2016年末に発生したキュレーションマガジン事業の不祥事をきっかけに、社員の意識改革に取り組んできたディー・エヌ・エー(DeNA)。ゲーム事業では『逆転オセロニア』などのヒットタイトルの運営を中心にした業務から脱皮し、常時10本程度の新規タイトルを開発できる体制を整え、停滞していたゲーム事業の再出発に挑む。eスポーツ事業についても、自社で持つ野球やバスケットボールなどのプロスポーツ事業と連動する形で前向きに取り組む考えだ。2017年からゲーム事業全体を統括する松井毅執行役員に2018年の方針について聞いた。
(聞き手/渡辺一正=コンテンツ企画部、写真/稲垣純也)

●松井毅(まついたけし):ディー・エヌ・エー 執行役員 ゲーム・エンターテインメント事業本部 事業本部長 兼事業戦略室 室長。2001年にアルバイトとして入社以降、DeNAが運営するEC/Webメディア/コミュニティコンテンツ配信プラットフォームなど、さまざまなサービスにおける企画業務全般を担当。2012年より執行役員として各種事業、組織マネジメントを担当
●松井毅(まついたけし):ディー・エヌ・エー 執行役員 ゲーム・エンターテインメント事業本部 事業本部長 兼事業戦略室 室長。2001年にアルバイトとして入社以降、DeNAが運営するEC/Webメディア/コミュニティコンテンツ配信プラットフォームなど、さまざまなサービスにおける企画業務全般を担当。2012年より執行役員として各種事業、組織マネジメントを担当

ゲーム事業の再定義からスタート

――2017年を振り返って、どのような年でしたか?

松井毅氏(以下、松井氏): 会社全体で見ていろいろありましたが、どのような価値の提供を目指して、何を作っていけばいいか、という根本的な部分を再定義して、再出発する1年になったと思います。

 ゲーム事業では、オリジナルタイトルとして、2年前にiOS、Android端末向けにリリースしたドラマチック逆転バトルゲーム『逆転オセロニア』に改めて注力しようとプロモーションした結果、比較的順調に伸びました。2017年12月にiPhone/iPad、Android端末向けにリリースしたRPG『メギド72』は、大々的なプロモーションをしていないものの、遊んでいただいているお客様の反応を見ると結構順調にいきそうだと捉えています。

『逆転オセロニア』
『逆転オセロニア』
おなじみの「オセロ」が進化した対戦バトルゲーム。プレーヤーが盤上に置いたオセロの駒からさまざまなキャラクターが召喚され、ハラハラドキドキのドラマチック逆転バトルが展開される。2018年2月には1900万ダウンロードを突破 (C) DeNA Co., Ltd.
『メギド72』
『メギド72』
主人公の少年ソロモンが、伝説の指輪の力で従えたメギド(悪魔)と共に、「フォトン」と呼ばれるエネルギーをめぐり勃発する、世界の危機に立ち向かうオリジナルストーリーを楽しめるフォトンドリヴン世界救済RPG。2017年12月にリリースしたDeNAオリジナルIPとなるタイトル (C) DeNA Co., Ltd.

――再定義したのはどういう点でしょうか。

松井氏: DeNAでは、事業計画を立案しているときに、どこの企業と協業タイトルを何本、オリジナルタイトルを何本作りましょうという話になって、数値目標ありきで物事を考える癖がついていた気がします。

 そうではなく、我々は本当はどんな価値の提供を目指していたのか、というミッションありきの視点に立ち返ってゲーム事業を考え直そうとしています。ただ、ゲーム事業全体で「同じミッション」を掲げることはそう簡単でありません。例えば、「Mobage」というゲームプラットフォーム事業ではプラットフォーマーとしての役割と内製ゲーム提供者としての役割があります。その一方で、他社IPでビジネスをする「協業ゲーム」事業では、より強力なIPをお預かりし、協業を円滑に進める役割があります。

 それらの事業や新規IP開発事業も含めて、全員で共有できるようなミッションを1つ提示するだけでは、どうしても曖昧になりがちで、社員に理解してもらいにくくなります。だから、各事業単位でミッションを作ることに加えて、さらにその下にある各部門でもビジョンを掲げ、それらに基づいてしっかり物事を決めていこう、と考えました。

