伊豆特産、極上わさび

 駿河湾に面する西伊豆町は、魚介類や海藻類など、新鮮な海産物がふんだんに楽しめる地として全国的に知られている。

 しかし、美味しいのは“海の幸”だけではない。西伊豆町では“山の幸”にも魅力的な食材がたくさんある。その理由は、豊かな自然ときれいな水に恵まれているからだ。2018年3月には「静岡水わさびの伝統栽培」が国連食糧農業機関(FAO)によって世界農業遺産に選定されている。

 西伊豆町の美味しい湧き水が味わえる場所としては、伊豆半島の天城山系西麓に位置する大沢里地区の「わさびの駅」が有名だ。ここには、地下1000mから汲み上げた深層水を飲める取水場がある。この深層水は、日本の天然水では珍しい中硬水で、鉄分やカルシウムなどのミネラル成分を豊富に含んでいる。取水場では、3月、9月の第一火曜日の年2回の定休日を除いて、午前7時から午後7時まで、100円で2分間、約15リットルの深層水を汲むことができる。

 また、併設された売店では、朝採れの地場産品なども購入でき、食堂では、地元のわさびと鰹節を使った「山葵づくし丼」や、わさびの葉でくるんだ「山葵おむすび」なども食べられる。

山葵づくし丼
[画像のクリックで拡大表示]
山葵おむすび
[画像のクリックで拡大表示]
わさび
[画像のクリックで拡大表示]

 西伊豆町の“山の幸”の名産品「わさび」の栽培農家のなかでも、近年、注目を集めているのが、「わさびの駅」から国道59号線を車で20分ほど南西に走ったところにある「堤農園」だ。

 昭和3年に創業し、90年の歴史を誇る堤農園は、西伊豆町で最も古くから続くわさび農園の1つだ。

 現在、四代目としてわさびづくりに取り組む堤圭祐さんは、笑顔で語る。「堤農園のわさびの特徴は、辛味と甘味があること。ツーンと鼻に残る嫌な辛さでも、ただカーッっと辛いのでもなく、天然わさび特有の爽やかな辛味が鼻から抜けたあと、わさびが本来持っているふくよかな甘味が楽しめます」。

 この“極上のわさびの味わい”が生み出された背景には、堤農園のこだわりの栽培法があった。

わさび田
[画像のクリックで拡大表示]

 わさびづくりには、きれいな水と冷涼な気候が欠かせない。よって、わさびが栽培できる土地は自然と限られてくるのだが、採取した種から苗をつくるプロセスと、成長させてわさびをつくるプロセスが分けて行われることは、珍しくないという。

 しかし、堤農園では、自分の農園で採取した種子を使い、畑での苗づくりに7~8カ月、苗を沢に移して、わさびを収穫するまでに14カ月、じっくりと時間をかけて育てている。種子から苗を育成し、栽培・収穫・種子の採取まで一連のサイクルで自家栽培する独自のスタイルを活かして、堤農園では、初代から二代目へと、良質で美味しいわさびが追求された。

 とりわけ研究熱心な三代目の堤和夫さんが、良質の“わさび”を厳選しながら、30年にわたって品種改良に取り組んだ結果、いまの「爽やかな辛味とふくよかな甘み」の楽しめる「堤農園のわさび」がつくりあげられた。

わさび農家堤農園の四代目の堤圭祐さん
[画像のクリックで拡大表示]

 「わさびは湧き水で育てます。冬でも夏でも、水温は12度から14度の範囲で一定に保たれているので、一年じゅう生育します。そのため、沢の各ブロックの植え付け時期をずらすことで、季節に関係なく、わさびが提供できています」と四代目が説明するように、堤農園のわさびは、月4回のペースで出荷されている。

 わさびは傷に弱い繊細な植物であるため、植付け・収穫・洗浄などは、一本一本、すべて手作業で行われている。「最近は急激に気温が高くなっているので、黒い寒冷紗(遮光ネット)で日陰をつくって、水温が上がらないように注意しています」。

 そう四代目が説明するように、沢の水の温度管理はもちろん、落ち葉などで水路の水が滞らないようこまめに手入れするなど、非常に繊細な作業を手間ひまかけて日々続けることで、初めて、わさびが生み出されている。

 堤農園のわさびは、おろして刺身や肉料理の薬味として使うのはもちろんだが、わさび自体に独特の辛さと甘みがあるため、温かいご飯に鰹節と一緒にのせ、醤油をかけて、わさびの風味をシンプルに堪能できる『わさび丼』も絶品だ。

わさび本来の香りと甘みが感じられるわさび丼
[画像のクリックで拡大表示]

 また、堤農園のわさびは、茎まで美味しい。わさびと茎を贅沢に使った「わさび漬け」や、柔らかい茎のみを厳選した三倍酢漬けと醤油漬けなどの堤農園の加工食品も、お土産や贈り物として人気が高い。

 豊かな自然に磨かれた水で育った「堤農園のわさび」の辛さと甘さの絶妙なハーモニーは、西伊豆の“山の幸”の美味しさを見事に表現した逸品と言えるだろう。

(文・写真/佐保圭、動画/寺尾豊)