「トレンド先取り! ヒットアラート」では発売直後の売れ行きが好調なもの、これからヒットしそうなものを編集部が厳選! 「市場分析」「商品開発」「コミュニケーション」といったマーケティングの観点から分析する。

 今年に入って製薬各社から“物忘れ改善薬”をうたう商品続々と発売されている。これまで「記憶力をサポートする」サプリメントや機能性表示食品は市場にあったが、第3類医薬品として薬局やドラッグストアで販売されるのは初めてだ。

 発売のきっかけは、2015年12月に厚生労働省が特定の生薬に物忘れ改善の効果があるという“お墨付き”を与えたことだ。「これまで風邪や去痰の煎じ薬として認可されていたイトヒメハギという植物の根を乾燥させた生薬の『オンジ』が、近年の研究によって中年期の物忘れの改善に効能があることが明らかになった」(厚生労働省厚生労働省医薬・生活衛生局担当者)ことからオンジを使った医薬品が開発できるようになった。

 医薬品が加わることで、サプリメントを含めた「物忘れ・記憶力改善」市場はどのように変わっていくのか。物忘れ改善薬を発売したロート製薬と小林製薬、そして記憶力を維持する機能性表示食品を扱うアサヒグループ食品に話を聞いた。

次のページから「物忘れ改善薬」市場を分析
■【小林製薬】「小容量でトライアルを増やす」
■【ロート製薬】「年齢ではなくライフスタイルに合わせた訴求が必要」
■【アサヒグループ食品】「医薬品の登場でサプリメントへの興味が拡大」

物忘れ対策をしている人は多いが、「9割は効果に不満」

 小林製薬は2017年6月28日にオンジを配合した物忘れ改善薬「ワスノン」を発売した。

「ワスノン」28日分168錠入り、3700円。7日分42錠入りで1000円のパウチとの2種類で展開
「ワスノン」28日分168錠入り、3700円。7日分42錠入りで1000円のパウチとの2種類で展開

 同社が40~79歳の男女にアンケートを取ったところ、老眼、体力低下に次いで、物忘れが気になると答えた人が多いことが分かった。そのうちの約半数が運動や食事の改善など何らかの対策をしているが「効果が感じられないという不満を抱えている人が9割もいる。改善が見込める医薬品が必要だと考えた」と同社のヘルスケア事業部マーケティング部 漢方・生薬グループの福田覚ブランドマネージャーは話す。

 小林製薬によると、オンジの物忘れの作用機序は以下の図の通り。加齢による神経細胞の萎縮と記憶力に関わる神経伝達物質アセチルコリンの減少によって記憶力は低下するが、オンジには神経細胞の萎縮を改善し、アセチルコリンの量を増やす効果があるという。ど忘れや以前と比べて記憶力が落ちたという感覚は、人によっては30代でも感じることがあるかもしれない。しかし、「あくまでも加齢による記憶力の低下に効果があるので、マーケティング上のターゲットを45歳以上から70代としている」(福田ブランドマネージャ-)。また、「オンジ自体に独特のえぐみがある」(同社)ので、顆粒や細粒は避けて錠剤を採用。1回2錠ずつ、1日3回を継続して飲むことを推奨している。

資料提供/小林製薬
資料提供/小林製薬

 「物忘れの薬は本当に効くのかという疑問を感じて問い合わせてくる人も多い。調査でも『商品に興味があるが、効果が信じられない』と答える人が多かった」(福田ブランドマネージャー)。テレビCMも放映するが、あくまでも商品認知のツールとし、作用機序を理解してもらって購買につなげるために新聞やウェブ広告に力を入れていきたいとしている。

小容量でトライアルを増やす

 消費者が手を出しやすいように、1週間分で1000円の小容量も展開する。漢方を用いた医薬品の場合、錠剤のサイズや匂いなどが自分に合っているか試したいという声が多いという。1週間では効果を感じにくいかもしれないが、トライアルサイズ購入者のリピート率が高いというデータもあるそうだ。独特の匂いによって敬遠する人も多い漢方薬ならではの考え方だろう。

 物忘れ対策の商品はすでにサプリメントが数社から発売されているが、ブレークには至っていない。その理由を福田ブランドマネージャーは、「サプリメントが市場を作れなかったのは消費者にとって価格が高過ぎたのではないか」と分析。そのため、ワスノンは価格をやや控えめに設定したと話す。「サプリメントは将来のための予防として使うもの。一方、医薬品は物忘れのせいでアクティブに活動できないことにストレスを感じる人がターゲット。作用機序を伝えながら『物忘れは改善できる』という認知を広め、サプリメントでは作りきれなかった市場を作りたい」(福田ブランドマネージャー)。