 私が管轄しているゲーム開発部門は全部で5つあるのですが、それぞれで「どういうモノの作り方をするのか」とか「どういう価値を提供したいのか」といったビジョンを言語化し、そのために何をすべきで何をしないのか、ということを3カ月くらいかけて定めました。個別のビジョンは外部に出していませんが、それらのビジョンとセットでゲーム事業全体として「記憶と歴史に楽しみを刻む」というミッションを掲げました。

甘えを排除して、リリースできるタイトルを厳選

――その社内改革に取り組まれて半年近くたちましたが、成果はいかがでしょう。

松井氏: 成果は出てきていると思います。例えば、あるゲーム開発部門では「前代未聞」というキーワードをビジョンの1つに掲げ、その方向に沿った開発姿勢に変化してきています。これまでなら従来のゲームから発想した企画であっても、きちんとした内容の企画なら、数値目標を達成するためにゲーム開発を進行させていたと思います。

 しかし、改革後は、自分たちが掲げた「前代未聞」というビジョンにそぐわない企画は(成功する可能性があっても)ことごとくリジェクトされるようになりました。数値目標達成のためだけに余計な時間を使わなくなりましたし、ビジョンにそぐわない企画は視点を変えて考え直すという体質に変わってきたのです。

――ビジョンに縛られ自主規制することで、提案する企画本数が減り、結果としてチャレンジできる可能性が減ったりはしませんか。

松井氏: 自主規制によって起案する数が減るという事態は避けるべきことです。ただ、今回は逆でした。起案すべき軸(ビジョン)が明確になったため、改革前よりも逆に提案数が増えたんです。これは喜ぶべきことです。

 もう一つ、「チャレンジする数を絞り込みすぎていないか」という懸念もありますが、これまでの開発体制が普通の状況ではなかったのかもしれないという考えに至りました。以前は、ゲーム企画を起案して制作を始めたら、意地でも作りきってリリースしようという意識が強すぎたと思っています。

 協業している他のゲーム会社の様子を聞くと、起案から最後まで生き残ってリリースできるゲームの数(割合)はDeNAの感覚よりももっと少なかったのです。我々の場合は「ここまで作ったんだからリリースしようよ」という意識があって、それが甘えにつながっていました。ずっとお客さんに遊んでもらい続けられる自信があるタイトルだけに絞って出さなければならない、という普通のゲーム会社なら当たり前のスタンスに変わってきました。

 ただ、ベンチャー気質というのか、元来のネット企業ならではの良い部分も必要です。何もかもギチギチに官僚的に運営しても、そこからミラクルは生まれないでしょう。普通なら大手ゲーム会社はチャレンジしないだろうという内容の企画であってもチャレンジできる感覚は持っていたいです。

モバイル×アプリ市場からいつでも変化できる体制を構築

――新規開発しているゲームタイトルはどのくらいありますか。

松井氏: 今期からゲーム事業全般を受け持つことになったのですが、引き継いだ時点では既存タイトルの運営強化にフォーカスしていて、新規タイトルの開発はほとんどない状態でした。そこからスタートして、現在は10本以上の新規タイトルを仕込んでいる状態です。実際にリリースできるタイミングにバラツキはありますが、常時10本程度を新規で開発できる体制になったと思います。

 昨今の働き方改革というテーマもありますから、単純に仕事量を増やすのではなく、開発人員を増やすようにしています。これまでリリース後のゲーム運営に9割以上のリソースを割いていたとすると、それを運営に7割、新規開発に3割くらいで振り分けているのが現状です。目指すのは5:5くらいの組織状況です。

 現在、運営や開発を含めたゲーム事業部門全体では国内外で合計約1500人が在籍しています。開発人員を急激に増やしたというよりは、働き方を変えていくことで開発人員が増えてきたという印象です。社会的に責任ある立場にある会社という意味からも、あらがうことなく素直に働き方改革を実行しています。

