4周年を迎えてなお人気の衰えない「パズル&ドラゴンズ」(以下、パズドラ)を旗印に、スマートフォン向けゲームアプリ業界を牽引するガンホー・オンライン・エンターテイメント(以下、ガンホー)。「パズドラ」は、2016年3月末時点で累計4100万ダウンロードを突破。ニンテンドー3DS向けゲームの発売や、アニメを核にしたメディアミックス戦略など、さらなる成長に向けてまい進している。「2015年は仕込みの年だった。2016年は新しいゲーム体験を提案する年にする」という同社の森下一喜社長にその戦略を聞いた。 (聞き手/久村竜二、写真/稲垣純也)

森下一喜(もりしたかずき)
森下一喜(もりしたかずき)
ガンホー・オンライン・エンターテイメント 代表取締役社長 CEO、開発部門統括 エグゼクティブプロデューサー
1973年9月16日、新潟県生まれ。ソフトウエア開発会社を経て、2000年オンラインゲーム受託開発会社を創業後、2002年にガンホー・オンライン・エンターテイメントとして現事業を開始、同時に「ラグナロクオンライン」を日本国内でプロデュース。2004年から現職に就任。現在、CEO兼開発部門統括 エグゼクティブプロデューサーとして、ゲーム開発の制作総指揮をとっている。代表作は、スマートフォンゲーム「パズル&ドラゴンズ」、「ケリ姫スイーツ」、家庭用ゲーム「パズドラZ」、PCオンラインゲーム「ラグナロクオンライン」など

2016年は新しいゲーム体験を提供

――2015年は、御社にとってどのような1年でしたか?

森下一喜社長(以下、森下): ものづくりの観点からだと2015年は仕込みの年でしたね。ゲームとしては、ニンテンドー3DS版の「パズル&ドラゴンズ スーパーマリオブラザーズ エディション」1本しかリリースできなかった。ただ、「スーパーマリオブラザーズ」シリーズをやらせてもらったことは、いい経験になったと思っています。

 本来は2015年中にリリースする予定だった新規タイトルが、2016年にスライドしました。その分、自分たちが満足しているクオリティのゲームが今年は出せると思います。新しいゲーム体験を提供するために、かなり試行錯誤しながら作り込みをしてきたので、その成果が2016年に出せるでしょう。そして、それをユーザーのみなさんの価値観と共有することができればいいなと思います。

――既存タイトルについてはどうでしょう? 「パズル&ドラゴンズ」(以下、パズドラ)は2016年3月末時点で累計4100万ダウンロードを突破しました。

森下: 2015年に注力したことの一つが「パズドラ」をどう展開していくかでした。ゲームとしての規模が大きくなった分、やるべきことが多くなりましたし、常にいろいろな決断もしなくてはなりません。「パズドラ」にかかわらない日が、まずなかったですね。

 加えて、「ディバインゲート」のアニメ化もありました。「ディバインゲート」は、これまでのガンホーのゲームとは違って、女性ファンが多いのが特徴です。ワンソース・マルチユースという観点でも、今までと違った動きができると考え、スタジオぴえろにアニメ化の話を持ちかけたのです。すると、ちょうど「黒執事」や「アルスラーン戦記」など、女性にも人気が高いアニメを手掛けた阿部記之監督にお願いできることになりました。

 アニメ化するなら、最初からシナリオやストーリー構成にまでしっかり関わろうと思っていました。キャラクターのしゃべり方やセリフの細かいところも確認し、ストーリー構成や1話ずつの脚本も細かくチェックしました。僕は活字を読むのがかなり苦手だったのですが、この仕事で活字慣れしましたよ(笑)。

女性ファンを獲得した「ディバインゲート」はアニメ化もされた。(C)GungHo Online Entertainment,Inc./Divine Gate World Council
女性ファンを獲得した「ディバインゲート」はアニメ化もされた。(C)GungHo Online Entertainment,Inc./Divine Gate World Council

