日経トレンディネットと新宿の「TSUTAYA BOOK APARTMENT」によるコラボレーションイベント「ビジネスの極意は漫画家に学べ」。TSUTAYA三軒茶屋店の書店員でありながら数々の作品を全国的ヒットに導いてきた“仕掛け番長”栗俣力也氏が人気漫画家を毎回TSUTAYA BOOK APARTMENTに招き、ビジネスやコンテンツづくりの極意を聞き出す企画だ。第2回のゲストは、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で2015年11月から2017年8月まで連載され、話題を読んだSF漫画『AIの遺電子(アイのいでんし)』の作者・山田胡瓜氏が考える、AIとビジネスの共存とは?

山田胡瓜氏(写真右)。プロフ入る
山田胡瓜氏(写真右)。プロフ入る

TSUTAYA三軒茶屋店 栗俣力也氏(以下、栗俣): 今回、改めてコミックの装丁を見ましたが、素敵ですね。個人的には特に1巻と8巻が好きです。

山田胡瓜氏(以下、山田): 女性がもう少し手に取りやすい表紙でもよかったかもしれないとも思いました。SFは女性は手に取りづらいという印象があると思いますが、SFであることを意識せずに楽しく読める内容を意識していたので。この表紙、個人的には好きなんですけどね。

栗俣: 読む人によって読み方が変わる漫画ですよね。深く読み取ろうとするとすごく深くなるし、SFに詳しくない人でもヒューマンドラマとして感動できるという点が面白いと思います。

山田: ありがとうございます。

栗俣: なぜこのテーマで漫画を描こうと思ったのでしょうか。

『AIの遺電子』の舞台は人間、ヒューマノイド、ロボットが存在する近未来。ヒューマノイドを治療する人間の医者を主人公に、人間とヒューマノイドの考え方の違いによって起きる問題をヒューマンタッチで描いたオムニバス漫画。全8巻
『AIの遺電子』の舞台は人間、ヒューマノイド、ロボットが存在する近未来。ヒューマノイドを治療する人間の医者を主人公に、人間とヒューマノイドの考え方の違いによって起きる問題をヒューマンタッチで描いたオムニバス漫画。全8巻

山田氏: 率直に言ってしまうと、ネームが通ったから(笑)。別にAI(人工知能)が描きたくて漫画家になったわけではなく、描いている漫画の1つにこのテーマがあって、編集長のオーケーが出たというわけです。だから、もしかすると全然違う漫画を描いていた可能性もあります。

 AIをテーマにした漫画を思い付いたきっかけは、デジタル系の媒体で記者をやっていた経験から。モバイル系の記事を長い間担当していましたが、次第にAIとかディープラーニングといった言葉を聞くようになりました。取材を通してバーチャルリアリティーやAR(拡張現実)のようなものが世の中を変えることもあるのではと思うようになりました。かけているだけで何かの詳しい情報が見えてしまうメガネや、街を歩いているだけでもいろいろな情報がオーバーレイされて見ることができるのかもしれない。SiriやAlexaのようなものは、当時まだそんなに出ていなかったですが、いつかそういう世界が来るだろうと考えていました。そう思うと、SFの世界って日常だと思ったんです。

 公安の人がサイバーな世界を駆け回るというのはフィクションだけれど、Alexaに向かってしゃべりかけるのはフィクションではない。だから、日常にSFというかAIや未来のテクノロジーがあるということを漫画で描くと、いつかは時代とシンクロするだろうし、いろいろな人の共感を得られるのではないかと思いました。

AIがあろうがなかろうが、工夫しないと生き残れない

栗俣: 先日、わが子の友だちと話していたら「なぜ大人は天気予報をテレビで見るのかが不思議だ」と言われたんです。「携帯に聞けば分かるじゃん」と。なるほど、と思いました。

山田: 携帯電話というのを手に入れたことによって、生活が変わりましたよね。待ち合わせも、「何時にどこ」と事前に約束していたのが、今はもう待ち合わせすらせずに電話をして「今ここにいるから来て」というやりとりをするようになりました。技術が発達することによって人間の生活が変わるというのを自分でも体験してきましたし、仕事でもそういうことを記事にしてきました。これから世の中がどんな風に変わるのかをシミュレーションするのが、面白いというか好きなので「(実際にそういう未来に)なるかどうかは分からないけれど、取りあえず考えてみよう」という感じで描いていました。

栗俣: 僕が一番好きなエピソードは『人間の仕事』(第59話。コミックの6巻に収録)。結末にある「人間らしい仕事ができるすき間」という言葉がずっと心に残っています。人間の仕事はこの先どのように変わっていくと思いますか。

山田: 「人間の仕事をAIが奪うから失業する」「この業種が危ない」という話はよく聞きますよね。自動運転が普及するとタクシーの運転手はいらなくなるという人もいたりする。でも、未来のタクシーの運転手の姿というのはあると思うんですよね。話術に長けた運転手だったり、占いができたり、何でもいいですが、運転はしないけれども運転手でいるという工夫のしようはいくらでもあると思います。大道芸みたいな気分でタクシー運転手をやっていくという可能性もあるわけです。

 「こういう芸をやっています。あなたの移動時間をちょっとハッピーなものにしませんか」と。乗った人がマジックを見て、「ああ面白かった。ありがとう」と言って、普通の自動運転よりちょっと高めのお金を払うとか。まあ、本当にそうなるかというのは別だけど、考え方としてはあると思います。