――少し前に、新規開発はブラウザーゲームではなく、ネイティブアプリゲームにシフトする、というお話がありました。

松井氏: 4~5年前、ネイティブアプリにシフトするという号令を出した時点では、(ネイティブアプリが主戦場になる)ゲーム市場のトレンドから遅れている状態でした。当時はブラウザーゲームのプラットフォームであるMobageで成功を収めていて、その中でヒットしているブラウザーゲームもありましたから、このビジネスは一定期間続くと楽観的に考えていたんです。そこで得られた知見を活用すれば、ネイティブアプリ市場でもすぐキャッチアップできると甘く考えてもいました。

 結果として出遅れてしまったネイティブアプリ事業を加速するために、何をしていいか見当もつかなかったので、とりあえず数を作るぞ、となったんです。60本は作ろうという掛け声の下、ゲーム開発経験者や未経験者問わずに、開発総動員して30本くらいは何とかリリースできました。そこからヒットしたと言えるまでになったのは、2~3本ですね。この4~5年間の開発費や運営費などの回収には時間を要しましたが、現在になってようやく完了できたイメージです。ただ無理矢理でもネイティブアプリにシフトしたことは、結果的に良かったと思っています。

――逆にブラウザーゲーム市場は残存者利益がある状況になっている可能性もあります。再びブラウザーゲームに注力することはあるのでしょうか。

松井氏: 寡占化している現在のネイティブアプリ市場でつらい思いをするくらいなら、ビジネスの規模が小さくなったとしてもブラウザーゲーム市場で頑張る、という考え方は理解できます。しかし、我々はそもそもの事業規模が大きくなってしまったという要因もありますが、売り上げは少ないけれど利益率がいいからブラウザーゲーム市場への注力を続けるという考え方はしませんでした。

 ブラウザーからネイティブアプリへのシフトが遅れてしまった過去の経験がありますから、周辺の動向は目を皿にして見ています。例えば、中国や欧州などでブラウザーゲームがしっかりと顧客を獲得できているなら、すぐにネイティブアプリをブラウザーゲームへポーティングする、といった技術的なキャッチアップや市場トレンドの変化への準備は進めています。

 開発費だけ切り出してみれば確かにウェブ技術を使ったブラウザーゲームの方が安く済むこともありますが、ネイティブアプリの他プラットフォーム配信もかなり容易になってきていますから、その優位性を重視しています。

――ブラウザーでもネイティブアプリでも、マルチプラットフォームで提供できるという意味ですか?

松井氏: コンテンツ開発側から見るとほぼ大丈夫です。ブラウザーゲーム市場でも、ネイティブアプリ市場でも、PCでも、モバイルでも、どのエリアが主戦場になっても対応できる技術は一応培っています。現在は、「モバイル」×「ネイティブアプリ市場」のエリアでビジネスしていて、少し前は「モバイル」×「ブラウザーゲーム市場」が主戦場でした。これらに加えて「PCなどの固定機」×「ネイティブアプリ市場」もしくは「ブラウザーゲーム市場」のエリアがトレンドになるなら、すぐそこでビジネスできるような態勢を作っています。

野球などのスポーツ事業との協業も視野に

――eスポーツに対する取り組みについて教えてください。

松井氏: eスポーツについては他のゲーム会社も話題にしていますし、DeNAとしてもスポーツ事業がありますから、ゲームと組み合わせてやっていこうという話を社内で積極的にしています。ただ、eスポーツ向けゲームを開発するのか、eスポーツチームを作るのか、リーグを作るのかなど、選択肢が増えているので、戦略をきちんと立てたいと思っています。個人的には、DeNAが持つスポーツチームと組み合わせた何かをしたいですね。

――ということは野球、マラソン、バスケットなどと組み合わせるということでしょうか。

松井氏: そうしたスポーツチームと連携した何かができればと思います。ただeスポーツに対してプレーヤーが本当に何を求めているのか見えてこないと、何をすればいいか判断が難しいです。プロゲーマーや関係者向けのソリューションはそれに合わせて一緒に作っていけるのですが。

――『逆転オセロニア』は、結構eスポーツっぽい要素がありますね。

松井氏: そうかもしれませんが、eスポーツを意識して作ったわけではないですから。開発者たちに言わせると、「eスポーツ向けのゲームを作るなら、オリンピックタイトルになるようなものを作るつもりじゃないとイヤだ」と(笑)。今のゲームの延長線上のまま、グローバルで成長していくというストーリーは、現時点では描いていません。本当にやるなら、最初からオリンピックを狙って作りたいというのが開発者たちの思いですね。

