新米の味覚の個性を消費者目線で評価し、今、一番食べてほしい米を決める「米のヒット甲子園」(主催:日経トレンディ、特別協賛:象印マホービン)。その新米味覚審査会が、2018年11月21日に東京都千代田区のパレスホテル東京で行われた。全国のお米マイスターの推薦数が多かった9品種の審査が行われ、2018年の大賞米には、米どころ新潟県・長岡産の「新之助」が選ばれた。7人の審査委員による審査会の模様をお届けする。
審査会には64品種の中から厳選された9品種が出品
今回で第5回を数える「米のヒット甲子園」の新米味覚審査会。この審査会は、単に米の味覚ランキングを決めるのではなく、それぞれの米の持つ個性を、消費者にできるだけ分かりやすく説明するのが目的だ。
審査米の選出は、全国の五つ星お米マイスターにアンケートを送付して最大3品種を推薦してもらい、推薦数の多かった上位9品種を最終審査米とした。今回、67人のマイスターから推薦されたのは64品種。その中から最終審査米に選出されたのは以下の9品種だ。
この中で、前回の審査会から引き続きエントリーしたのは「銀河のしずく」「つや姫」「新之助」の3品種。2018年は振り返れば、天候不順の影響で全国的に凶作の年。そのため、アンケートを実施した時点ではまだ流通のなかった品種も多い。前回もエントリーした北海道の「ゆめぴりか」や岐阜県の「銀の朏(みかづき)」など、本来なら最終審査に残ってもおかしくない品種が見られないのは、そうした事情も関係しているのだろう。そのような状況で今回の審査会に選出された上記の米は、いずれも悪天候に負けなかったつわものぞろいと言っていいかもしれない。
審査を担当するのは7人の“食いしん坊”
“消費者目線”で審査を行うのは以下の7人。神戸の米穀店「いづよね」の代表で、審査委員長を務める五つ星お米マイスターの川崎恭雄氏を筆頭に、テレビ番組の「くいしん坊!万才」の9代目リポーターでも知られる俳優の山下真司氏、さらにジャーナリストや料理研究家など、主にグルメの分野で活躍する食通たちだ。
【最終審査会のメンバー】
審査委員長:川崎恭雄氏(いづよね代表取締役)
審査委員 :小崎陽一氏(イタリア料理研究家)
同 :小谷あゆみ氏(フリーアナウンサー)
同 :里井真由美氏(フードジャーナリスト)
同 :フォーリンデブ はっしー氏(グルメエンターテイナー)
同 :山下真司氏(俳優)
同 :渡辺和博氏(日経BP総研 マーケティング戦略ラボ上席研究員)
炊飯を担当するキッチンはまるで戦場?
審査会当日は、審査委員の来場に先立ち、朝早くからキッチンスペースで洗米および炊飯作業が行われた。米や水分の量、浄水および水道水の使用場面、とぎの回数などの工程は細かく規定されており、音頭取りのスタッフの掛け声に合わせ、米とぎを担当するスタッフが手際良く洗米を進めていく。
とぎが終わると、内釜を炊飯用のキッチンへ運び、炊飯器をスイッチオン。炊飯器は、象印マホービンの「炎舞炊き」NW-KA10。ずらりと並べられた炊飯器が一斉に作動を始め、ほどなくして次々と蒸気を噴出させる光景は圧巻だ。
炊き上がると、今度は炊飯器を載せた台車をキッチンに隣接する事務局に運び込む。なかなか慌ただしい。炊飯器の蓋が次々に開かれるにつれ、いかにも炊きたてといったご飯の香りが部屋の中に満ちる。炊き上がった米をほぐしておひつに移し、ぬれ布巾をかけて20分間放熱。そして、いよいよ審査開始だ。
黙々と真剣に進められた審査会
審査は9品種の米を一気に試食するのではなく、3品種を1グループとし、3グループに分けて行う方式。審査委員の前に、基準米となる新潟県魚沼産コシヒカリと、3種の米をシャリ程度の量で盛り付けた第1グループの皿が置かれ、試食が始まった。
2017年は、味覚の評価軸が「硬い/柔らかい」と「あっさり/もっちり」の2つだったが、柔らかさともっちりの基準があいまいとの意見があったことから、2018年は「硬い/柔らかい」と「(甘みが)強い/弱い」の2軸で評価することとなった。評価は基準米を「5」とし、10段階での点数化。もちろん、基準米以外の米の名は審査委員には明かされていない。
試食開始前は和やかムードだった会場だが、試食が始まると空気が一変。審査委員たちの表情が引き締まる。試験問題に取り組む受験生のごとく、言葉数も少なく、黙々と試食を進めていく。少量のご飯を口に運んでは、虚空を見つめる人、むっつりと眉間にシワを寄せる人、目を閉じる人、視線を宙にさまよわせる人、まるで美術品であるかのようにお米を“鑑賞”する人や、花のように香りを楽しむ人、さまざまだ。
それぞれのお米の感想は?
