こつぜん)と現れ、わずか10カ月で姿を消した謎の絵師、写楽の役者絵もまた見る者に衝撃を与えた。

 役者絵は、理想化して美しく描くのが常識。ところが写楽は、大きな鼻など、役者の特徴をさらに大胆にデフォルメして描いたのだ。

「女形ですら真実を追求し、男を感じさせるように描きました。それがかえって面白いと、歌舞伎ファンにも大ウケしたのです」。

【1】 鈴木春信

 「錦絵」の創始者とされる。繊細な美人画で知られ、春信の描く美人画は「夢幻美人」と呼ばれ、評判を集めた。

ヒットの法則
好事家たちの間で大流行した絵暦交換会向けに、いち早く多色摺りの豪華な錦絵を提供したことで注目を集めた。その後は、素人をモデルに用いた浮世絵美人画で一世を風靡する。中性的で華奢な体形の女性像は、庶民の憧れの的に。

【2】 喜多川歌麿

 版元・蔦屋重三郎に見出されて、モデルの顔を大きく描く「美人大首絵」のスタイルを確立した。

ヒットの法則
下積み時代には、狂歌本のための細密画などを描いていた。蔦屋重三郎に見出されて美人画に転じると、役者絵の手法であった「大首絵」を美人画に取り入れて大成功。吉原の日常を描く、『青楼十二時』も人気シリーズとなる。

【3】 東洲斎写楽

 140点以上の錦絵を残し、デビュー10カ月後に消えた謎の絵師。能役者、斎藤十郎兵衛と同一人物とされる。

ヒットの法則
デフォルメによって役者の特徴を誇張した、独特の役者大首絵で大人気を博す。背景には、絵の具に雲母の粉を混ぜて光沢感を演出する「雲母(きら)摺り」という、本来、美人画で用いる技法も大胆に取り入れている。

【オーバリン大学 アレン・メモリアル美術館所蔵】
メアリー・エインズワース 浮世絵コレクション
─初期浮世絵から北斎・広重まで
2019年4月13日~5月26日 千葉市美術館
2019年6月8日~7月28日 静岡市美術館

大浮世絵展 ~五人の絵師の競演~(仮)
2019年11月19日~20年1月19日
東京都江戸東京博物館

(アドバイザー/安村敏信さん(北斎館館長)、イラスト/武田侑大)

「詳しい情報を知りたい方は、日経おとなのOFF 2019年1月号誌面でどうぞ。」