「活絞」は「いけじめ」か「いきじめ」か?

 「たしかに<奥が深いですねえ>を最近の若い人はよく口にします。面倒くさい目上に向かって目下が返す定型文として定着しつつあるんじゃないですか?」

 こうおっしゃったのは、大阪の読売テレビのアナウンサー道浦俊彦さん。『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)でおなじみ。日本語への見識の高さで知られている。

 そしてもう1人。国語辞典の編さん者で、三浦しをん『舟を編む』(光文社)の主人公のモデル(映画では松田龍平が演じた馬締光也)ではないかと噂される飯間浩明さん。『辞書を編む』(光文社新書)の著者であり、早稲田大学で日本語を教えている。

 今回は、私を含むこの3人のオヤジが都内居酒屋に集合したときのミニドキュメントもどきだ。NHK放送文化研究所の塩田雄大専任研究員はたまたまお仕事で欠席だったが、この4人は「日本語」という肴(さかな)があれば、AKB48や、ももクロ(ももいろクローバーZ)ファンに負けないぐらい「オタクな会話」で果てしなく盛り上がってしまう。マニアックな話題が苦手という方は、この先進まないほうがいいかもしれない。

 待ち合わせの時間に5分遅れて私が到着した時、お二人はメニューにあった刺し身の「活絞」という言葉を喜々としてデジカメに撮りながら、「いけじめ」か「いきじめ」かについて店主を交えて議論していたようだった。

 しかしそこに現れた私を見つけると、2人は笑顔で手を振り「こっちこっち、梶原さん今日のネタ、何かあります?」と、私の冒頭の愚問に話題を切り替えてくれたのだ。

言語オタクは細部にこだわる

飯間:「なるほど、“奥が深いですね問題”についてはさまざまな議論があります。私はハードな立場を取っています。すなわち学生たちに言い渡しているんです。<講義を聴いて、日本語は奥が深いと思いました>、こんなステレオタイプな表現でまとめた感想には点数がつきませんよって。どこが、どんなふうに奥深く、その趣のどこを評価しているのか? 今後どのように深く切り込んでいくのか明示しないで、<奥が深い>という定型文でまとめるのは安易すぎませんか」

梶原:「マニュアルチックな脊髄反応的返答をした時点で、考えるのをやめましたって宣言したのと同じですものね」

飯間:「私が点数をつけないと宣告している定型文があと2つあります。

<日本語は曖昧な言葉だなあと思いました>
<日本語の美しさを改めて感じました>

日本語を<曖昧><美しい>と言いながら、どの国のどの言葉と比べてどこがどういうふうに<曖昧>なのか、<美しい>のか。理由を示さないなら、それは意見にも答えにもなっていませんから採点不能なんです」

 他分野のオタク同様、我々も細部にこだわる。

梶原:「それに近いケースかもしれません。私は日本語を話す外国人を見ると、反射的にこんなふうに言う人が気になります。

<日本語はとても難しい言 葉なのによくそんなに上手に話せますね>

何を基準にどの国の言葉と比べて日本語は難しいと主張するのか。根拠なしの口からでまかせではかえって不誠実ではと思うのです」

飯間:「外国人留学生に聞くと、日本語は学びやすいという声をしばしば聞きます。日本語の母音は5つだけ。諸外国の言葉に比べ少ないほうだから発音上の問題もクリアしやすい。文法も比較的シンプルで、例えば、話す主体が男性か女性かによって動詞の活用や動詞そのものが変わる○○語。主語がほとんど明示されない△△語。一単語の拍数が日本語に比べ圧倒的に多い□語。さらに××語に比較しても……」

道浦:「歴史的に見てもウラル・アルタイ語族の言語体系は……スラブ系では……フン族の使用言語の系統について背景を見ると……」

梶原:「……まさに! 例えば尊敬・謙譲を日本語固有などと簡単に言い切ってしまう方は、英語におけるポライトネスのネガティブ・フェイス侵害回避を……」

 行きつ戻りつ、ああでもない、こうでもない。オタクにとってはたまらないひとときだ。