2018年8月1日、神奈川・箱根に「本との出会い」「本のある暮らし」をテーマにしたブックホテル「箱根本箱」がオープンした。手がけたのは、書籍流通大手の日本出版販売(以下、日販)だ。施設内には日販のブックディレクションブランド「YOURS BOOK STORE」がセレクトした本が約1万2000冊置かれ、自由に読むことができる。また、「これまでのブックホテルは閲覧のみで購入できないことが多かったが、箱根本箱はすべての本が購入可能なことも大きな特徴」(箱根本箱広報)だという。
同施設は日販が箱根強羅温泉に所有していた保養所「あしかり」を全面リノベーションしたもの。施設全体の監修は、雑誌『自遊人』を発刊し、新潟県南魚沼市のライフスタイル提案型複合施設「里山十帖」を手がける「自遊人」(新潟県南魚沼市)が担当している。
開業のきっかけは3年前にさかのぼる。保養所を廃止するにあたって日販が自遊人にリノベーションの相談をしたところ、どちらも“本離れ”が引き起こす影響に大きな危機感を抱いていたことが分かった。そこから「暮らすように滞在しながら、本を読む楽しさ、本と向き合う楽しさを存分に味わえる空間を作る」(箱根本箱広報)というコンセプトのもと、プロジェクトがスタートしたという。
箱根本箱があるのは、箱根登山鉄道ケーブルカー「中強羅」駅から徒歩4分のところ。「中強羅」は無人駅で、駅から同施設の間は商店が1軒も見当たらない。目につくのは企業の保養所と宿泊施設のみ。箱根の温泉地のなかでもかなりディープなエリアだ。
ホテルの外観は樹木に覆われていて見えにくいが、シンプルでスタイリッシュなエントランスに期待が高まる。木製の自動ドアが開くと、目のまえにいきなり開放感満点の吹き抜けのブックラウンジがあらわれる。両側の壁には2階まで本棚が連なり、その本の数に圧倒された。
廊下や客室内も「本づくめ」
箱根本箱の窪田美穂支配人によると蔵書のジャンルはだいたい「衣」が10%、「食」25%、「住」20%、「遊」20%、「休」10%。「知」15%。特に幅広く取りそろえているのが「食」関係の本で、手に取りやすい写真集や食エッセイなどが中心。「遊」には文学作品を多数ラインアップしているという。
本が置いてあるのはラウンジばかりではない。施設内を歩くと、廊下や大浴場の湯上り所など、いたるところに本棚がある。本棚のそばにはその場ですぐ手に取って読めるよう、椅子も置かれている。全18室すべてデザインが異なるという客室にもそれぞれ本棚が置かれ、どの部屋のベッドにも背中を預けて本が読める大きなヘッドレストがついている。テラスには本を読むのにぴったりのハンモックが設置されている部屋もある。まさに“読書仕様”の宿泊施設という印象だ。
新旧多ジャンルの本をそろえる
蔵書をひととおり見て、書店で見かけない本が多いことに気がついた。書店では新刊が出るごとに棚を入れ替えるため、どこの書店も似たような品ぞろえになりがち。だが、同施設の本棚は新刊以外の蔵書がかなり多く、ふだんから書店でよくチェックしているジャンルでも初めて見る本が多かった。新刊以外の本も幅広く置いているという意味では図書館とも似ているが、出版されてから年数が経過している本でも新品なのは取次大手の日販が手掛ける施設ならではだろう。思わず手にとってみたくなる気になるタイトルの本が多く、セレクトのうまさを感じた。
著名人がセレクトした本棚にも注目
ただ好みの本を見つけるだけではなく、「宝探し」のような楽しみ方もできる。施設内には料理研究家の土井善晴氏や美術家の横尾忠則氏など、各界の第一線で活躍する人物37人がセレクトした「あの人の本箱」が、客室を中心としたさまざまな場所にさりげなく設置されているのだ。
誰がどの本をセレクトしたのかは、選んだ人物の名が記された栞(しおり)と選書のポイントについて記した冊子でわかる。だが、客室に設置された著名人の本箱の中身を見ることができるのは、その部屋に宿泊した人のみ。そのため、宿泊してもお目当ての著名人の本箱を必ず見られるとは限らない。どうしても知りたければ、リピートして前回とは違う部屋に泊まって探すしかないというわけだ。
10〜15冊まとめ買いする人も多い
宿泊者の本の購入率は当初の想定よりも高いそうで、「10~15冊ほどまとめ買いをする人が多いことにも驚いている。旅先では普段と違う感情を抱くことが多いので、普段は手にとらない本が読みたくなるのかもしれない」(窪田支配人)という。
書店が減少していくことに危機感をおぼえ、飲食店や雑貨店などの集客率の高い他業態と融合することで乗り切ろうとする書店も出てきている (関連記事:「有隣堂の新業態 本よりも理容店に期待する理由」)。日常を離れることで気持ちにゆとりが生まれ、本を読みたくなるという人は多いだろう。「本を売るブックホテル」という業態は今後ますます広がるかもしれない。
(文/桑原恵美子)