前回(関連記事「『“バズる”が大嫌い』 ケーブルバイト開発者が語るヒット秘話」)に引き続き、大ヒット中のiPhone用アクセサリー「ケーブルバイト」を手がけたドリームズの添谷徹社長に話を聞く。「ケーブルバイトのヒットによって社員がダメージを受けている」と話す、添谷社長の真意とは?

ドリームズ 添谷徹社長(左)。1959年生まれ。専門書籍の企画会社や玩具の販売代理店を経て、1992年にバンダイに入社。同社関連会社の取締役を退任後、ドリームズを設立。現在に至る
ドリームズ 添谷徹社長(左)。1959年生まれ。専門書籍の企画会社や玩具の販売代理店を経て、1992年にバンダイに入社。同社関連会社の取締役を退任後、ドリームズを設立。現在に至る

社内からは「ダメ出し」続き。でも年間700万個のヒット

高橋晋平氏(以下、高橋): 商品開発はどのような流れで行っているんですか?

ドリームズ添谷徹社長(以下、添谷): ドリームズは工場での生産以外は一切アウトソーシングしていません。全て社内。開発のシステムも他社とは少し違っていて、アイデアが出てきて、それを企画にまとめるところから“言い出しっぺ”が最後まで担当する。言い出しっぺが営業の場合は企画へ持ち込んできて、企画のトップがある程度、骨子を描いてから1人の社員に振る。その社員が商品のデザインから最終パッケージ、取扱説明書まで全て担当するシステムです。

高橋: 企画を担当した社員が2Dの図面を引いたりもするんですよね? そんな話は聞いたことがないです。企画の担当、デザインの担当というように、分業しますよね。

添谷: このやり方は筋が通っていると思うんですよ。その商品のことを一番考えている人間が最後まで担当したほうがいい。分業にして、デザインは専門の人にお任せというやり方はどうなのかと思います。商品への思い入れはどこへいってしまうんだろうと。

高橋: 理屈ではそうかもしれませんが、実際にやるのはなかなか難しいと思います。ケーブルバイトも社員の発案から生まれたのですか?

「ケーブルバイト」
「ケーブルバイト」

添谷: 発案は私ですが、担当したのは女性社員です。実は、企画の段階でみんなから「こんなものは売れないよ」と言われて、担当の社員はよく泣いていました。コンセプトがまとまって、粘土をこねて原型をつくって、それを見たみんなにダメ出しされて、泣いて。でも、ある程度できあがった原型を見て、私は売れるかもしれないと思ったんです。他の社員は相変わらず売れないと言いましたが、最後は正直に言うと、鶴の一声です。「やろう」と。

 ケーブルバイト発売の2日前に、担当していた社員が以前から予定していた手術のために入院。だから、彼女は発売を見届けていません。体調が回復して職場に戻ってきたら、大ヒット商品になっていたというわけです。入院中の彼女には、LINEでケーブルバイトの状況を送り続けていました。他の社員からも連絡がきていると思ったら、対応に追われてそれどころではなかったようです。

高橋: 「売れる」という確証はどの程度あったのでしょうか?

添谷: 100%ではないです。何となく売れるんじゃないかなと思ったんですよ。でも、結局1年間で国内500万個、ライセンスも含めると700万個も売れました。海外への出荷を含めると、もっと大きな数になります。玩具メーカー時代を含めても、こんなに売れた商品はありません。

「ぶれるな、全部動物でいけ」

高橋: ケーブルバイトの売り方で工夫した点はありますか?

添谷: 日ごろから社員たちに「どんなに売れていても絶対に品切れを起こすな」と伝えているのですが、ケーブルバイトはあまりにも注文が多くて、どうにもならなかったんです。そこで、1店舗だけでいいから切らさないようにと、原宿のキデイランドにだけは出荷し続けました。キデイランドがいい売り場をくれたんですよ。1階のレジ横の、たまごっちのコーナー下という目立つ場所でした。

 通常の出荷方法だと、注文を受けてからアウトソーシングしている倉庫に出荷依頼をして……実際に売り場に届くのは2日後。そこで、品切れを防ぐために営業担当者が考えたのが、社内に在庫を置いてキャリーケースで直接納品する方法でした。これであれば土日も納品できるので。品切れを起こさないようにしたことで、結果的にどの商品が一番売れるのかというデータを取ることもできました。品切れすると、そういうことも分からなくなりますからね。

 ある日、キディランドの店頭でケーブルバイトの売り場を見て「下のスペースがまだ開いている」と気づきました。それで、急きょ24種類追加してほしいと現場に指示をしました。

高橋: このスペースも取れると。

添谷: シリーズ2、シリーズ3を急いで開発して、一斉に発売すると伝えました。売り場で観察していると、「複数買い」する人が多いんです。まとめて3個買っていく人もいます。驚いたと同時に、「これではすぐに買いそろえてしまう人が出てくる」とも思いました。もっと種類を用意すれば、もっと買ってくれるかもしれない。そう考えました。