■変更履歴
「症状が気になるであろう45歳以上から70代に効くとうたっている」としておりましたが、正しくは「マーケティング上のターゲットを45歳以上から70代としている」となります。お詫びして訂正いたします。[2017/10/6 15:30]

「中高年」とひとくくりにはできない

 ロート製薬は、2017年4月に「キオグッド顆粒」を発売した。同社プロダクトマーケティング部の墨田康男マネージャーは、「錠剤は砕かないと飲めないという高齢者も多い。鎮痛剤など必要なときだけ飲む薬と違って、漢方は継続して飲む薬。そのためには飲みやすさが重要と考えて顆粒にした」と話す。また、1日3回服用するため、携帯しやすい分包を採用している。

「キオグッド」10日分30包入り、1800円
「キオグッド」10日分30包入り、1800円

 小林製薬とは違い、ターゲットの年齢は絞っていない。50歳以上が一つの目安としているが、「70~80代で物忘れに悩んで飲む人もいれば、50~60代で予防として飲む層もいる。中高年ということでひとくくりにはできない」(墨田マネージャー)という理由からだ。最近は資格取得や習い事を積極的に行うアクティブシニア層が増えている。ダンスを習っているが振り付けが覚えられない、クロスワードパズルをもっと楽しみたいといった理由で手を伸ばす可能性もある。「年齢ではなく、ライフスタイルに合わせた訴求が必要」(墨田マネージャー)とし、新聞やテレビなどで立体的に広告を展開する。

 さらに、「物忘れに興味を示してもらうためには、『自分ごと』があったほうがいい。アクティブに生活していくための商品とひもづけていきたい」(墨田マネージャー)。店頭では、育毛剤やビタミン剤などの中高年の購買率が高い商品と関連づけるだけでなく、カフェインやブドウ糖のタブレットと並べて「資格試験対策」として訴求することも提案しているという。

医薬品の登場でサプリメントへの興味が拡大

 一方、記憶力サポートのサプリメントを扱うアサヒグループ食品は、物忘れ改善薬の登場をどう捉えているのだろうか。

「シュワーベギンコ イチョウ葉エキス」30日分90粒入り、4900円
「シュワーベギンコ イチョウ葉エキス」30日分90粒入り、4900円

 同社ヘルスケアマーケティング部の山本直樹担当課長は、医薬品の登場によって市場全体が盛り上がるのではないかと考えている。記憶力を維持する機能があるイチョウ葉エキスを用いた「シュワーベギンコ イチョウ葉エキス」は2008年4月に発売。60~70代がボリュームゾーンだったが、2016年2月に機能性表示食品としての取り扱いを始めたことで50代の構成比が上がり、売り上げが上昇(栄養補助食品としての販売も継続)。さらに、ロート製薬のキオグッドが発売された2017年4月以降にも売り上げが大きく伸びたという。その理由を「記憶力に対する消費者の興味が増した結果ではないか」と山本担当課長は分析する。

サプリメントは市場で生き残れるか

 小林製薬と同様に、医薬品であることがサプリメントとの大きな差異であり強みであるとロート製薬も考えている。だが、「キオグッド発売前はサプリメントからのスイッチが多いのではないかと考えていたが、実際は7割がサプリメントを経由しない新規ユーザーだった。漢方が得意にしてきた『未病(病気ではないが健康でもない状態)』ユーザーが取れているのではないか」と墨田マネージャーは分析している。

 物忘れ改善薬が店頭で盛り上がることで、サプリメントの存在を知るという人もいるだろう。墨田マネージャーは、サプリメントと医薬品の違いを理解して選ぶユーザーも多いのではないかと話す。同社ではサプリメントと医薬品両方のカテゴリーで関節痛に関する商品を取り扱っているが、売り上げは同程度。サプリメントに物足りなさを感じていた人は薬を、薬に抵抗感がある人はサプリメントを選ぶのではないかと考えているそうだ。医薬品とサプリメントのどちらを選ぶかはユーザー次第だが、記憶力の低下や物忘れに悩む人にとって選択肢が広がったのではないだろうか。

 一方、物忘れは症状によっては認知症の可能性もあるため、厚労省は医療機関の受診もうながしている。「アルツハイマー型認知症などは脳の器質的障害による不可逆的なもの、つまり元には戻せない状態であるのに対し、物忘れは対処できることもある」(厚生労働省老健局総務課・認知症施策推進室)。気になる症状がある場合、まずは医療機関で認知症の心配はないと診断されてから市販薬やサプリメントを試すというのも一つの手だろう。

(文/樋口可奈子)

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