2016年3月に、スマートフォンやタブレットなどスマートデバイス向けのアプリ『Miitomo(ミートモ)』をリリース。米ナイアンテックと任天堂の関連会社のポケモンが協力して開発した位置情報活用ゲームアプリ『Pokemon GO』も世界中で高い人気を呼ぶなど、ゲーム専用機一辺倒の路線から踏み出した任天堂──。2017年3月には新型ゲーム機「NX」の発売も控える同社の今後の開発戦略はどのようなものか。宮本茂同社代表取締役クリエイティブフェローとともに、ソフト開発を指揮する同社取締役 常務執行役員の高橋伸也企画制作本部長に、今後の展望を聞いた。 (聞き手/降旗淳平、写真/菅野勝男)

高橋 伸也(たかはし・しんや)
高橋 伸也(たかはし・しんや)
任天堂取締役常務執行役員企画制作本部長
1963年11月9日生まれ。1989年4月任天堂入社。2012年7月企画開発本部副本部長、2013年6月取締役(現任)企画開発本部長に就く。2014年4月開発応援本部担当、2015年9月、新設の企画制作本部長(現任)、ビジネス開発本部・開発総務本部管掌(現任)に。2016年6月常務執行役員(現任)
※編集部注:『Pokemon GO』は「e」の上にアクサンテギュが付きます。

任天堂の提供する遊びを広く知らしめたい

──今年3月にスマートデバイス向けアプリ『Miitomo』をリリースし、年内にもアプリをあと2タイトル、『ファイアーエムブレム』と『どうぶつの森』をリリースします。来年3月には新型ゲーム機「NX」の発売が控えています。御社のゲームやアプリをまたいだ総合的な開発方針はどのようになっているのでしょうか。

高橋伸也氏(以下、高橋氏): これまではゲーム専用機とそのゲーム機で遊ぶための専用ゲームソフトを開発し、発売してきました。今回、スマートデバイス向けアプリをリリースしたのは、ゲーム専用機だけでは“任天堂”としてリーチできないお客様や地域に、任天堂の提供する“遊び”の面白さを広めたいと考えたからです。

 スマートデバイスは、私たちが当初想定していた以上に全世界に普及しています。このスマートデバイスを使えば、これまで任天堂がリーチできなかったお客様や地域にリーチできる。任天堂の提供する遊びを広く知らしめるために、スマートデバイス向けアプリにも積極的に取り組むということです。

──米ユニバーサル・パークス&リゾーツと提携して、米ユニバーサルスタジオやユニバーサルスタジオ・ジャパンといたテーマパーク内に、御社のIP(知的財産)を使ったアトラクションを設置したり、御社のIPを使った映像コンテンツを自社で出資して製作したりするのも、根底にあるのは“任天堂の提供する遊び”を広めたいという考えですか。

高橋氏 その通りです。任天堂のIPを広く使って、これまでの任天堂ではリーチしきれなかったお客様や地域にリーチしていきたい。

 例えばテーマパークに任天堂のIPを使ったアトラクションが設置された場合、任天堂のゲーム専用機で遊んだ親御さんたちがお子様連れでやってきてくれれば、任天堂のゲーム専用機でまだ遊べない小さなお子様たちにも、任天堂のキャラクターやその世界観が伝わります。映像コンテンツも同じ。任天堂が提供するゲームの面白さを知らなくても、魅力的なIPに引かれて映像コンテンツを見てくれるお客様はいると思います。

 広い意味では、先日発表したユニクロのTシャツデザイン・コンペ「UT GRAND PRIX 2017」への協力もその一環です。ユニクロが毎年実施しているTシャツデザイン・コンペの今回のテーマとして「任天堂」を掲げてもらいました。『スーパーマリオブラザーズ』『ゼルダの伝説』といった任天堂を代表するゲームキャラクターや、『ポケットモンスター』のキャラクターなどをテーマに使ったオリジナルデザインのTシャツを募集します。入賞したデザインは来年、ユニクロから発売される予定です。こうした試みをすることで、これまで任天堂とあまり縁のなかった層のお客様にも、任天堂のキャラクターや世界観を認知してもらえると考えています。