高橋: ケーブルを複数持っている人も多いですからね。

添谷: そうそう。1人1本じゃないんですよね、ケーブルって。1本にいくつもつける人もいます。あるとき、社員の1人が1本のケーブルに何個もケーブルバイトをつけていて、それがおもしろかったので写真を撮ってPOPにしたら、また売り上げが伸びました。

 「バリエーションを増やしたら勝ちだ」と思って大急ぎでつくらせたわけですが、同時に伝えたのが「ぶれるな」ということ。「全部動物でいけ」と指示しました。あと24種類も動物が思いつかないと言われたので、「海の生き物も入れていい」と。魚が入っても構わない。たまたまですが、取引先に水族館もありましたから。

「ケーブルバイトのヒットで心が壊れた」

高橋: 怒濤(どとう)の展開ですね。

添谷: でも、ケーブルバイトが売れ始めたときから嫌な予感はしていたとおり、今、私たちはかなりダメージを受けています。モノが売れるというのは単純な話ではない。プラスもあればマイナスもあって、悪いものをいっぱい引っ張ってきます。やっぱり、壊れるんですよ、心が。

高橋: ダメージとは、具体的にはどんなことでしょうか?

添谷: ケーブルバイトは、ある意味「飛び道具」です。それも、飛ばそうと思っていたわけではないんですよ。でも、外から見れば、これが私たちのメインの商品ということになってしまうんでしょう。

 先ほど高橋さんは「ソニーエンジェルが売れている」とか「スミスキーがいい」と言ってくれましたが、うちには他にも商品がたくさんありますし、それこそ箸にも棒にもかからないようなモノもあります。でも、「これはいい商品だから」とつくり続けているものも少なくない。そういう商品の積み重なりが、ドリームズのアイデンティティーを構成しています。

 私たちの会社はお風呂のアヒルから始まっています。社の入り口にバスタブを置いてあるのですが、これは社員に対するリマインド。うちはアヒルから始まっていて、アヒルを忘れてはいけないよと。私が一番好きな商品もアヒルです。一番大事な商品だし、一番思い入れのある商品です。そういうベースにあって、私たちは仕事をしています。

 ところが、ケーブルバイトのようなヒット商品が出てから、みんなの仕事のバランスが変わってしまいました。ケーブルバイトを求めるお客さんの対応をするだけで、もうてんてこ舞いなんです。営業が7人、営業事務も合わせると10人ほどいますが、1日中電話が鳴りっぱなし。いつ商品が入るのか、1万個注文したのに1000個しか入ってこないとか。この対応に忙殺されて、それ以外の仕事ができなくなってしまいました。

 本当は、売れ筋の商品は放っておけばいいんです。黙っていても売れるから。アヒルのように、こつこつ積み重ねてきた商品こそ大事に売っていかなければならないのに、逆のパターンになっていくんですよね。

高橋: 僕はアナログゲームをつくっていますが、売れるものもあれば売れないものもあります。売れない商品をつくり続けていれば、もしかしてその先が長いかもしれないのに、やっぱり売れている商品ばかり売ろうとしているところがあります。

添谷: “あるある”ですよね。取引先の工場との関係もあります。先方にも生産キャパがあるので、ケーブルバイトをつくるなら月に1000個つくってもらっていた別の商品のラインを止める必要が出てくる。

 コンスタントに製造していた1000個の商品が全く出荷されなくなることで、最終的には売り場にしわ寄せがいきます。店側は品切れしても空いたスペースをそのまま放っておくわけにはいかないので、他社の商品を入れてスペースを埋めてしまいます。そうしているうちに、うちの売り場がなくなっていくんです。

 それで心を病んでいくんですよ、社員たちが。「こんなことをしていていいのだろうか」と。でも、お客さまからクレームがくれば、対応しなきゃいけないじゃないですか。そういうときに限ってメールじゃないんですよ。なぜか全部が電話なんです(笑)。鳴りっぱなしですが、電話線を切っちゃうわけにはいかないし。

 今は定番の商品が全く間に合っていません。これまで2カ月に1回ずつ出荷していた商品が半年たっても完成しない状況。月に1000個しか売れない商品の在庫を、3000個も5000個も持ってはいませんから。売り場がなくなってしまった上に、バイヤーからも「ドリームズは、もうアヒルのような商品はつくってくれないんだ」と言われて関係がおかしくなる。こういうことが、じわじわ出てくるんですよね。「ヒット商品が出ると会社がつぶれる」と昔から言われていますが、そういう話もなくはないなと思っています。1歩間違ったら終わり。ひょっとしたら、5年後にこの会社はないかもしれません。

 たくさん売りたいという気持ちももちろんありますが、私たちが苦労してつくったモノを適正に評価してもらいたいというのが正直な思いです。月1000個でもいいんです。1000個でも買ってくれる人がいるのであれば、それが一番ありがたい。

「キャラもの」だったらケーブルバイトは生まれていなかった

高橋: では、良かったことを挙げるとしたら?

