あらゆるモノがインターネットにつながるIoTの世界で、重要な位置を占めるのがモバイルネットワークだ。移動体通信事業者(キャリア)として国内最大手のNTTドコモが、IoT時代に向けて目指しているのが、端末に挿入する「SIMカード」の新しい形の実現。NTTドコモ・R&Dイノベーション本部 移動機開発部長である德弘徳人氏に、IoT時代に向けたSIMのあり方とその取り組みについて話を聞いた。

德弘徳人(とくひろ・のりひと)氏<br>NTTドコモ R&Dイノベーション本部 移動機開発部長
德弘徳人(とくひろ・のりひと)氏
NTTドコモ R&Dイノベーション本部 移動機開発部長
87年にNTT(日本電信電話)入社、92年にNTT移動通信網(現NTTドコモ)へ。プロダクト部担当部長、移動機開発部担当部長をはじめ、移動機通信ソフト開発、移動機通信プラットフォーム開発などを歴任。15年より移動機開発部長(現職)

そもそもなぜSIMが必要なのか

――3Gや4Gのネットワークを利用するのに、なぜSIMが必要なのでしょうか。

現在、一般的に使われているNanoサイズのSIMカード
現在、一般的に使われているNanoサイズのSIMカード

德弘氏: SIMはもともと、欧州のキャリアが集まって標準化された(規格が定められた)ICカードです。現在はキャリアの業界団体などが参加しながら、ETSI(欧州電気通信標準化機構)によって規格が取りまとめられています。NTTドコモもこれらの団体に参加し、標準化にも取り組んでいます。

 SIMを用いる最大の理由は、ネットワークのセキュリティーを担保するためです。契約しているユーザーだけがネットワークを利用できるよう、固有のIDなどをSIMカードに登録しておき、確認する。そのためにSIMが必要なのです。

――標準化団体に参加し、SIMの標準化に積極的に携わっているのはなぜですか。

德弘氏: 自社で新しいサービスを展開するときに、それに対応する機能をSIMに追加するよう、提案ができるからです。すでにサービスは終わってしまいましたが、スマートフォン向けの放送サービス「NOTTV」を展開する時も、地上波デジタル放送でいうところの「B-CASカード」と同じような機能をSIMカードの中に入れており、SIMカードを挿入することで放送が受信できる仕組みとなっていました。こうした仕組みも、あらかじめ標準化団体に働きかけたことで実現したものです。

――現在に至るまで、SIMはどのような変化を遂げているのでしょうか。

德弘氏: ドコモのSIMに関して言うと、3Gが始まった当初のSIMでは国際ローミングができませんでした。途中からSIMカードのバージョンが上がり、ローミングができるようになったという違いがありますね。その後も先に触れたNOTTVへの対応や、NFCでの決済利用時などに必要となる「セキュアエレメント」への対応など、SIMにはさまざまな機能追加がなされています。

 ちなみにドコモの場合、提供するSIMのバージョンによって色が変わっており、最新のものは「バージョン5」です。とはいえユーザーにとって最も分かりやすい変化は、通常サイズのSIMからマイクロSIM、ナノSIMへとサイズが小さくなっていることではないでしょうか。

キャリアのSIMカードは、サイズの違いだけでなくバージョンの違いもあり、色やデザインで区別できるようになっている
キャリアのSIMカードは、サイズの違いだけでなくバージョンの違いもあり、色やデザインで区別できるようになっている

端末とSIMを分離する「ポータブルSIM」

――SIMの利用スタイルを変える新しい取り組みとして注目されるのが、Cerevoの「SIM CHANGER⊿(シム チェンジャー・デルタ)」に採用された「ポータブルSIM」です。どのような製品なのでしょうか。

Cerevoが製品化し販売する「SIM CHANGER⊿」。17年3月までに出荷開始の予定で、一般販売の価格は1万5000円前後を予定(写真:Makuake)
Cerevoが製品化し販売する「SIM CHANGER⊿」。17年3月までに出荷開始の予定で、一般販売の価格は1万5000円前後を予定(写真:Makuake)

德弘氏: Cerevoに提供したポータブルSIMの技術では、“本物”のSIMを装着した親機と、SIMカードサイズのデバイス「psim proxy」をBluetoothで接続し、親機からSIMの情報を送ることができます。この技術を活かしたSIM CHANGER⊿を使えば、1台のスマホで複数(最大4枚)のSIMカードを切り替えて使えます。

「子機」のカードをスマホに差して使う(写真:Makuake)
「子機」のカードをスマホに差して使う(写真:Makuake)
SIMの切り替えはスマホアプリから行う(写真:Makuake)
SIMの切り替えはスマホアプリから行う(写真:Makuake)

――ポータブルSIM自体は14年に発表され、各種イベントなどで展示もなされていました。製品化を実現する上でのブレイクスルーはどこにあったのでしょう?

德弘氏: 実は開発当初、ポータブルSIMの子機はスマホに内蔵していました。ですが内蔵するとなるとスマホの内部に手を加えなければならず、メーカーの協力が必要になってしまいます。

 そこでSIMカード型のBluetoothデバイス「psim proxy」を開発し、スマホにそれを挿入することで、端末を問わず対応ができるようになりました。psim proxyの発想が生まれたことが、製品化に大きく影響していますね。

――SIM CHANGER⊿はドコモ以外のSIMも利用できる仕様ですが、なぜそのような製品に協力するに至ったのでしょう?

德弘氏: ポータブルSIMの基本的な仕組みはできていたのですが、なかなかいいユースケースがありませんでした。実はポータブルSIMは元々、「1つのSIMで複数のデバイスを利用できるようにする」という、全く逆の発想の下に開発していたものなのです。

 ですが最近、「格安SIM」と呼ばれるMVNOのSIMが急増したことや、海外旅行の際に現地のSIMを購入して利用するニーズが高まっています。そこでCerevo側から、ポータブルSIMの技術を活用してそうしたニーズに応えるものがあれば売れるのではないかという提案があったことから、SIM CHANGER⊿の開発に至りました。

 確かにSIM CHANGER⊿は他社のSIMも利用できますが、元々ヘビーユーザーをターゲットにしている製品であり、市場規模は限られています。ドコモが直接製品を手掛けるとなると、何百万というユーザーを対象としなければならないため、さまざまな判断が必要となります。このため、ライセンス提供というかたちで協力に至ったわけです。

SIMカード不要!? 「eSIM」とは

――もう一つ、IoTに向けた取り組みとして注目されるのがeSIM(Embedded SIM、組み込み型SIM)です。こちらについては、TREND EXPO TOKYO 2016にて、詳しくお伺いできればと思います。

(文/佐野正弘 photo/近森千展)

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