『Miitomo』は、任天堂が初めてのスマートデバイス向けアプリとして今年3月にリリース。ゲームアプリではなく、ユーザー同士のコミュニケーションを促すアプリという位置づけ。(C)2016 Nintendo
『Miitomo』は、任天堂が初めてのスマートデバイス向けアプリとして今年3月にリリース。ゲームアプリではなく、ユーザー同士のコミュニケーションを促すアプリという位置づけ。(C)2016 Nintendo
『Pokemon GO』は7月6日に米国、オーストラリア、ニュージーランドでリリースされて以降、日本を含む全世界で爆発的なヒットとなっている
(C)2016 Niantic, Inc.
(C)2016 Pokemon. (C)1995-2016 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
注:ゲーム画面は開発中の画面です

任天堂のIPの持つ世界観を守りながらライセンス

──任天堂の遊びを知ってもらうためにIPを利用する。そのためには、御社側から積極的にIPの活用を働きかけるということですか。

高橋氏 そうです。これまでは、任天堂のIPをライセンスしたいという申し出を受け、そのニーズに応える形で許可を出してきました。しかし、これからは、任天堂のIPを広げるため、こちらから働きかけることも考えていきます。

──IPをさまざまな領域に広げていくと、IPが持っていた世界観が崩れないように、展開先の商品などをコントロールする必要がこれまで以上に生じます。御社の場合はどなたがその役割を果たすのですか。

高橋氏 大きな意味では私です。今から十数年前、家庭用ゲーム機「ニンテンドウ64」「ニンテンドー ゲームキューブ」を出していたころ、マリオをほかのゲームソフトメーカーや協力会社に扱ってもらうことが多くなってきた時期がありました。その時、私がそれぞれの開発会社にちゃんとしたマリオを作ってもらうためのキャラクター管理チームを立ち上げました。私はもともとドット絵を描く“絵描き”出身で、そこから3DCGのデザイナーを経てゲームディレクター、ゲームプロデューサーを務めるようになったので、マリオらしくないマリオを見るのは気持ち悪かったんですね。だから、平面に描いたときはこう、立体で見せたときはこう、イラストで描くときはこう、という具合に、「標準のマリオ」を作って先方に渡し、マリオの統一感を守りました。このときの経験があるので、世界観を守りながらIPをライセンスしていくことについては、あまり心配はしていません。

──IPを広く使っていくということは、御社としてそこで収益機会を広げ、経営の新たな柱を1つ打ち立てるという考え方なのですか。

高橋氏 これまでの任天堂ではリーチできなかったお客様や地域に対して、IPを広げることで任天堂の遊びの世界を知ってもらう。その上で、最後はゲーム専用機にそれらのお客様を全部連れていきたい。そのために、スマートデバイス向けアプリをリリースしたり、テーマパークにアトラクションを設置したり、といったさまざまな取り組みを進めていくつもりです。

──IPを通して任天堂の遊びを知った顧客を、ゲーム専用機で、いわば全部“回収”するというのが狙いだとすれば、来年3月に発売される新型ゲーム機「NX」がその役割を果たすわけですね。

高橋氏 そうです。任天堂のIPに触れた方々が、任天堂の遊びをより楽しみたいと思って「NX」を買えるように、また幅広い年齢層の方々やさまざまな地域の方々に喜んでもらえるように、そこはかなり意識して「NX」を作っています。

『ウエーブレース64』<br>(C)1996,1997 Nintendo
『ウエーブレース64』
(C)1996,1997 Nintendo
『マリオカート ダブルダッシュ!!』<br>(C)2003 Nintendo
『マリオカート ダブルダッシュ!!』
(C)2003 Nintendo
『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』<br>(C)2005 Nintendo
『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』
(C)2005 Nintendo
『大合奏!バンドブラザーズ』<br>(C)2004 Nintendo
『大合奏!バンドブラザーズ』
(C)2004 Nintendo
『大合奏!バンドブラザーズDX』<br>(C)2004-2008 Nintendo
『大合奏!バンドブラザーズDX』
(C)2004-2008 Nintendo
高橋伸也氏が開発に携わった主な作品。『ウェブレース64』のみディレクターとして、残りはプロデューサーとして関わった

