当記事はnikkei BPnetに連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2008年5月1日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています。

 新人時代の研修で忘れられない思い出がある。

 当時の私の教育担当は御法川アナウンサー。あの、みのもんた氏であった。深夜放送の名物DJとして既に名を成していたから、その名人芸を伝授してもらえると期待していた。

まず教わったのは放送局への入り方

 研修初日。朝9時に玄関前に来るように、とだけ言われていた。10分前に到着して待っていると、すぐに先輩が現れた。

 「まずは、局の入り方から教えよう」
 「ハイ?」

 いくら新人とはいえばかじゃないんだから(ま、ばかでしたが)局に入るぐらいはできますよ、と口には出せず、一瞬むっとする私。

 「いいか、俺のやり方をよく見ておけ」
 「あ、はい…」

 そう言うと、みの先輩は正面玄関ではなく脇の通用口から入る。その奥には運転手さんたちが待機している車両室がある。事件があればいつでも中継車やハイヤーを出せるようにしておく24時間体制の職場だ。夜勤明けで皆さんお疲れ。テンションは当然低い。

 先輩は、そんなオジサンたちの中にするするっと入り込んで二言、三言、声をかける。いきなり「ドッカ―ン」という笑い声とともに、「みのは本当にまあ、ばかなんだから。はははは」という運転手さんたちのうれしそうな声が聞こえてくる。

 徹夜勤務のどよーんとした空気を一変させたみの先輩。満面の笑みとともに、今度は、ちょっと気どった表情で正面玄関に座る受付嬢に声をかける。と、すまし切った表情をぐしゃぐしゃにして体をよじって笑い転げる彼女たち。「やーだあ、みのさんたらぁ」。

 「おいおい、なんだこりゃ(私のつぶやき)」

 さらに喜々として廊下を進む。向こうから朝のそうじを終えたおばさまたち。待ってましたと声をかける先輩。「みのチャンはもう、いつもエッチなんだからあ! ぎゃはは」と、ほうきで振り払うふりをしながらも大笑い。

 「何がどうなって、こうなってるの?(私の心のつぶやき)」

 こんなふうに、あちこち寄り道。社内に笑いの渦を巻き起こしていく。いよいよ目的地のアナウンス部に入る直前に振り向いたみの先輩は、初めて真顔で私にこう言った。

 「見たか梶原。俺たちアナウンサーの仕事はな、マイクの前だけじゃないんだ。職場全体をあっためていく。それが重要な任務なんだ」

 残念なことに30年以上も前の私は未熟で、「自分の能力発揮のためのお膳立ては自分でやれ」という先輩の貴重なメッセージを受け止めるだけの器量を持ち合わせてはいなかった。

あなたはいい先輩にめぐり会えましたか?(写真:xiangtao/PIXTA)