2018年6月5日、シャープが東芝のPC事業を買収することが明らかになった。東芝グループでPC事業を行う東芝クライアントソリューションの株式の80.1%を、シャープが40億500万円で取得。ダイナブックの製品ブランドを継続的に使用する予定で、同社関係者によると、シャープ製のダイナブックが登場することになるという。

 注目すべきは約40億円という買収金額だ。台湾・鴻海(ホンハイ)グループがシャープの66%の株式を取得し、傘下に収めたときも、3888億円という安さに驚いたが、今回の40億円という買収金額はそれに輪をかけた驚きだった。

 東芝が「虎の子」として、キヤノンに売却したヘルスケア事業が6655億円。これと比較すると、収益事業と赤字事業、成長事業と縮小事業という大きな差はあるものの、社長経験者の出身母体であり、かつての東芝の看板事業でもあったPC事業が、わずか40億円で 買いたたかれた格好であることは否めない。東芝が、白物家電事業を中国マイディアグループ(美的集団)に売却した際も、同事業を担当する東芝ライフスタイルの株式の80.1%を約537億円で売却しており、これと比較しても明らかに安い。

過去のPC事業買収と比べても破格の安値

東芝が1985年に欧州・米国向けに発売した「T1100」。東芝によると世界初のポータブルPCとされている
東芝が1985年に欧州・米国向けに発売した「T1100」。東芝によると世界初のポータブルPCとされている

 40億円という買収金額は、これまでのPC事業の買収と比較しても安すぎる。例えば、レノボによるPC事業買収のケースと比較してみると、2005年に米IBMからPC事業を買収した際の費用は約1380億円。2011年にNECパーソナルコンピュータ(当時はNECパーソナルプロダクツ)を傘下に収めたときに、ジョイントベンチャーの持ち分に支払った金額は約190億円。そして、2018年5月2日付けでスタートした新生・富士通クライアントコンピューティングの51%の株式を取得した際の金額は255億円だった。また、2014年にソニーがPC事業をファンドの日本産業パートナーズに売却し、VAIO株式会社として設立した際の買収金額は、約500億円といわれていた。

 ちなみに、2014年にレノボがIBMのサーバー事業を買収した際には、総額23億ドル(約2500億円)という規模だったことも付け加えておきたい。

 手元の資料をひっくり返してみると、2010年度の国内PCメーカー各社の出荷計画が出てきた。これによると、最大規模を誇る東芝が約2500万台、続いて、海外展開を活発化していたソニーが880万台、そして、富士通の580万台、NECの270万台と続く。

 国内トップシェアのイメージから、NECの出荷台数が最大規模だと思っていた読者も多いだろう。だが、実際には、東芝のPC事業は、NECの9倍の出荷台数計画を打ち出すほどの規模に達しており、その差は歴然だったのだ。

 かつて東芝はノートPCメーカーとして、長年、世界シェアトップの座を維持し、ダイナブックはその象徴として、全世界で高い評価を得ていた。シャープは、今回の買収で、世界に通用するノートPCのブランドと技術を格安で手に入れることができたといえる。

「dynabook」シリーズからは数多くのノートパソコンが登場してきた
「dynabook」シリーズからは数多くのノートパソコンが登場してきた

 実は、シャープの戴正呉社長は、低い金額で合意できたことを、周囲に漏らしている。シャープにとっても、この金額は想定以上に安かったのかもしれない。

買収金額が安くなった要因とは

 では、東芝のPC事業は、なぜ、これだけ買収金額が安かったのだろうか。もちろん、そこにはシャープ買収時にみせた鴻海流の交渉術が存在するのは明らかだ。だが、それ以外にもいくつかの要素がある。

 1つは、赤字体質から脱却できないままの事業だったことだ。東芝のPC事業は、2016年度に約5億円の赤字、2017年度は96億円の赤字となっている。PC事業を分社化し、自力再生を目指し、事業縮小による利益確保を目指していたが、規模の追求あるいは付加価値の追求が「勝利の方程式」となるPC事業において、その方向付けを明確にできなかったことが苦戦の原因となった。