1グループごとの試食の時間はおよそ10分で、約30分後にはすべての米の試食が終了。ここで初めて試食米の品種名が明かされ、各審査委員がそれぞれの米の評価および感想を発表した。どの審査委員とも2軸評価のほか、「おかずとの相性」「和食に合うかどうか」「外国人に薦められるか」など、自分なりの審査基準を設けながら味わっていたようだ。それぞれの米に対する主な評価は、以下のとおり。
【朱鷺と暮らす郷】(新潟県・佐渡産)
・「食感が柔らかくて甘さ控えめ。最近はやりの“ほろっ”としたタイプの米」(小崎氏)
・「この米作りを行う田んぼに朱鷺(とき)が戻ってきたという背景がある。環境にいい米作りをしている点でも評価したい」(小谷氏)
【雪若丸】(山形県・山形産)
・「粒立ちと口どけがよく、どんなおかずにも合いそう」(はっしー氏)
・「甘みが後からやってくる。バランスが良くて、人に薦めたくなるお米」(渡辺氏)
【だて正夢】(宮城県・黒川産)
・「甘みと硬さがほどよい。見た目も透明感があって、一粒一粒がしっかりしている」(山下氏)
・「柔らかくてもち米のような香り。ふわっとして、分かりやすい甘さがある」(川崎氏)
【いちほまれ】(福井県・福井産)
・「今年いちばん注目の米。トータルバランスがすごく良い」(川崎氏)
・「ツヤとサッパリ感がある。田舎出身のよくできた美しい娘という感じ」(渡辺氏)
【銀河のしずく】(岩手県・紫波産)
・「粒感があって、食感は一番。スープや味噌汁、丼の汁っぽいものにも合いそう」(里井氏)
・「一粒一粒がパラパラとしていて、味わいとコクを感じた」(小崎氏)
【隠岐藻塩米】(島根県・隠岐産)
・「酢飯のようなパンチのある味。とても個性的」(里井氏)
・「スモーキーな香りに驚いた。厚切りベーコンの薫製とともに味わいたい」(はっしー氏)
【金色の風】(岩手県・江刺産)
・「粒が大きくて迫力がある。握り飯にしてのりと一緒にがばっといきたい」(山下氏)
・「最初はあっさりしているが、かむたびに甘さが押し寄せてくるような印象」(川崎氏)
【新之助】(新潟県・長岡産)
・「粒が大きく香りも良く、つややか。おいしいご飯のシンボルという感じ」(小谷氏)
・「ふわふわもちもちでバランスがいい。どんなおかずにも合わせやすく、毎日でも食べられそう」(里井氏)
【つや姫】(山形県・置賜産)
・「切れ味がよくシャープなおいしさ。つくだ煮などに合わせやすそう」(はっしー氏)
・「旅館の朝食に出る焼き魚やのり、納豆などに合わせたい」(山下氏)
前回の雪辱を果たし、「新之助」が大賞米
審査結果はグループごとに1品を選ぶという形で行われたため、1人の審査委員が都合3品種を挙げることになる。その結果、最も票を集めたのは「新之助」。といっても圧倒的な獲得数ではなく、僅差で「雪若丸」が続く。そこで、得票の多かった4品種、「新之助」「雪若丸」「隠岐藻塩米」「いちほまれ」を再度食べ比べたうえで最終投票ということになった。
再び皿が用意され、しばしの試食タイムを経たのち、各審査委員が4つのうち2品種を発表。この結果、7人中6人が名を挙げた「新之助」が、1回目の試食に引き続き最多得票で、前回の雪辱を果たして大賞米に選ばれた。
大賞米となった「新之助」はバランスの良さが高得票につながった模様。また、1回目に続いて高評価だったのは、冷めてもおいしいということの表れだろう。各審査委員は、「新之助」に関して次のような評価ポイントを挙げた。
川崎氏: 「これぞ“日本の米”“ふっくらご飯”という印象。冷めても甘みや粒感があり、トータルバランスがずば抜けている。口の中に入れたときに『ザ・米の香りやな』と感じるほど、香りもいい」
小崎氏: 「自分は洋食のコックなので、調理をしても負けない米という観点で、『新之助』を選びました。硬めの食感で、後味にコクと厚みが感じられ、味をつけてもリゾットにしても決して負けない米だと思う」
小谷氏: 「農業ジャーナリストとしては、米の向こう側の風景にも興味があります。日本の風景は田んぼに代表されることを考えると、やはり米どころ新潟のお米は相変わらず強いと思いました」
里井氏: 「米を食べる人が少なくなっているなか、毎日食べられて、おかずがなくても米だけで十分おいしいという、両方を備えるバランスの良さで選びました。お年寄りや子どもでも、ぺろっと完食できると思います」
はっしー氏: 「飽きなさそうで普段使いができる。どんなおかずにも合いそうですが、粒立ちがいいので、タレの焼き肉とは相性がいいかも。タレが一粒一粒をコーティングして、口の中で肉と米が“マリアージュ”するはず」
山下氏: 「子どもの頃に食べたご飯のおいしさを求めて『くいしん坊!万才』に出た自分にとって、日本の米はやっぱりおいしいと感じさせてくれた。『新之助』という名前も、りりしいルーキーのような感じがします」
渡辺氏: 「粒が大きく甘みが強くて、最近の米のトレンドの王道というか、お米の最先端が形になったような印象。それが大賞米を取ったことが、時代を表していると感じました」
「新之助」は“コシヒカリとの双璧”を目指す、新潟県の自信作。大賞米の受賞は、さすが米どころといったところだろうか。とはいえ、「正直、どのお米もおいしかった」と審査委員たちが言うように、審査中はみな、相当に頭を悩ませた様子。審査会を振り返った渡辺氏は、「全国的に台風や長雨、日照不足に見舞われた年にもかかわらず、生産者側がこれほどハイレベルな米を作って届けてくれたことに対する感謝でいっぱい」という言葉で締めくくった。
5回目を迎えた「米のヒット甲子園」。次回は「相性のいいおかずごとに米を選ぶ」「米づくりに秘められたドラマなど、産地での背景も加味して選ぶ」など、新たな基準で米を選ぶのもいいのではないかという提案もあった。各地の多様な品種やブランド米が出回っている昨今、家庭や仲間内でもこのような企画を行い、米に親しむのもいいかもしれない。
(取材・文/エイジャ、写真:稲垣純也)