顧客単価を上げないのがポリシー

――海外市場に関してはどうでしょうか? 「パズドラ」は北米だけで累計900万ダウンロード(2015年12月末時点)まで行くほどの人気です。

森下: 米国では、ユーザー数、アクティブユーザー数、売り上げともに落ちることなく、ずっと伸びています。2015年9月ぐらいからプロモーションとしてテレビCMもスタートさせて、その効果もありました。国が大きいから、地道に長く継続して取り組むのが重要と考えています。米国の売り上げは日本の売り上げと比較すれば小さいですが、堅調に推移していますから、とてもうれしいです。

――日米で市場やユーザーの違いはありますか?

森下: ありますね。米国の場合、都市部以外でのダウンロード数は、ほぼ土日に集中して伸びています。平日にCMも流しているのですが、基本的には土日に増えて、平日に下がり、また土日に増える。そこは日本と全く違います。理由ははっきりとはわかりませんが、日本と違って、電車での通勤や通学が少ないからかもしれません。

 ユーザーごとの顧客単価は日本人と比べると低いですが、ガンホーのゲームはもともと顧客単価を低く設定していますから。実は、顧客単価を上げるのは簡単なんです。月が替わったら、先月まで人気があった強いモンスターをつぶせる、新しいモンスターを出す。さらに、そのモンスターを出すためのガチャの確率を調節すればいいのです。顧客単価を1.5~2倍に上げようとしたら、おそらく1~2カ月あればできるでしょう。

 でも、ガンホーはそれをやらないのがポリシー。顧客単価を上げるのは簡単ですが、ユーザーもどんどん逃げてゲーム自体の寿命を縮めるからです。「パズドラ」が4年も続いているのも、顧客単価をむやみに上げないからだと思っています。

――現在の海外拠点は?

森下: アメリカ、韓国、台湾では子会社をつくり、直接ビジネスをしています。海外進出についてはよく聞かれますが、他社を見てもうまくいかないとすぐ撤収するケースも多いじゃないですか。ダメだと思ったら、すぐ撤収するのも、ビジネスにおいては一つの判断だとは思いますが、地域に関係なく、すぐに結果が出る市場はないですよ。

 海外展開については、すぐに結果を求めてはいけない。過去の日本メーカーがそうですが、いかに地場に入ってうまくやっていくかでしょう。みなさんグローバル戦略が好きだし、そういうことを言うと株価もあがりそうですが(笑)、海外では痛い目もたくさん見たし、甘く見ていない。じっくり腰を据えて取り組みます。

家庭用ゲーム機にはチャンスがある

――7月28日にニンテンドー3DS向けに「パズドラクロス」が発売になります。これは、2013年に発売され、販売本数150万本を超えた「パズドラZ」の続編ではなく、新作という位置づけ。スマホ向けゲームの人気タイトルを持つガンホーが、家庭用ゲーム機のタイトルに挑戦する意義は何でしょう?

森下: 僕自身は、スマホのゲームが一番いいとは思っておらず、家庭用ゲーム機でも面白いタイトルが作れるなら常に挑戦したいと思っています。PlayStation4でも、自社開発の新作タイトル「LET IT DIE」を開発中です。「LET IT DIE」は、どちらかといえば海外市場を狙っているタイトルです。

 PS3でもゲーム開発をしていましたが、PS4ではできることが増えるので、その良いところを活用したい。例えば、プレーヤーが実況しながらプレーできる「シェア機能」を使って、“見せるプレー”が楽しいゲームにしたいですね。

 日本の家庭用ゲーム機の市場を悲観的に見る風潮はありますが、僕は違う見方をしています。家庭用ゲーム機の市場で新しいフォーマットを作れれば、今とはまったく別の形で大きな市場になりえると思っていますし、そうであってほしい。個人的にもスマホゲームは自社のもの以外は遊んでいないですからね(笑)。