 2つめは、PC事業そのものが、明らかに旬が過ぎた事業であるということだ。先に触れたように、東芝のPC事業は、一時は年間2500万台の出荷規模を目指していたが、いまでは10分の1を切る200万台以下に縮小している。成熟市場となった国内だけをターゲットにしたビジネスには限界もあった。短期的にはWindows 7の延長サポート終了や、消費税増税前の駆け込み需要など、国内における出荷増は見込まれるが、2020年度以降の反動は避けられない。中長期的な成長戦略を描きにくい事業なのは確かだ。

シャープもかつてはパソコン「メビウス」シリーズを展開していたが、2010年に撤退している
シャープもかつてはパソコン「メビウス」シリーズを展開していたが、2010年に撤退している

 3つめには、交渉相手がシャープに限定されていたということ。一部報道では、台湾ASUSが、東芝のPC事業を買収する動きをみせていたというが、シャープの関係者は「そうした事実はなかったと判断している」とする。つまり、東芝のPC事業買収に食指が動いたのは、シャープだけであり、それが交渉面でも優位に働いたといえる。

 シャープは、2017年上期から買収交渉を行っていた模様。その後、東証一部復帰の申請を進めたことで、2017年6月末には一度交渉を中止したが、2018年3月に交渉を再開し、今回の買収に至ったようだ。最終交渉段階では、競合する企業の姿は見えず、それも交渉にはプラスに働いた。

 最後に、東芝の屋台骨を揺るがした不正会計処理の舞台となったPC事業を、東芝自らが切り離したいと考えていたことも作用しているように感じられて仕方がない。こうした要素が積み重なって、約40億円という買収金額に落ち着いたのではないだろうか。

シャープは1~2年での黒字化に自信

 

 シャープの戴社長は、「今後1~2年で黒字化を果たし、投資回収を進めていく」と語り、早期黒字化への自信をみせる。2500億円規模の赤字から、わずか2年でシャープを黒字化させた手腕からすれば、その言葉にも信憑性がある。東芝PC事業の赤字幅からいえば、戴社長にとってはたやすい再建になるともいえよう。

シャープの戴正呉社長
シャープの戴正呉社長

 戴社長は「東芝PC事業にはダイナブックで培われた人材と技術があり、それが残っている。ダイナブックの技術力と、シャープの管理力を融合することで、黒字化は可能。赤字幅は大きな額ではない」と言い切る。戴社長が語るシャープの管理力とは、トップダウンで厳しく管理する鴻海流と、現場のオペレーションはボトムアップで行うというシャープ流を取り入れた手法だ。そして、2019年までは、ダイナブックブランドが強い日本での事業拡大に専念し、その後、グローバル展開を視野に入れる考えのようだ。

 グローバル展開が始まったときに、シャープとダイナブックブランドの効果は最大限に発揮されそうだ。ダイナブックの世界的なブランド力を活用する一方で、シャープの親会社である鴻海グループのパワーを活用できるからだ。

 実際、シャープの液晶テレビ「AQUOS」は、2016年度には500万台という出荷実績であったが、これが2017年度には1000万台を超える出荷を達成した。中国やアジアなどで鴻海が持つ販売網を活用して一気に出荷台数を2倍以上に引き上げたのだ。当然、ダイナブックでも、同様の手を打つことができる。シャープでは、中期経営計画で、海外売上比率を80%以上にしていく方針を掲げており、それを加速する意味でも、東芝のPC事業は重要な役割を果たすことになろう。

 また、戴社長は、「シャープのAIoT(AIとIoTを組み合わせたシャープの造語)部隊との相乗効果に期待している。単なるPC事業ではなく、AIoT分野への展開が重要と考えている」とも語る。シャープが生産する液晶パネルをダイナブックに採用することが見込まれるが、戴社長はそれ以上の効果を見込んでおり、こうしたシャープが持つ技術や製品との融合も注目されるところだ。

 事業規模を大幅に縮小した東芝のPC事業が、シャープによる買収で息を吹き返すことになり、ダイナブックが復活する道筋が生まれたといえる。シャープ傘下で、どんなダイナブックが登場するのかいまから楽しみだ。

シャープ製の「ダイナブック」が登場することになりそうだ
シャープ製の「ダイナブック」が登場することになりそうだ
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