第59話「人間の仕事」のひとコマ
第59話「人間の仕事」のひとコマ

 AIがあろうがなかろうが、工夫しないと結局生き残れないわけですよね。出版業界も同じだと思いますが、新しいテクノロジーがやって来たのに見て見ぬふりをして、自分たちが今まで築いてきたものをずっと同じようにやっていくのであれば、最終的には消えてしまうのは仕方がないと思います。AIは関係ないんです。

 どんな業種であれ、「工夫しよう」という気持ちがまず必要。だから、人間の仕事というエピソードでいうと、「トイレ掃除はロボットに任せればいい」というのが一般的な考え方かもしれません。でも「花を置いたらみんなが安らぐんじゃないか」とか「必要以上にきれいだと嬉しい」とか、そういうことに気付くのは人間だと思います。掃除をするためにつくられたロボットにはできないこと。

 業種ではなく、自分の仕事がどういう価値を持つかというのを考えて、そのために創意工夫していくということが、これからAIが出てくる時代において、大事になってくると思います。

AIは「歴史が塗り替わるチャンス」でもある

栗俣: さきほどのマジックをするタクシー運転手は、まさにすき間ですよね。

山田: 最初はすき間かもしれないけど、みんなそうじゃないですか、世の中って。だって、パソコンだって最初はすき間だったわけですよ。誰もそんなものが本当に必要になると思ってなかったわけですから。「家にこんなコンピューターがあったって何に使うんだ」と。でも、そこのすき間にきっと何かあると思って一生懸命開発していったから普及していったわけです。

 だから、チャンスなんですよ、AIの登場って。歴史が塗り変わるチャンスですから。職がなくなる、つらい、みたいな考え方もありますが、むしろ世の中が引っかき回されるチャンスだから新しいことをしたいと考えている人にとっては、いい時代だと思います。漫画だって、今はアシスタントさんを使っているけれども、もしかしたら絵を描けなくてもそれなりのものをつくれるようになるかもしれない。アニメだって、原画をある程度用意すれば中継ぎは全部勝手にやってくれるみたいな時代になるかも(笑)。

 中継ぎしかできない人にとっては、無職になるかもしれないという話ですが、「才能はあるけれどもつくれない」「アニメーションの世界に属してないから無理」だという人にとっては、チャンスなんですよ。自分で創意工夫してやっていこうという気持ちを持っていれば、きっとチャレンジするだけの甲斐があることがどんどん出てくると思います。だから、それを探すためにAIの情報をいろいろ収集していくといいと思います。「自分の仕事と絡めるなら、どういうことが考えられるか」みたいな。

続編にあたる『AIの遺電子 RED QUEEN』第1巻は2018年4月6日に秋田書店より発売予定
続編にあたる『AIの遺電子 RED QUEEN』第1巻は2018年4月6日に秋田書店より発売予定

どんなAIが必要か議論する時期が来ている

栗俣: 『AIの遺電子』を読んでいると、ヒューマノイドやAIに対して脅威のようなものはまったく感じないんですよ。むしろこういう未来がやってくるというのが楽しみになるような作品だと思います。

山田: 未来のシナリオは1つではないですよね。フィクションの役割として、さまざまな可能性を見せることで人が何を選択したいのかということを考える手助けになると考えています。

 映画『ターミネーター』にもターミネーターの役割というのがあって、ああいう世界になる可能性はないとは言い切れないと思います。そういう世界にしたくないのならどういうAIをつくっていけばいいのか、そもそもつくったほうがいいのかつくらないほうがいいのか、さまざまな議論をしないといけない時期にきているとは思います。

 こういう話を描いているけれど、意外と悲観的というか、危機意識を持っていないといけないとは思っているんですよ。だから、本当にこういうふうにどんどん進んで行ってもいいかというと、そうではなくて、その都度よく考えてステップを踏んでいかないといけないのではないかと思うことはあります。

 現時点で格差がどうこうという話がありますよね。AIが出てきたら、もうそれどころではなくなるわけです。普通の資本主義にAIが出てきたら。

 でも、進化は止められないし、競争の中でどんどん進んでいってしまう。「AI止めた」とか「もう俺は車に乗らない」とか「縄文時代に帰る」とか、無理ですよね。だから、いいことばかりではないけれど、なるべく良い未来にしていこうというヒントのようなものを感じてもらえたらと思って描いています。

栗俣: 今の僕たち次第というわけですね。

山田: でも、インターネットも結局そうだったじゃないですか。いろいろな犯罪にも使われたりもしますが、インターネットで幸せになっている人もいる。オフ会で知り合った人と結婚しましたとか。励まされたり、今までできないことができるようになったりとか、ポジティブな面もたくさんあるわけです。AIも同じように両面があると思います。そのバランスをどうやって人間がコントロールしていくのかが重要です。

(構成/樋口可奈子、写真/稲垣純也)

山田胡瓜氏のサイン会を下記の通り開催します。
日時:2018年4月14日(土)14:00~

会場:TSUTAYA三軒茶屋店(03-5431-7788)
予約開始日:4月8日
TSUTAYA三軒茶屋店にて単行本を購入した先着50名が参加対象。発売日以降は電話予約もできます。
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