「Yahoo! JAPAN」をはじめとしたネットサービスと、さまざまなIoTデバイスを繋げることで便利な使い方を提案する、ヤフーのIoTプラットフォーム「myThings」。ポータルサイトで知られるヤフーが、なぜIoTへの進出を図るのか。そしてヤフーはIoTで何を実現しようとしているのか。TREND EXPO TOKYO 2016での登壇に先駆け、ヤフーの執行役員・CMO(チーフ・モバイル・オフィサー)である村上臣氏に、myThingsを提供するに至った背景や狙いについて話を聞いた。

村上臣(むらかみ・しん)氏<br>ヤフー 執行役員・CMO(チーフ・モバイル・オフィサー)
村上臣(むらかみ・しん)氏
ヤフー 執行役員・CMO(チーフ・モバイル・オフィサー)
2000年8月に企業合併に伴いヤフー株式会社に入社し、「Yahoo! モバイル」の開発に従事。ソフトバンク株式会社によるVodafone Japan買収に伴い「Yahoo! ケータイ」サービスやフィーチャーフォン端末の開発なども担当。インターネットと携帯通信事業の双方に関わりながら、近年はY! mobile事業の立ち上げ、IoTサービス「myThings」や自社のアプリ戦略の推進に注力している

スマートフォンのアプリが現実世界に飛び出すIoT

――ヤフーがIoTに取り組むに至った経緯について教えてください。

村上氏: ヤフーはインターネットを通じて社会に貢献することを使命としており、インターネットが利用できる機器に向けた事業はすべてポジティブに捉えています。これまでもPCだけでなく、「iモード」や「iPhone」の登場を受けてモバイル向けのサービス提供に力を入れてきました。

 IoTも同様で、モノがインターネットに接続するのであれば、そこにヤフーのサービスが届くようにしたいという思いがあるのです。ソフトバンクグループ全体でも、ロボット、AI、そしてIoTを成長要素として盛り込んでいますから、ヤフーでもその中でできることがあれば検討していきたいと考え、形になったのが「myThings」です。

「myThings」のiPhoneアプリの画面。右の画面のように、「トリガー」となる機器・サービスを登録し、それをきっかけに起こる「アクション」を設定する。例えば、この画面の例では、ウエアラブル機器「Jawbone UP」でカウントした1日の歩数が1万歩を超えていたら(トリガー)、Twitterにその日の歩数を投稿する(アクション)、という動作を設定している。このように、クラウドを通じてIoT機器・サービス同士を自由につなげられるのがmyThingsの最大の特徴
myThingsでトリガーやアクション先として登録できる機器・サービスは40以上もある
myThingsでトリガーやアクション先として登録できる機器・サービスは40以上もある

――なぜ、IoTのプラットフォームに力を入れるのでしょうか。

村上氏: 私はこれまで、通信とインターネットサービスを行き来しながら弊社の事業に取り組んでいましたが、どちらの分野の視点から見ても「これからIoTが来る」と感じていました。IoTのデバイス1つ1つは、一見すると単純な機能を提供するものに過ぎないように見えるかもしれません。ですが実はそれらは、スマートフォンのアプリの1つ1つが現実世界に飛び出したものに近いのではないかと捉えています。天気を知る、ニュースを読むといったように、我々が普段アプリを立ち上げてチェックしているようなことが、デバイスを見るだけでチェックできるわけですから。

――スマートフォンのアプリが現実の世界に飛び出すことで、何が起きると考えていますか。

村上氏: これまでのPCやスマートフォンは、操作するために人間側に一定のスキルが求められるなど、人間がマシンに合わせていました。ですが現在はセンサー技術が非常に発達しており、IoTデバイスをさまざまな場所に設置して、温度や湿度などの多彩な情報を取得できるようになっています。そうしたセンサーの情報をディープラーンニングと組み合わせることで、機械が空気を読んで人間に合わせるようになるのではないでしょうか。

ヤフーがIoTプラットフォームを手掛ける強み

――IoTによる新しい時代を実現する一歩としてのmyThingsですが、どういった点に力を入れて設計されたのでしょうか。

村上氏: 一番重要だと思っているのは、色々なモノがつながっていく中で、これまでできていなかった体験を作り上げることです。ユーザー数を増やすなら、単にネットサービス同士をつなげるだけでなく、つなげるデバイスのラインアップの幅も広げる必要がある。myThingsでは、「BOCCO」などの対話型ロボットや、学習機能を備えた赤外線リモコン「iRemocon」など、幅広いラインアップのIoT製品に対応することを重視しています。

ユカイ工学の対話型ロボット「BOCCO」。myThingsを通じて、今日の天気予報などの情報をBOCCOが声で伝えることができる。シャープの「ともだち家電」シリーズでも同様のことができる
ユカイ工学の対話型ロボット「BOCCO」。myThingsを通じて、今日の天気予報などの情報をBOCCOが声で伝えることができる。シャープの「ともだち家電」シリーズでも同様のことができる

――現在、myThingsはどのようなユーザーに利用されているのでしょうか。

村上氏: myThingsは現在のところ、工作系のユーザーやメーカーの人たちなど、リテラシーの高い人たちがコアファンとなって支えている状況です。

 元々日本人は、最初からあるサービスをカスタマイズするのが苦手で、何かと何かを組み合わせて便利にするといっても、「何をしていいか分からない」と答える人が多い。それではサービスの利用が広まりませんから、さまざまな組み合わせを「おすすめ」「特集」などの形で提示することで、myThingsの利便性を理解してもらい、利用を広げていきたいと考えています。

myThingsのアプリでは、旅、防災などのテーマでIoT機器・サービスの連係の例を紹介。例えば、旅行先でホテルに到着するたびに家族にメールを送る、津波警報が発令されたらBOCCOが「逃げよう」と発話する、などといった設定が可能

――ヤフーがIoTのプラットフォームを展開する上で、何が強みになると考えているのでしょうか。

村上氏: Yahoo! JAPAN IDの月間アクティブユーザーは約3400万人で、さらに月額の有料会員は約1700万人います。それゆえ認証からデバイス管理、決済に至るまで、既に多くの人が利用しているIDを用いて簡単に実現できるのが、大きな強みといえるのではないでしょうか。

 しかもYahoo! JAPAN IDを活用することで、ユーザーのログイン状態や決済情報だけでなく、さまざまな行動データを蓄積できる。そこにIoTデバイスがつながることで、ユーザーに対してより精度の高い提案ができるようになる。そうしたデータを持つ強みが、IoTにおいても生かせるのではないかと思っています。

――今後myThings、ひいてはIoTの利用を広げる上で、どのような点に力を入れるべきと考えていますか?

村上氏: 我々はハードウエアを手掛けているわけではありませんので、ハード面は得意とする企業に任せて、あくまでその上のレイヤーのビジネスに徹したいと考えています。

 そこで大きな課題となるのは、データマイニング(データ解析を通じた知見の獲得)ですね。IoTでは今まで取得できなかったデータが取得できる分、データも指数関数的に増えてしまいます。またプライバシーとなる情報も多く扱うこととなるため、ユーザーのプライバシーをいかに保持するかというのも、大きな課題となってくるでしょう。そうしたデータをいかに処理して、有益な情報を提供するかが、弊社としてのチャレンジになってくるのではないでしょうか。

(文/佐野正弘、photo/近森千展)

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