 最近、僕自身はWii Uで「スプラトゥーン」(任天堂が2015年5月に発売したアクションシューティングゲーム)を楽しんでいます。「スプラトゥーン」は去年発売されたゲームの中で、最も優れたゲームデザインだと思っています。新しい遊び方を作っていますよね。ゲームの作り手として、非常にいい刺激を受けました。任天堂の宮本茂さんにも、いかに「スプラトゥーン」がすごいかを説明しました。「森下くんぐらいだよね、そういうこと言ってくるのは」と言われましたが(笑)。

――既に「パズドラクロス」を核にしたクロスメディア戦略や、GPSの位置情報を使ったスマホ向けの新アプリ「パズドラレーダー」の投入などを発表されていますが(関連記事:アニメ化する新「パズドラ」は「妖怪ウォッチ」になれるか?) 、今後の新たな試みを教えてください。

森下: パズドラクロスは、コミカライズやアニメ化、関連玩具の発売などに取り組むことで、ゲームの対象を従来のスマホユーザーから小中学生にまで拡げ、キャラクターコンテンツとして強化していく考えです。パズドラレーダーは、ゲームの世界と現実をつないで、新しい楽しみを提供したいですね。

 また、これまでは自社の開発タイトルにだけ集中するために、他社から依頼や売り込みがあっても断ってきたのですが、今後は資本関係がない他のディベロッパーの開発タイトルをパブリッシングする事業もやっていきます。

――その変化の理由は?

森下: 以前PC向けオンラインゲームの運営を担当していた部署を“資産”として活用したいと考えたためです。自分たちでPC向けゲームの開発をしなくなっても、開発チームはその経験をスマホや家庭用ゲーム機向けのゲームに生かしています。一方で、運営チームについては、生かし切れていなかった。そこで、他社のタイトルを預かってパブリッシングしていくことにしたのです。ただし、手掛けるのはPC向けではなくスマホ向けのオンラインゲームです。

ニンテンドー3DS向けに発売する「パズドラクロス」と、GPSを使ったスマホ向けのアプリ「パズドラレーダー」(C) GungHo Online Entertainment, Inc. All Rights Reserved."
PS4向けに発売する自社開発の新作タイトル「LET IT DIE」。(C)GungHo Online Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
PS4向けに発売する自社開発の新作タイトル「LET IT DIE」。(C)GungHo Online Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

ゲームはユーザーにとっても“資産化”する

――スマホ向けゲームの市場は、既に“勝ち組”が固定化した印象を受けますが。

森下: スマホ向けゲームは、そうなりやすいと思います。ユーザーが費やした時間とお金がゲームの中に“資産”としてたまるので、それを放棄してまで新しいゲームをしようとは思えないんですよね。「ラグナロクオンライン」のようなパソコン向けのオンラインゲームも同じでした。新タイトルが出ると、ユーザーはつまみ食いするようにプレーします。でも定着せずに「ラグナロクオンライン」に戻ってきていました。

――メーカーが主力タイトルに注力することでそのゲームの中の“物量”が増える。その一方で、ユーザーにとってもそれが資産として残っていくというわけですね。

森下: そうです。メーカーは新しいダンジョンやモンスター、イベントをどんどん投入するし、ユーザーは自分が得たものをさらに良くしていきたいと思って時間をかけます。ユーザーの時間は限られていますから、その中で、何に、どれだけ時間を使うか。結局は時間の奪い合いなのです。

 ただ、勝ち組が決まるにはちょっと早すぎるかなと思います。ゲーム会社ではない、異業種からの企業も参入してきて、需要と供給のバランスが崩れ、ユーザーも疲弊してきています。スマホゲーム市場がもう少し緩やかに成長していれば、状況は違ったかもしれません。そういう意味でも、プレーヤーが少ない今の家庭用ゲーム機分野はチャンスだと思っています。ユーザーに向けて新しいものを作っていきたいですね。

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