あるのは「今」と、輝いていたときだけという幸福

 通常われわれは「ああ、あの時何であんなことを⾔ってしまったんだろう」「なんでとっさにあのくらいのことができなかったのだろう」と過去の発⾔や⾏動、出来事をうじうじ悔やみ、「俺、これからどうなっちゃうんだろう」と将来への不安を抱える。

 だからこそ悩んだり落ち込んだりするのだ。⽗のように「いま、この場所で起きていること」と、かつて若かった、輝いていた時代の断⽚しか記憶にない、これは実にラッキー。こういう状況に近づけるためにカウンセラーはクライアントを前に知恵を絞るのだ。

 「ぼけ」が期せずしてそんな状況を作っている。よくもこれだけ理想的なぼけ⽅があったものだ。これまで「⽗親のようになりたい」とはあまり思ったことはなかったが、最近は「こんな⽣き⽅ができたら、どんなに幸せだろうな」とうらやましく思うことが多い。

 地震の恐怖や停電の不便さ、⺟の突然の死についてのリアルな記憶は無い。その⼀⽅で、 今住むボロ家を建てた30代後半の「栄光の時代」については事細かに覚えている。そのことを話すときが⼀番いきいきする。

 「このすぐ先の浜から投げ釣りをして、キスやイシダイがどんどん釣れて。釣って持ってきても⾷べきれるもんじゃないとは分かっていたけど⺟さんに⾒せたくて持ってきてな。ほめてもらうつもりが、『そんなにいっぱい持ってきて!』って怒られて。でも近所の⼈に配ったら、みんな喜んでくれた、ははは!」

 ご近所さんだって、実際には迷惑だったはずだが、皆さんいい⼈たちだったから笑顔で受け取ってくださった。

 ⽗は⼤分前から酒に酔ったりすると、そういうたわいない「⾃慢話」を繰り返したものだ。若い頃の私はそれがうっとうしくて「前聞いたよ、その話、もう何べんも」と冷たく退けたものだが、今は何度でも同じ話に付き合っている。それが私の介護のほとんどだ。

話したいことを聞いてあげることの重要性

 認知症の⽗に限らず、⼈は、聞いてほしい話をきっちり聴いてもらうことが⼀番楽しいということを、今は理解できる。特に、わずかに残された記憶の中で語る⾔葉には敬意を表せざるを得ない。この年になってやっと分かる。

 震災で⼀般のテレビコマーシャルが⾃粛される中、盛んに流されたACジャパンからのお知らせにとても印象深い詩があった。

 「こだまでしょうか」

 作者は、⼤正時代の詩⼈⾦⼦みすゞ。彼⼥の『てのひら詩集1』(JULA出版局)に「ばあやのお話」という作品がある。

ばあやはあれきり話さない。
あのおはなしは、好きだのに 。
「もうきいたよ」といったとき 、
ずいぶんさびしい顔してた。

 今は亡きおばあさんが何度も繰り返したあの話。幼さゆえに「またそれ?」と反応してしまったことを悔む思い。今話してくれるなら何度でも聞いてみたいという素直な追慕の思いを歌い込んでいると解釈した。

 私の92歳の⽗や、⾦⼦みすゞさんの作品にあるばあやの例はちょっと読者には遠い話に感じられよう。しかし、これは、認知症や⾼齢者だけに当てはまるものではないと思う。⼀般の⼈でも年⻑者は特に、若い頃の、輝いていた当時の話を聞いてもらいたいものだ。

 あなたの職場にもその⼿の⼈がいるかもしれない。何度も聞かされていてうんざりな思いをする「被害者」が「まったくもう、しょうがねえなあ」と、⾳を上げたくなることだってあるはずだ。

 しかし、話の内容云々の前に、後輩に⼼許し、ちょっぴり⽢えて⾃⼰を解放する先輩の得意満⾯な⾃慢話にお付き合いしてみることも、まんざら悪いことばかりではない。先輩の、過去の輝ける⼈⽣の⼀コマに共感しながら、⾃分の未来に思いをはせる瞬間があってもいいのではないか。

 「⾃分にとって、そんなふうに繰り返し語れるできごとって、なんだろうなあ」

 そう思えば「またこの話かよ」といらつく気持もちょっと変わってくるかもしれない。⼈⽣の先輩は今、構えることなくあなたに⼼を開いてくれている。後輩が、家族が、温かいまなざしであなたの「いつものお話」を笑顔で聞いてくれる⽇がある。そんな未来を信じて。

(写真:Fast&Slow /PIXTA)
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梶原 しげる(かじわら・しげる)
梶原 しげる(かじわら・しげる) フリーアナウンサー。1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』『毒舌の会話術』『プロのしゃべりのテクニック(DVD付き)』『即答するバカ』『あぁ、残念な話し方』『会話のきっかけ』『ひっかかる日本語』『新米上司の言葉かけ』ほか多数。近著に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)、『不適切な日本語』 (新潮新書)がある。