添谷: 「キャラクター商品にしなくてよかった」ということですね。ケーブルバイトを見てもらえれば分かりますが、本当に普通の、何の変哲もない動物のデザインなんですよ。

 ライセンス契約でキャラクターのケーブルバイトも出ています。でも、最初からキャラクターありきだったら、開発できたかどうか。キャラクター商品を企画する人がケーブルバイトのような商品を考えたとしたら、絶対にiPhoneをかませてはないはずです。あの商品はiPhoneに動物が、つらい顔なのか眠い顔なのか、とにかくゆるい顔をしてかみついているというところがいいんです。私たちが狙っていた通り、ツイッターでは「癒やされる」というコメントが目立ちました。

 実は昨年末、中国製のコピー品をつくっている会社を全て刑事告発しました。現地の日系の法律事務所にお願いして、工場まで全部調べたんです。法律事務所から「著作権を取らないと摘発できない」と言われて手続きしてもらいましたが、デザインといっても、ケーブルバイトは犬や猫みたいな動物のノンキャラ。でも、結果的に全部著作権が取れた。その著作権を持って取り締まったというわけです。

高橋: ケーブルバイトの構造ではなく、デザインのテイストそのものに著作権が認められたということでしょうか?

添谷: そうです。米国でもコピー品が出回って四苦八苦していたので、弁護士に中国で著作権が取れたという事実を伝えて、米国での著作権取得を依頼したら、なんと3日で取れたんですよ。だから、米国でもこれから一斉に摘発をします。

 摘発ができるとこと自体がビジネスの上で重要ですが、もっと驚きだったのは何の変哲もない動物でも、見る人が見ればキャラクターになるということ。数がこれだけそろうと強いということ。50種類以上あるので、それを全部出したら認めてもらえた。1個だけだったら、著作権が取れなかったのではないでしょうか。

高橋: ノンキャラにこだわって長年やってきた結果、商品自体がキャラクターになったわけですよね。すごいことですよ、これは。

添谷: こういう経験を通して、キャラクターものをやらないでよかったと思っています。もしやっていたら、とっくに私たちの会社は淘汰されていたんじゃないでしょうか。もともとキャラクターをやりたいと思っていなかったし、単純な話、たまたまというか、この道しかなかったわけですが。

 こんなことを言っていいのかどうか迷いますが……キャラクターだけをやっていると、クリエーティビティーがなくなっていくんですよ。これはAパターン、これならBパターンと組み合わせていくだけになってしまう。それは本当に開発といえるのか。そういう疑問もあって、キャラクターに手を出さないところもあります。

 ゼロからモノをつくってきて、最近やっと、ここまできたと思えるようになりました。ちょうど今年60歳。定年になる年ですが、辞めたくても辞めさせてもらえないだろうと思っています(笑)。それで今、次のステップとして考えているのが、モノづくりをしたい人のためのコミュニティーの立ち上げ。おこがましいかもしれませんが、ゼロからモノをつくる楽しさを、もっとたくさんの人に知ってほしいですし、世に出る出方やツボを教えてあげたい。そのコミュニティーのなかからドリームズの商品開発に協力してくれる人や入社したいと言ってくれる人が出てきたら、会社にとっても大きなメリットになりますから。

 ゼロからのモノづくりを学んで、面白いものをつくって、それが世界に出ていったらもっとうれしいですね。最近、日本のモノづくりが安直になっているのではないかと感じているんですよ。

高橋: 手をかけるよりも、どんどん効率化させようとしていますよね。個人的な考えですが、何かをヒットさせたいなら命を削らないとだめだと思っています。「一発屋」といいますが、1発はやっぱり勝負しないといけない。僕にとって「∞(むげん)プチプチ」は命を懸けるぐらいの価値があったと思っています。あれをやったことで、自分がこれからやっていきたい仕事とか、やるべきことが改めて見えてきたような気がします。

添谷: 1発がなければ、2発目もないですからね。モノをつくっている人の中にはヒットを飛ばして有名になりたいとか、自分がどれほどすごいかを世間に言いたいという人も多い。それはそれでいいんですよ。どうぞ、どうぞ、やってください。

 ただ、それがビジネスとして成立するかどうかという話です。1発を最初に当てられれば一発屋として生きていけるけれど、死ぬ間際に1発飛ばしたって、それでどうするのでしょうか。やはり私にとってはこつこつやっていくことがとても重要なんです。牛のよだれ商法。牛のよだれって、だらだらずっと垂れていますよね。人知れず、だらだら、ちょろちょろ売れているのが一番いい。そう商品をたくさん持っている会社が、一番強いんです。

(文/樋口可奈子、写真/岩澤修平)

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2019年3月20日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています

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