岡島博司氏
岡島博司氏
トヨタ自動車 先進技術統括部 主査 担当部長(前TOYOTA RESEARCH INSTITUTE チーフ・リアゾン・オフィサー)

 TREND EXPO TOKYO 2016の開幕を飾るのは、トヨタ自動車の基調講演。同社が米国に設立した人工知能(AI)関連の研究所「TOYOTA RESEARCH INSTITUTE」の前チーフ・リアゾン・オフィサーで、現在は先進技術統括部 主査 担当部長の岡島博司氏が、トヨタ自動車のAIへの取り組みについて講演した。

 「AIには多くの人が期待していることでしょう。でも、今あるAIは、みなさんが期待するような万能なものではないんです」と、岡島氏は話し始めた。より汎用度の高いAIを目指して、さまざまな企業や研究者たちが競うように取り組んでいるのが、まさしく「今」なのだという。

 「我々が目指しているのは、安全でスムースに、そして自由に移動できる社会です。(AIを活用した)自動運転技術は、そんな社会の構築のために役立つのではないかと考えています。例えば先日もお年寄りのドライバーが、小学生をひいてしまうという痛ましい事故が起こっています。そうしたお年寄りの方々は何が衰えてきていて、彼らのどこをサポートすれば事故が防げるのか、ということを(トヨタ自動車では)検討しています。お年寄りなどに安全で自由な移動を提供する手段として、自動運転技術が期待されています」

 だが、現段階では安全運転機能にカテゴライズされる技術を、いち早くクルマに組み込んでいくことのほうが重要だと岡島氏。

 「レーダーやレーザーなどを使って障害物や歩行者を検知していくような、一つひとつの要素技術を逐次搭載していけば、完全な自動運転車が出来上がらなくても事故は減らせます。それぞれの技術を採り入れていくことで、より多くの事故を減らすことができれば良いという考え方です」

 とはいえ、より高度な自動運転車の実証用車両で、高速道路や一般道でも試験を始めている。だが、岡島氏は「今目指しているのは、あくまで人がまったく運転に介入しない完全な自動運転ではない」という。

 トヨタ自動車が目指しているのは「人とクルマが協調して助け合う、仲間のような関係が築けるようなクルマです。例えば、ドライバーがイライラしている状態では、事故リスクが高まります。そうしたときに、クルマがそっと運転のサポートをしてくれるようなものを考えています」

ベンチャー企業と有機的に連携することが必要

 これまでの安全技術は、技術や部品を個別に積み上げて開発するものだった。だが、AIやビッグデータを応用すれば、より安全なクルマをつくるためのイノベーションが起こり、その結果、社会そのものが変わっていくのではないか――。そんな社会を実現するために立ち上げたのが、AI関連の研究所「TOYOTA RESEARCH INSTITUTE」なのだという。

 「自動車産業が変わって来ているという危機意識からTOYOTA RESEARCH INSTITUTEは設立されました。GoogleなどのITプレーヤーが参入することで、ビジネスモデルや技術へのアプローチが変化している。我々の新たなビジョンは、AI技術を製品開発に生かすだけでなく、サービスの開発基盤として活用することです。モノづくりの企業だったこれまでとは違い、ハードとソフト、そしてビッグデータなど、サービスを提供する企業へと脱皮しようとしています」

 そのためには、IT関連の人材を集めることはもちろん、これまでの垂直統合的な自前主義をやめ、「ベンチャー企業などと有機的に連携することが必要」という。「これは大きな変化の兆し」と岡島氏。安全でスムース、自由に移動できる社会の実現を目標に、「5年後にはAI界において世界トップの技術レベルに到達することを目指す」と力強く語り、講演を締めくくった。

(文/河原塚英信、写真/中村宏)

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