当記事はnikkei BPnetに連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2010年3月4日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています。

 バンクーバー五輪。日本人選手で一番悔しい思いをしたのは、スノーボードクロス日本代表、藤森由香選手ではないか。彼女はトリノで7位。「今度こそメダルを」との期待を背負っていたし、本人もその気十分だったはずだ。ところが、現地での公式練習中、着地に失敗、頭を強打。競技にでれるのかでれないのか、すったもんだの末、ドクターストップで、滑れないことになってしまった。

 おっと、ここまで読んで、違和感を覚えた人、不愉快になった人、激怒した人がいるはずだ。スノボー云々の前に、私の文章についてだ。「でれる、でれない」は「ら抜き」で、「間違った表現だ」とのご指摘でしょ? そう。ジャストシステムの日本語入力システム「ATOK」も赤文字で「ら抜き注意」の警告を2度も発していた。

 「でられる、でられないの、すったもんだ」とせよ命じてくるのだ。

 このように「ら抜き」に反発する声は、中高年層を中心に根強い。私も気になる。しかし、あえて「ら抜き」表現を使ったのは、彼女の名誉にかかわる「もう1つ別のやっかいな問題」が発生していた事実をより分かりやすくお伝えしたかったからだ。

(写真:yamasan/PIXTA)
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「ら抜き」を意識しすぎるとどうなるか

 若い世代は「ら抜きをしたら、口うるさいオヤジ世代の反発を買う」とでもいうのか、必要以上に「ら」を入れる「ら足し」に走るものが目立ち始めた。「ら足し」は「ら抜き」以上に問題だ! 私と同い年の細川たかしさんはかつて、「心のこり」という歌にまでして警鐘を鳴らしているほどである。

 ♪ら足しバカよねー、おバカさんよねー♪

 ら足し、じゃなくて、「わたし」? あ、そうでしたっけ!?

 実は、藤森選手の屈辱は、現地にいながら滑れない、というだけではなかった。本来なら自分が滑るべき雪の壁を前に、Tテレビ局の取材を受けた彼女。「滑れなかったのは残念」と悔しそうに答えていた。ところが、彼女の発言を、テレビの字幕では「滑られなかったのは残念」と「滑れる」を「滑られる」に「勝手に<ら足し>修正」した形で表示された。

 「やっぱり、腰パン問題は起こすは、前回五輪でもカメラを前に奇妙なアクションを見せひんしゅくを買うわ。そもそも、スノボー選手は問題だよなあ。『滑れない』って、案の定、ら抜きかよ。ま、話し言葉を変えることはできないから、せめて字幕で修正しておこうか」

 こんな文句をぶつぶつ言いながらテレビスタッフが字幕を書いたのかどうかは知らないが、「滑れる」といった彼女のいい方が、間違った「ら抜き表現」だと勘違いして修正したことは想像に難くない。ご存じの通り「滑る」の可能形は「滑れる」である。だから彼女になんの落ち度もない。

 間違ってもいないのに、間違いだと、勝手に修正されたせいで、日本人の何割かの人は、「藤森選手は、ら抜きのお馬鹿さん」との印象を持った人がいたかもしれない。「おバカさん」はT局テロップ担当と、いまだにテレビ局を信じる「お人好し」だというのに。