吉田拓郎のDNAを継承する奥田民生の「旅歌」

――そうやって「鉄旅」でさすらっているときに合う曲って、ありますか?

スージー:難しいですね。

――さっき話された鉄旅では、どんな曲を聴いてました?

スージー:あぁ……そんときはね、北陸から山陰でしたから、僕は吉田拓郎を聴いていましたね。

マキタ:それこそ『落陽』(1973年発表、ライブアルバムに収録。作詞:岡本おさみ、作曲:吉田拓郎)とか?

スージー:そう、『落陽』とか。

〽 しぼったばかりの夕陽の赤が
 水平線からもれている
 苫小牧発・仙台行きフェリー
 あのじいさんときたら
 わざわざ見送ってくれたよ

マキタ:いぃねぇ。

スージー:吉田拓郎には旅の歌が多い。さっきも言いましたが、70年代、若者たちの旅行欲求はすごく高くて、あのとき吉田拓郎のこの歌にそそのかされて、苫小牧発仙台行きフェリーに乗った人間はかなり多いと思うんですよ。

マキタ:(無言でうなずく)

スージー:襟裳岬に行った人間も多いと思うんですがね。

マキタ:多いだろうね。

――1974年に森進一が歌って大ヒットした『襟裳岬』も、作詞が岡本まさみ、作曲が吉田拓郎の作品ですよね。

スージー:何回か前の対談で話した「山下達郎=落合博満」論とか「沢田研二=江夏豊」論みたいに、この「吉田拓郎=奥田民生」にも、奇妙な符合があるんですよね。

――どんな符号ですか?

スージー:まず、拓郎と民生は同じ高校の出身。

――そうなんですか?

スージー:広島県立広島皆実高等学校です。

マキタ:顔も相似形ですよね。

スージー:あっ、似てますよね。発声も少し似てません? ちょっとダミ声っぽいっていうか、澄んではいない声で、飾らず、ストレートに歌うっていう。

――似てますね。

スージー:これだけの逸材を二人も輩出しているので、私は皆実高校を「広島ロック界のPL学園」って呼んでます。

一同:(爆笑)

あの人(奥田民生)、なんかのらりくらりしているようで、ちゃんと芯がある……
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スージー:なので、これは邪推かもしれませんが、奥田民生が「さすらい」的な曲を歌うのは、吉田拓郎のDNAが影響してるんじゃないかって。

マキタ:それって、あるんじゃないかなぁ……。

スージー:吉田拓郎は二面性があって、非常にポップで都会的な曲を作って、ビートルズの洋楽性を日本の音楽界にもたらした人間でもありながら、日本の土着性っていうんでしょうか、そういう曲もたくさん歌っている。

マキタ:それって「個人と組織」みたいな符号でもつながってこないですか?

スージー:はい、はい。

マキタ:かつて、民生さんはSMAの顧問だった。吉田拓郎は「フォーライフ・レコード」の社長になっている。

――フォーライフ・レコードは、1975年、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、小室等らが設立したレコード会社ですね。最初の社長は小室等で、1977年、吉田拓郎が2代目の社長に就任した。

スージー:ですね。

マキタ:そういう意味では、完全に……。

スージー:ビジネスの先端ですね。