 モバイルゲームにはそれ単体でマネタイズするタイプと、それ以外もセットでマネタイズするタイプがあると思います。中国や韓国、北米ではプレーヤーの文化が違いますし、eスポーツ市場の構成(誰がどのようにお金を払うのかという流れ)も結構バラバラだと思っています。日本に至っては、eスポーツ市場がまだまだ立ち上がっていませんから、何をどう作るという明確な方向性は見えていません。eスポーツチームを作ってリーグも立ち上げるとか、どこかのリーグに所属するというだけであれば、そう遅くないタイミングでできると考えていますが、その先が何につながるのかが見えていないと思うんですね。

 YouTuberという存在が広まったのも、「自分も何かできそう」という身近さに、子どもたちが憧れているからではないでしょうか。eスポーツのプロプレーヤーのプレーをどのような状況で見れば「俺もなりたい」と日本の子どもたちが思ってくれるのか、正直まだ分からないです。自分のプレーとの差がすごくあれば尊敬してもらえると思うのですが、それだけで感じてもらえるのか……。

 プロ野球選手やプロサッカー選手のように、プレーだけでなく人となりや、ステータス、そういったもの含めてトータルでやっぱりすごいと感じてもらえるようになれば、eスポーツは文化として成立すると思います。ゲーム開発側やeスポーツ興行側の都合それぞれだけで動いてもあまり盛り上がらないのではないか、という気がしています。

――スタープレーヤーが必要というわけですか。

松井氏: そう思いますね。“ニワトリと卵”ではないですが、さまざまなモノが掛け合わされて、徐々に作られていくものです。とりあえず我々も動いてみますが、プロプレーヤーを作ってそこでおしまい、というふうにならないように、育て方やマネジメント、プレーヤーに何を提供できるのか、ということまでコーディネートしていかなければならないでしょう。

 野球やバスケ、マラソンなどのプロスポーツ選手を活用する方法も、うまくいけば面白いですが、最初の施策をはずしてしまうとすごく痛いじゃないですか。周囲の動きから遅れないようにしつつも、拙速に進めて「もっと選手を大事に使ってくれよ」とファンに思われないように、慎重に動きたいですね。

――2018年はどのように展開したいですか。

松井氏: 再定義をしてから開発を始めたゲームは、2018年末~2019年初めにやっと出始めるスケジュールです。そういう中で、2018年は、ビジョンに沿った企画開発に注力する時期になると考えています。

 新規IP開発やプラットフォーム事業も新たに見ていく立場になったので、全体を一緒に展開するような、いわゆるメディアミックス的な動きも考えています。マンガやアニメ、ゲーム、それ以外のコンテンツや商材などを含めて、いろいろな形でお客様に触ってもらえるようにしたいです。そうした連動性のあるオリジナルのゲームタイトルやキャラクターを作っていこうと現在仕込んでいます。その1つでも人気が出れば、その後も自信を持っていろいろなことができるようになると思います。

 大手ゲーム会社が培っているブランドやオリジナルIPは、ゲーム会社としてとても大事です。我々もゲーム事業を十何年も続けていますが、そういう“大事なもの”がないんですよね。IPを開発すると決めて、やり続ける覚悟が足りていなかったんだと思っています。これからは、その覚悟を持って事業を進めていきたいです。

ディー・エヌ・エーの松井毅執行役員
ディー・エヌ・エーの松井毅執行役員
日本ゲーム産業史
ゲームソフトの巨人たち
日本ゲーム産業史 ゲームソフトの巨人たち


コンピュータゲームが誕生してから半世紀あまり。今や世界での市場規模は10兆円に迫る一大産業の成長をリードしてきたのが日本のゲーム会社だ。ベンチャー企業であった彼らが、どのように生まれどうやってヒットゲームを生みだして来たのか。そして、いかにして苦難を乗り越え世界で知られるグローバル企業になってきたのか。その全容が日経BP社取材班によって解き明かされる。

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