今では予備校で英語のスピーキング授業を行ったり、英語の先生やネイティブのALT(外国語指導助手)を相手に英語で研修をしたりすることもある安河内哲也先生。きっと最初から語学のセンスが高く、あまり苦労することもなく語学力を身に付けたのだろうと思いきや、聞いてびっくりの“秘話”が続出。今や“カリスマ英語講師”とも言われる安河内先生だが、出発点はよくある日本人のレベルだったという(信じられる?)。さてさて、最終回は安河内先生がいかにして現在のような英語達人の領域にたどり着いたのか、その習得ストーリーを語っていただきました。

安河内哲也(やすこうち てつや)。上智大学外国語学部英語学科卒。東進ハイスクール、東進ビジネススクール英語講師。通訳案内士。『英語は「体」で勉強しなさい!』(中経の文庫)他多数
[画像のクリックで拡大表示]

平均レベルだった、小・中・高校時代

 私は1967年、福岡県北九州市に生まれました。当時、北九州市はスモッグがひどく、家族は公害を避けるため、同じく福岡県の遠賀郡遠賀町へ引っ越し、幼稚園から高校まで、地元の公立学校へ通いました。近所の子供たちが通っていたローマ字とフォニックスを教えてくれる塾には通っていましたが、中学に入るとき、英語に関して言えばローマ字が読める程度でした。

 けれど、ちょうどその頃、『スター・ウォーズ 新たなる希望』が公開され、それを見たのが、英語に興味を持つようになったきっかけです。同時にいくつもの洋画を見るようになり、中学2~3年の頃には、ビリー・ジョエルやビートルズ、クイーンの『オペラ座の夜』などをものすごく聴くようになりました。

 当時、偏差値50台後半くらいの県立高校へ進学しましたが、英語は得意でも苦手でもなかった。ほかの教科があまりできなかったので、それに比べれば、英語だけはまあまあできるっていう感じ。ですから、今でも高校の同級生に会うと、「あの頃、俺のほうがお前より英語できたよな」と言う人がたくさんいます。その程度の英語力だったんです。

 他の教科に興味がなく、英語が好きだったこともあり、大学は英語学科を目指しました。現役時代の受験では希望の学部に合格できなかったので、浪人することにしました。でも、英語に対する最初の大きな一歩が、この浪人時代でした。

 予備校の英語の先生が、音を中心に教えてくれたんです。単語を学ぶときは、単語の発音を聞いて、自分で発音し、例文を音読するという勉強方法です。浪人生は勉強するしかやることがないので、多くの学生が自習室で勉強をしていましたが、自習室では声を出せません。そのため、私は自宅や公園などで文法や単語の例文、長文などを声を出して読み上げ、覚えました。

 値段は高かったけど、カセットレコーダーを買って先生の発音を録音したり、『ケネスのわくわく速読教室』なんかをやったりして相当勉強しましたね。そうして耳と口を動かしながら勉強するようになったら上達の速度が上がり、中高6年間ではそれほど英語力は進歩しなかったのに、予備校の最初の半年で6年分の遅れを一気に取り戻し、追い越してしまいました。模擬試験で、全国3位になってしまうなんていう大当たりも出たほどです。その後も幸運が続き、希望の大学の英語学科に合格できました。

最初のステップアップは、声に出して話すことの重要性を知った浪人時代だった(写真:123RF)
[画像のクリックで拡大表示]