職人技が光る本物の「さぬきうどん」

 かつては地方行政区分「讃岐国(さぬきのくに)」だった香川県は、いまも「東讃」「中讃」「西讃」と3つの地域に分けて呼ばれ、なかでも中讃にはうどんの名店が多いと言われる。

 中讃に位置する丸亀市の「さぬき本格手打うどん 香川屋本店」も“うどんの聖地”の人気店だ。厨房で手打ちされたうどんの麺には腰があり、香りや味も秀逸で、観光客はもちろん、口の肥えた地元の人たちからも愛されている。

 この「香川屋本店」を経営するのが、隣接する製麺会社「サヌキ食品」である。

 さぬきうどんの品質や生産技術の向上を目的として、1979年から、香川県産小麦「さぬきの夢」を使った「うどん技能グランプリ」が毎年開催されている。その「ゆでうどん部門」において、サヌキ食品は、平成24年度、25年度の2年連続で最優秀の農林水産大臣賞に輝いた。

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「香川屋本店」と店内のうどん手打ちの様子

 「県内でもとりわけ“丸亀のうどん”が注目される理由は何か」と問うと、サヌキ食品の香川均社長は笑顔で答えた。「丸亀で使われている綾川水系の水は、うどんに合っています」。

サヌキ食品の香川均社長
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 サヌキ食品では、原材料となる小麦粉に、県内でつくられた「さぬきの夢2000」を使っている。

 雨の少ない讃岐地方では、うどんに適した小麦が栽培されていた。しかし、昭和40年代後半頃から香川県の小麦の栽培農家が減り、代わって、うどん用に開発されたオーストラリア産の小麦が急速に普及。一時はさぬきうどんのほとんどがオーストラリア産の小麦を原料としていた。この状況を打開するべく、平成2年から香川県の農業試験場がうどん用に品種改良を進め、8年かけて開発した小麦が「さぬきの夢2000」だった。

 サヌキ食品が「本場のうどんを自宅で食べられる商品」としてネット販売している「本場さぬき手打ちうどん」や「香川屋の半生さぬきうどん」にも、この「さぬきの夢2000」が使用されている。

 ただ、「綾川水系の水と『さぬきの夢2000』でつくれば本場のさぬきうどんが再現できる」というわけではなかった。最も重要なのは、昔からうどん職人たちによって継承されてきた「手打ち」に代表される“うどんの打ち方”にあるという。

 しかし、工場生産されるうどんに職人の「手打ち」の技術を活かせるものだろうか。

 その謎は、香川社長に工場を案内してもらって解けた。

 清潔に管理された工場内には、いくつもの製造機械が並んでいた。驚いたのは、生産効率を考えればマイナスなのに、いい意味で「オートメーション化されていないこと」だった。

 うどんの麺づくりの始まりは「練り」の工程だ。最適な濃度に調整された塩水と小麦粉をミキサーに入れ、高速、低速回転を使い分けて練り上げる。練る時間はタイマーでセットされるが、ベストの練り具合かどうかは、専門の職人がミキサーを開けて確認する。

 「小麦粉と塩と水だけですが、組み合わせが多い。粉に対して塩と水を何%加えるかは、香川県で語り継がれてきた技術の伝承によるもので、かなり難しい」(香川社長)

 しかも、その比率は季節によっても変わる。「春夏秋冬、そのときの感触、感覚によって、季節ごとに組み合わせを変えます。たとえば塩の量だと『土三、寒六、常五杯』という昔から伝わる言葉があります。土用、つまり夏は塩が三杯と少なめで、寒い冬は多めの六杯、常日頃は五杯の中量という意味です」(香川社長)。

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量産の麺も手打ちにこだわる

 ミキサーから出てきたそぼろ状の素材はローラーで板状にされ、あや織り装置を使い、最終的に8枚が重ね合わされる。「8層にすることで、麺を茹でたとき塩が抜けやすくなる。手打ちうどんは、グルテンを縦横斜めのいろんな方向に打つ。それと同じ考え方でやっているので、縦横だけでなく斜めに入れたりしながら、重ね合わせます」(香川社長)

 このあと3、4時間ほど熟成するが、ここでも「いけるか、いけないか、熟成状態を職人が判断」(香川社長)して、次の「9ミリ程度のシートに伸ばす工程」へと送られる。

 ここまでの工程で何度も職人による確認作業が入る。各工程の装置で細かく管理されているのに、そんな手間ひまをかける必要があるのだろうか。「素材は触るごとにできあがりの味と関係してくるので、その“間”の取り方が大事。うどんは物を言わないですから、生地に教えてもらわないといけない」(香川社長)

 薄く延ばされた8層の生地は、専用の台に運ばれ、麺打ちの最終工程として、熟練の職人たちによる麺棒を使った「手打ち」が行われる。「それぞれの職人のやり方があり、打ち方によって形状が変わるので、合わせながら打ちます。このときの“打ち塩梅”で出来栄えが決まります」(香川社長)

 ひと口に「工場生産」と言っても、これほどの職人の技と経験がこめられていたとは驚きだ。果たして、そこまでやるだけの価値があるのか。「大切なのは、塩が抜けやすい麺をつくること。機械だけでやると塩が抜けない。だから、うどんが硬くなる。きちんとつくったうどんは、釜に入れると塩がさあっと抜けて、そのあとに湯が入り、芯から煮える。機械だけでやってしまうと粗悪な硬いだけのグルテンになってしまいますが、職人が鍛えながらやると、弾力のある上質のグルテンができる。そこを引き出すのが職人の腕です」(香川社長)

 では、美味しい「さぬきうどん」の条件とは、何だろうか。「さぬきうどんは、粘り、歯切れ、弾力の3つがないとダメ。粘りすぎず、歯切れがよく、噛み応えがあるもの。常に良いものをつくっていますが、そのバランスが最高と思えるうどんとは、年に1、2回しか出会えない。つくっては食べ、つくっては食べて、昨日の方がよかったと思えば、どうしてよかったのか考える。その積み重ねしかありません」(香川社長)

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コシがありエッジの立ったうどんは職人技が支えている

 最後に、丸亀のうどんとは何かと問うと、香川社長は噛みしめるように言った。

 「毎日毎日、うどんで明け暮れていますので……“讃岐の味と香りがするうどん”でしょうか」。

 中讃の丸亀には、本物の「さぬきうどん」をつくり続ける伝統の技と矜持が、いまも受け継がれている。

(文・写真/佐保圭、動画/寺尾豊)