<香りバカ>なグルメリポーターが横行している

 気がつくと「あのー、そろそろラストオーダーで……」と勘定書を持った店の人が現れ、「皆さんのお話、奥が深いですねえ、てへへ」と声をかけてくる場合もある。「奥が深い」はやはり「ハイおしまい」の印だと納得して店を移る。

梶原:「お、昭和の匂いのするバーですね」

道浦:「昭和の匂い? 昭和の香り? どっちもいけそうですね」

梶原:「そうそう、その匂いと香りについて、ある新聞に書いてありました。最近、特に女性グルメリポーターが食べ物の匂いを香りって言うのがひっかかるって。記者が取材した街の声では、語彙不足を嘆く人、極端な方は<香りバカ>と断じて怒っています。カレーだの、ラーメンだの牛丼だの、思わず生唾が出るほどいとおしく身近な食品に、香りは無いだろう!って」

道浦:「(リポーター風で)あ、いい香りがしてきました。ウナギのかば焼きですね。お隣の定食屋さんからは焼き魚の香りも! 焼き鳥や焼き肉のおいしそうな香りも漂ってきましたー、って感じですか?」

梶原:「さすが局アナ! そうです、そうです。みそラーメンの香り。豚骨と魚介を合わせたような、ちょっぴりそそられる香りですって、どうなんですか? 食べ物に香りはちょっと違うような気もするんですが。香りは、バラの香り、茶の香りお線香の香りでしょう? 食べ物は、匂いだと思いますけどねえ。<におい松茸味しめじ>というぐらいで、高級食材でさえ匂いですよ」

飯間:「『シクラメンのかほり』で歌われたように、香りは高貴なもの。匂いより一段高いものとの認識なのかもしれませんね。匂いだって、例えばペギー葉山さんが爽やかに品よく歌ってますでしょう。<♪ツタの絡まるチャペルで~(略)ノートとインクの匂いー♪>。匂いが、ガサツだとか、下品ということはないんですね」

読み物なら誤解されることのない「匂い」と「臭い」

道浦:「最新の常用漢字改訂で<におい・におう>に当たる漢字で『匂い・匂う・臭い・臭う』が追加されたんです。それまでは『におい』の常用漢字はありませんでした。今は字で表現するとき<梅の花の匂い→いいにおい、魚の腐った臭い→悪いにおい>と文脈を読まなくても区別できるようになりました」

梶原:「なるほど! 読み物なら今は誤解されることはない。しかしテレビやラジオなど音声の場合は、『おいしそうな匂い』とリポーターが描写したつもりでも、『おいしそうな臭い』と誤解してテレビ局のお客様相談室に苦情の電話をかけてくる人がいるかもしれない(実際にそういう努力を惜しまない方がいるのも事実だ)。

<いっそのこと食べ物は全部、においはやめにして、かおりにしちゃえ。それにニオイよりカオリと表現する私の好感度がアップするかもしれないし。危険回避とイメージアップのためにも、においは封印、かおりでいこう!>

 このままいくと、納豆の香り、塩辛の香り、くさやの香りなんて言い出すリポーターも出て来るんじゃないかなあ」

 飲みながらつまみながら、「どうでもいいこと」で口角泡を飛ばし合うオヤジたち。全員がテーブルに辞書を広げながらグラスを空けていく姿。外から見れば異様かもしれない。熱い議論の割に、結論が平凡なこともある。これはこれで十分楽しい。「オタク」にとってワクワクするのはプロセスだからだ。

 「におい」も「匂い」と「臭い」では大分イメージが異なる。前者は「心地よいポジティブなもの」に使われ、後者は「くさくて嗅ぎたくない不快でネガティブなもの」に使われることが多い。汗や体臭など動物的な臭い(におい)に「フェロモン」を感じ、ジンとくる人だって少なくないのだから、匂いが良くて、臭いが悪いと決めつけるわけにもいかない。

 なお香りは、花や、香水、お香など雅なもののほか、「王朝文化の香り」「文学の香り」「昭和の香り」のように抽象的な記述に使われる。臭いと誤解されることがないから、グルメリポートを問題なくこなしたいと思う女性リポーターが、食べ物を一律に「香り」と言いたくなる気持ちも理解できないけわではない。