ゲーム専用機とソフトの両方を手がけ続ける

──家庭用ゲーム機「Wii」を開発するときは、居間のテレビの横に置いてもらうために「お母さんに嫌がられないゲーム機」というのが方針の1つだったと聞きました。「NX」の場合、このような方針はありますか。

高橋氏 詳細はまだ話せないのですが、「ゲーム好きな方にも、お母さんにも、嫌がられない」を目指しています。ゲームの経験値の高いお客様にも、ゲームであまり遊んだことのないお客様にも、ともに楽しんでもらえるゲーム機を世に出したいと考えています。

──アナリストの中には、任天堂はハードの開発を諦めて、ゲームアプリやゲームソフトの開発に専念するほうが利益に貢献するのではとおっしゃる方もいますが、ゲーム専用機で新たな遊びを提供するというこれまでの姿勢は揺るぎないと考えてよいですか。

高橋氏 揺るぎありません。任天堂は、ゲーム専用機とゲームソフトの両方を手がけ続けます。もちろん、スマートデバイス向けアプリやテーマパークのアトラクションなども提供していきますが、これはゲーム専用機では実現が難しく、スマートデバイスやアトラクションでないとできないものを出すということです。

 まずどんな内容の遊びを提供するかアイデアを考え、それをどうやって実現するか検討する。その結果、スマートデバイス向けアプリで提供するのがそのアイデアの特色を最も生かせるとなれば、アプリの形で提供するということになるでしょう。

──アイデアの特色を生かそうとしたら、生のライブアトラクションになったという可能性もあるのですか。

高橋氏 もちろん、ありえます。あるいはデバイスの特徴を考えて、遊びというかソフトの内容を考えることもありえます。例えば、任天堂はスマートフォン向けアプリと言わずスマートデバイス向けアプリというようにしていますが、これはタブレット端末も意識しているからです。米国の小さなお子様は、ゲーム専用機やスマートフォンよりも前にタブレット端末に触るのが一般的なので、ここに向けて何かを作るというのは考えたいですね。

『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は開発中の新型ゲーム機「NX」向けにリリースされることが、任天堂から発表されている<br>(C)Nintendo
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は開発中の新型ゲーム機「NX」向けにリリースされることが、任天堂から発表されている
(C)Nintendo
『Splatoon(スプラトゥーン)』は「Wii U」向けソフトとして好調に売れ行きを伸ばしている<br>(C)2015 Nintendo
『Splatoon(スプラトゥーン)』は「Wii U」向けソフトとして好調に売れ行きを伸ばしている
(C)2015 Nintendo

ソフト、ハード、開発環境の開発チームが一体で取り組む体制に

──こうした任天堂が開発する遊びの中身について、これまでは、亡くなった前社長の岩田聡氏、現代表取締役クリエイティブフェローの宮本茂氏、現代表取締役技術フェローの竹田玄洋氏のトライアングル体制で決められてきたと思います。今後はどのような形で進むのでしょうか。

高橋氏 もともと、宮本の下に私がいて、竹田の下に執行役員の塩田興がいて…という体制でしたので、今後はフェローになった二人とともに、ソフト面は私が、ハード面は塩田が見ながら、物事を決断していくということになります。

 また、2014年のはじめに本社開発棟を新たに建て、ソフトとハードの開発チームを1カ所に集約しました。そこでソフトとハードの開発スタッフを混ぜたチームも立ち上げていますし、5~6年前よりも両者が緊密な関係で開発を進めています。

