米議会の公聴会後に流した、うれし涙

 約90分の講演を聴いて最も印象に残ったのが、章男社長の「素直さ」だった。

 講演の冒頭で流された47秒間の映像は、2010年2月、米国における大規模リコール問題で章男社長が米議会の公聴会に呼び出された時のものだった。4時間にわたって厳しい質問を浴びせられ、へとへとになった章男社長を待っていたのは、章男社長を激励するために米国内の販売店や工場などから集まったトヨタの関係者たちだった。

 「どうかこれ(公聴会で起きたことやメディアで報道されていること)がアメリカのすべてだと思わないでほしい。私たちはトヨタが大好きだ。後は我々に任せてくれ。あなたは何もしなくていい。私たちがトヨタのクルマを売るから」

 この言葉を聞いた章男社長の口はみるみる一文字になり、歯を食いしばるも涙がこぼれた。その後、手で額を覆い隠すようにして、下を向いて泣いていた。

 「この時の涙はどんな涙だったのでしょうか」。小谷氏が聞くと、章男社長は真剣な表情でこう答えた。

 「悔しいとか悲しいとか、そんな涙ではない。単純にあれは、うれし涙でした」。このうれし涙までには、章男社長が豊田章男だったからこその「苦悩」があった。

真剣な表情で小谷氏の質問に答える章男社長(写真:栗原克己)

記者が豊田章男だったらグレていた

 突然ではあるが、読者の皆さんは、「もし自分が豊田章男だったら」と考えたことがあるだろうか。記者は講演を聴きながら、もし自分が豊田章男だったら、どんな人生を送っていただろうと、思いをはせてみた。

 まず、高い確率でグレていたと思う。常に周りから「豊田家のお坊ちゃん(お嬢ちゃん)」として見られ、褒められることをして当たり前。逆なら「ここぞ」とばかりにバッシングを受ける。

 トヨタに入社するなんてとんでもない。ましてや社長になるなんて。トヨタ自動車は世界に35万人の社員を抱える超大企業だ。自動車産業は裾野が広い。社員の家族、取引先の社員に、そのまた家族…。そうした関係者を加えれば、ものすごい人数の人生を自分一人で背負うことになる。そんなプレッシャーは耐えられない。社長は適当な人にお願いし、自分はクルマとは全く関係のない世界で生きていたことだろう。

 でも、章男社長は会社を継ぐことを選んだ。