ガラス文化の里

 澄んだ輝きと鮮やかな色彩―――ガラスの幻想的な美しさを堪能するなら、西伊豆町の宇久須がおすすめだ。

 西伊豆は古くから、全国でも有数のガラスの原料「珪石」の産地として知られていた。

 宇久須地区で珪石の採掘と珪砂の生産が始められたのは、およそ80年前の1939年。最盛期には、国内の板ガラスの約9割が、この地の珪石から作られた。2008年に採掘は終了したが、西伊豆の宇久須は、いまも「ガラス文化の里」と呼ばれている。

 その中心となる施設がガラスをテーマとした美術館「黄金崎クリスタルパーク」だ。

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クリスタルパーク外観とかつて珪石を採掘していた採石場

 現代の世界一流の作家たちのガラスのアート作品が常時展示され、陳列ケース越しではなく、真近に鑑賞できるのが、ガラス・アートのファンにとっては堪らない魅力となっている。ほかにも、万華鏡や鏡のオモチャが展示されたミラクル・クリスタル・ワールドのコーナーや高級クリスタル・ガラス「ラリック」の展示なども楽しめる。ショッピングゾーンでは、干支がモチーフの縁起物のガラス細工や、特産品の「かも風鈴」、ステンドグラスのランプなどが、お土産や贈答品として購入できる。

 そんな西伊豆の「ガラス文化の里」には、多くのガラス工芸作家たちが移り住み、工房を構えている。

 90年代半ば、西伊豆に移住してきたガラス作家たちによって編成された「西伊豆ガラス作家の会」は、合同イベントを行ったり、首都圏や東海地区で作品展を開催するなど、ガラス文化の普及に取り組んでいる。

 同会のメンバーでもある大阪府出身の辻晋吾さん、神奈川県出身の井田未乃さん夫妻は、2000年、山梨県から西伊豆町の宇久須に移り住み、ガラス工房「光箱(ライトボックス)」を構えた。

ガラス工房「光箱(ライトボックス)」の辻さんと井田さん
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吹きガラスの技法で制作中の井田さん

 2人の作品は、主に、熱で溶かしたガラスを吹き竿に巻きつけ、息を吹き込み、色合いなどでガラスの状態を見極めながら、形を整えていく「吹きガラス」の技法で作られる。

 「私の作るものには透明なものが多いですが、鮮やかなガラスの色も好きです」と言う辻さんの作品は、ガラスの澄んだ輝きと淡い色彩が絶妙なバランスを見せる。「山の緑、海の青など、自然の中ではいろんな色が移ろい変わっていく。私は、西伊豆に住んでいるからこそ感じられる色合いをガラスで表現したいと思っています。豊かな自然から感じるものをガラスの色のなかに取り入れて、その魅力を作品に反映させています」(辻さん)

 「自然からイメージや素材感のアイデアをもらって器にしています」と語る井田さんの作品の最大の特徴は、華やかだけれど、ナチュラルで飽きのこない色合いだ。「草木染めなど、日本の色は自然から来るものが多い。抹茶色、茜色、朱色……そういう昔からの日本の色が好きなので、組み合わせて表現しています」と井田さんは言う。

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辻さんと井田さんの作品

 「作品に表れる“赤”も、イタリアの“赤”ではなく、やはり日本の“赤”になる。この地に来るまで、あまり“海”のイメージは自分の中になかったのですが、ここでつくった作品には、海の中の種が育って渦巻いているイメージのものもあります。西伊豆にきてからは、そういう“自然”の色や形が余計に意識されるというか、作品に表れてくる。ここで生まれる作品は、より自然の方に引っ張られている感じです」(井田さん)

 本格的な窯を持つ「光箱(ライトボックス)」では、作品づくりのほかに、ガラス文化の普及の一環として、有料の予約制で、工房を訪れた人にガラス作り体験も実施している。  6歳以上であれば、熟練のスタッフの指導のもと、吹き竿に溶けたガラスを巻きつけるところから「吹きガラス」が体験できる。自分で選んだ模様や色でデザインされた世界に1つのオリジナルのガラス・タンブラーやペーパーウェイト、花びんなどを自らの手で作り、思い出の品として持ち帰ることができるので、ファミリーやカップル、子どもたちなどに人気が高い。

 辻さんは言う。「都会で生活するみなさんが、ほっとしたいときに『来たい』と思う環境にいるので、日々の生活の中で、とても癒されています。すごくプレッシャーの高い生活の中でつくっていると、なかなか思いつかなかったりすることも、気持ちがゆったりしているときには、それなりのものが考えられる。ここがいかに環境的に恵まれているかというのは、住んでいてこそ、初めてわかるものがあります」

 長い歴史と伝統によって育まれた西伊豆の「ガラス文化の里」は、ふだん何気なく使っている「ガラス」の奥に秘められた美しさや素晴らしさを再発見させてくれる場所として、数々の素晴らしいガラス工芸品を後世に残し、新たなガラス工芸のファンたちを生み出し続けている。

(文・写真/佐保圭、動画/寺尾豊)