 何を作るかは、そのチームを指揮するプロデューサーによっても色が異なりますし、いろいろなグループに所属して働くことで人材も育っていくように気も配っていますよ。

──開発の体制は以前より整備されたということですね。家庭用ゲーム機「Wii U」が発売されたときは、発売後に新作ソフトが出てこない時期が長く続き、それが「Wii U」の売れ行きに大きく影響したと思います。今回、「NX」を発売するに当たり、最大の稼ぎ時であるクリスマス商戦を外して来年3月にしたのも、十分なソフトをそろえるためだと思っています。開発チームが1カ所にまとまったことで、ソフト不足を起こさないような何らかの手立ては打っているのでしょうか。

高橋氏 そこは気にしながらやっています。かといって開発スタッフの人数を大幅に増やしているわけではありません。具体的には、ソフトを開発するチームと、開発環境を作るチームが一緒になって「NX」用ソフトのラインアップを考えています。

 例えば、ソフト開発チームの側で「こういうライブラリーがあれば開発が早く進む」という要望があれば、開発環境を作るチームがそれに応えますし、開発環境を作るチーム側で「こんな環境を用意したらソフトの開発がスムーズになるのでは」と考えたら、実際にソフト開発チームに相談して意見を聞き、その見立てが合っているものを優先して用意します。以前に比べて、よりしっかりした協力関係を構築し、スムーズにソフトを開発できるように取り組んでいます。

『amiibo マリオ(スーパーマリオシリーズ)』<br>(C)Nintendo
『amiibo マリオ(スーパーマリオシリーズ)』
(C)Nintendo
『amiibo ホタル(スプラトゥーンシリーズ)』<br>(C)Nintendo
『amiibo ホタル(スプラトゥーンシリーズ)』
(C)Nintendo
『amiiboジオラマキット スプラトゥーン【シオカライブ】』<br>(C)2016 Nintendo
『amiiboジオラマキット スプラトゥーン【シオカライブ】』
(C)2016 Nintendo
IPを拡げる戦略の第一弾として発売したamiibo。NFC機能を内蔵し、リーダー/ライターにタッチすることでゲームと連動できる。ラインアップは拡充中

ニンテンドーアカウントで何かいいことがあるように

──もう1つお聞きします。アプリ『Miitomo』のリリースと相まって、新しい会員サービス「My Nintendo(マイニンテンドー)」をスタートさせました。会員にニンテンドーアカウントを取得してもらう狙いは、どこにあるのですか。

高橋氏 お客様にニンテンドーアカウントを取得してもらうことで、お客様と任天堂の関係をより強くしたいと考えました。任天堂により親しみをもってくれるお客様を増やしたいと言ってもいいです。これまではゲーム専用機を買わないと任天堂とのつながりを実感できなかった。しかし、アプリをダウンロードする際にニンテンドーアカウントを取得してもらえれば、任天堂のハードを持たないお客様でも、任天堂とのつながりが持てます。

──IPを拡大した先のテーマパークのアトラクションなどで任天堂の遊びに接する人々は、ニンテンドーアカウントを取得する機会がないと思うのですが。

高橋氏 ニンテンドーアカウントを取得していただくと、テーマパークのアトラクションを楽しむ際に、何かしら得ることがあると良いな、とは思っています。そうすることで、ダウンロードした際などに、ニンテンドーアカウントを取得してくれるお客様が増えるのではと感じています。

──ニンテンドーアカウントを提示した顧客は、アトラクションに割引料金で入場できるという感じですか。

高橋氏 具体的にはまだ決まっていないので何も申し上げられませんが、何が何でもお客様にニンテンドーアカウントを使ってもらい、何かしてもらおうとは全く思っていません。これからリリースしていく予定のスマートデバイス向けアプリも、ニンテンドーアカウントを継続的に利用することで何かを得られるものと、そうではないものと、両方を出していくつもりです。ニンテンドーアカウントありきではなく、あくまで遊びの面白さを高めるうえでアカウントが必要ならば使ってもらうという感じです。

任天堂取締役常務執行役員企画制作本部長の高橋伸也氏
任天堂取締役常務執行役員企画制作本部長の高橋伸也氏
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